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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
74/156

74 荒らされた砂地と亀裂の入った校舎

 擦れた呼気を吐き、現実を直視したくないと逃避するように、トリノは墨花の腕の中へと塞ぎ込む。収縮して滴るしょっぱい雫にすら過剰反応する身体は、いつもの飄々と、のんびりとしたムードをまとう屈託のないトリノでは無いみたいだ。


「なっ」

「ええ……」


 そんな姿を傍観するのは居た堪れなくて、千尋は少し目を外す。するとトリノの頭部を優しく撫でてあやす墨花の後方付近の土壌に、まるでシャベルで掘り返したような形跡の窪みと、砂壌土(さじょうど)が何故か膠化(こうか)した状態で点々と撒き散らされている。最低限グラウンドの一部が掘られたことまでは千尋たち四人も理解出来る。けれど大小も形状も異なり、何を混入すればこんな材質になるのか不明な物体に茫然とする。

 学校の外壁も一部亀裂が生じている。校舎の右側面を通過する機会は少ないが、こんな裂け目は今まで見かけたことはない。設立されて十年程度、しかも都度環境の改善も重ねる人工島内の建造物に放置するはずもない規模だ。もしかすると、さきほど発生した軽度の地震の原因はこれではないかと脳裏をよぎる。


「これは、一体……——」

「——あんまり気にしないで。今はそっとして欲しい」


 墨花は口元に人差し指を乗せ、静かにしようと口黙る。

 疑念を抱くのは無理もないけど、もう少し落ち着きを保ってからという意思が内包している。

 この異様な状況の説明よりも、トリノの気持ちが優先。

 彼女が未だ平然でいられないのは明白だ。


「——ごめん墨花さん、あとで少しだけ約束を破ってもいいかな?」

「約束……ああ、そういうことか。今回は許可する、これがそうなのかどうか確かめるすべだからね」


 耳障りにならないくらいの小声で理人が墨花に訊ねる。

 躊躇うように神妙で、言葉尻がやや震える。

 まるでトリノの周囲に起きた、惨状とも言い表せる現場の理屈に心当たりがあるといった雰囲気。しかも彼にとっては想定内で最悪の理由であり、自然と険しい表情にもなる。


「うん、ボクのはすぐに終わるから」

「分かってる」


 そのやり取りを理人の隣で聴いていた千尋も、どの約束を破るのか見当が付く。それは昼食時間を三階の物置き部屋にて集結した要因で、特に墨花が理人と塔矢に向けて釘を刺したもの……発現能力の不使用。

 みんなが人工島に隔離生活を強いられ、本土の大人からも畏怖された予想。当時はあくまで予想に過ぎなかったけど、それが現実になった。もちろんそんな易々周知させるわけにはいかない。だからこそ、発現能力を行使可能な理人と塔矢に対しての口約束。水島という本土からの来訪者が一日滞在するのもキッカケになっただろう。

 だけど如何なるときも例外や、ケースバイケースの対応も柔軟に行う必要がある。いつもと乖離したトリノの様子から、まさにそのときだと理人は判断し墨花が了承する。その思考に千尋も、苑士郎、塔矢も異論はない。


「じゃあ、ごめんよ……——」


 そう話す地続きで、理人は忽然を消失する。

 正確には誰からも視認されなくなった。

 これが理人の発言能力である【無色透明化】。

 彼自身と、彼が意識的に触れた人物や物質を透き通らせる能力だ。ただし制限があり、足元にある広大な地面や人工島全体を透明化することは現状困難で、一定距離以上離れた相手への効力は及ばない。これはあくまで他人からの視界に映らなくなるだけで、本当の意味で消えるわけじゃなく、実体は常に有り続ける。

 分かりやすく例えるなら、高精度のステルス性能を効力の範囲内にて施せる。透明化故に、脅威になり得る攻撃力も防御力にも単体ではならない発現能力だけど、ただの人間の枠組みには到底帰結しない特異能力には相違ない。


「——えっ? おおっ!?」

「二人とも、墨花もトリノも消えた……」


 千尋、苑士郎、塔矢の視界から、予定通りトリノと、予定外の墨花までが消える。それは理人が発現能力を他者に行使した瞬間。彼自身の【無色透明化】が二人にも伝染。

 こうすることで何が判明するのかというと、この発現能力は発現能力者同士であった場合に行使すると、苦渋を伴う拒絶反応が起きる。

 これは千尋と理人が隠密で人工島のみんなの中から、発現能力に目醒めた人物を探す過程で編み出した法則。以前のトリノには何も示されなかったが、人類は日々進退化を繰り返す。つまり過去の結論が、今日も同様の結論で済まされる保証はどこにも無い。


「ぐっ……あっ!」

「——はぁ……」

「あっ、みんな戻って来た」

「おつかれ理人、どうだった?」


 千尋の体感時間にして五秒ほど経過したところで、理人とトリノと巻き込まれた墨花も戻って来る。正確には能力行使が終わり、再び視認出来るようになる。その寸前の呻き声からどのような結果か大方の察しは付いていたけれど、当事者である理人の審議に委ねる。


「……言ったほうがいい?」

「うん。ちゃんと理人の口から聴きたい」

「……塔矢君や真希さんと、類似した反応が見られた。この周囲の状態と照合しても……トリノはついさっき、能力に目醒めたばかり……と、考えるのが妥当だろうね」

「そう……」


 トリノが発現能力に覚醒した。

 こんなにも簡素な答えが、一縷の思い違いを撃ち砕く。

 察し通りではあったけど、現在進行形で苦しむトリノになんと返答すれば良いのか、千尋には解らない。

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