77 遠慮と情報収集
お茶を一飲みした後、しばし寛いで立ち上がるトリノ。
他の五人はそんな彼女を見守りつつ、他愛もなかったはずの昼時間に発生した事柄の整理をまとめていく。
大まかに分別すると二つ、トリノの発現能力と午後授業の残した教師の水島が、校舎の向こうに行ってしまおうとしたことだ。
「………………美味し、かったよ〜」
「ははっ、そいつは良かった」
「……っ」
まったりとしたムードの中、千尋は少し思案する。
この状況下ならトリノに直接質問する方が効率的だ。
しかし彼女はいわば病み上がりと大差ない状態。
擦れた紅潮に上塗りされ掛けた蒼白の地肌が覗く。
流石にこんなにすぐ、あれこれと訊ねるのは憚られる。
となると。同行していた千尋、苑士郎、理人、塔矢よりも情報を握っている確率の高く、体調にも問題なさそうな墨花にまず、一歩引いた視点での話を訊く。
「墨花は先にトリノと合流してたよね? そのときの状況はどんな感じ?」
「え? ああ……私が来た頃にはもう、こんなだったからね。千尋たちが気付いたかどうか分からないけど、もの凄い震動があったじゃない?」
「ああ……うん、階段を下っているときにちょっと揺れたなーとは思ったかも」
「そうなんだ……まあ校舎にも亀裂があるしおかしくもないか。それでね、体感的な時間差を考えても、あれはトリノの能力が暴走したときだと推測出来る。多分だけど私が一番近くに居たはずだよ」
千尋たちが階段途中で椎と喋ったときの揺れは人工でも自然発生でもなく、トリノの発現能力による人為的なものだと墨花は言う。それは千尋視点からも、階段を下って校舎の玄関口に到達した頃に聴いた、絶叫の時系列と照合しても納得がいくもので、ここに食い違いは無さそうだと首肯する。
「墨花は、怪我とかしてない?」
「大丈夫。遅れて蹲るトリノを見つけたからね」
「そっか、良かった……でも、次同じようなことがあったら一人で対処すると危ないと思うから——」
「——あっ……確かに、言われて気付いた。でも、咄嗟のことだったから……うん」
証言から第一発見者であろう墨花が、発現能力に巻き込まれるなどした外傷が見当たらない理由にも一応は合致する。
少なくとも発現能力の暴発の初動には遭遇していない。
だからといって第二、三波が訪れない保証もない。
制御を失っていたトリノを介抱するのは極めて危険な行為ではあった。結果論として何事もなかったが、気性である優しさと正義感が新たな犠牲者を産むところだった。もしそうなると、トリノは今回以上に自身を責め立てただろう。
千尋が墨花に言いたかったのは、発現能力の存在を認知していて、惨状からおおよその予想が出来ていて、かつ真希との一件で無能力では対抗する術がほとんどないことを体感しているのにも拘らず、向こう見ずに介入する警戒心をもっと強めて欲しいといった意味合い。
これは同じように接近した苑士郎にも言えることだけど、特に墨花へと釘を刺したのは、性格的に頭では危険だと分かっているのに首を突っ込むところがあるから。そしておそらく苑士郎の場合は墨花がトリノの側に駆け寄らなければ自重したのではないかと千尋は思う。十五年の親睦による二人への印象。ほぼほぼ確信的な行動原理になると踏む。
最低限の助言を終える。
墨花は猛省している様子で、追及する必要もない。
となると懸念点はもう一つ、水島の行方だ。
「えっと……トリノは一人だったのかな? 校庭近くには先生も居たと思うけど……まさか見られていたりは……——」
「——私が発見した限りでは一人よ。校門に居た先生が気付いていないことを祈りたいけど、結構な騒音になっちゃったし……」
「つまり、どっちかは分からないってことでいい?」
「そうね。私からはもう情報を出せそうにないし、千尋たちもだよね。というよりなんでトリノがここに居るのか知らないしさ——」
「——あっ、それはもう分かってる。先生がトリノに案内を頼んでた、って椎が言ってたよ」
「えっ? ああそうか椎……なら信憑性はありそうかも。千尋たちに伝える機会があるのって椎くらいだし、ここで出鱈目を言う必要もないしね」
千尋たちよりも前に、墨花と椎は二階ですれ違っている。
教室のある階層で、他生徒の動向を把握し易い。
同様の道のりを辿ったならその椎と逢う確率も高い。
そこから発展した情報提供。
もし冗談ならすぐにバレそうな内容だ。
そもそもそんなことをする道理もない。
信憑性があると判定した経緯はそれらの整合性。
「なら、僕らが訊くべきはやっぱり……」
「申し訳ないけど、トリノだね」
「うん、そうなるよね」
「能力のことはもちろん、案内をしていたなら水島先生があんなところに居た理由も知っているかも」
すぐにはまずいと一旦は避けた。でも結局、一番この昼時間のいざこざが見通せているのはトリノなのには違いなくて、先延ばしにしかなっていないと改める。
一度は自粛した千尋も、申し訳ないという発言をした墨花も、どうやってトリノに本題に切り出そうか苦慮し始める。
「いやこりゃー、随分と派手だなー」
「え、苑士郎?」
すると千尋と墨花の思案を汲み取ってか偶然か否か、真っ先に飲料水を差し出した関係で一番近くに陣取っている苑士郎が、張り詰めた緊迫が解けつつあるトリノに話し掛ける。




