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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
73/156

73 ガーデンと痞える悲鳴

 正面校舎の出入口を抜け、すぐに来冬の寒波にもめげないグラデーション豊かな花々が千尋たちを歓迎する。

 孤島での変遷の証拠でもある幾つかの植木鉢やプランターが雑多に配置され、簡易的なガーデニングスペースと化した石畳みの上を経由。同様の造りの段差も下りて、校庭に足を踏み入れる。


「さてと、墨花や先生たちは……」

「こっちか? いやそっち……」

「居ないみたいだね」


 ここにいるみんなで、適当に辺りを見回してみる。

 けれど何も変哲のないグラウンドが広がるばかりだ。

 もし、墨花が水島ないし同行したと思しきトリノを発見しているとすれば、ちょうど引き返しているところを目撃するのが自明の理だ。しかも椎との与太話を交えていたとはいえ、目立った寄り道もなく考えられる限りの最短距離での合流を試みていたから、運悪く入れ違いになる蓋然性を低い。

 だからこそ墨花の姿がないのは少々異様に見受けられる。


「どうしたんだろう。もしかして先生がずっと遠くに行ってたとか、学校に戻すための説得に手こずってるとか?」

「いやそりゃあ無いんじゃね? いくら外部の先生だからって午後の授業がまだ残っているんだ、それをほっぽりだして遠く行ったり、生徒に指摘されて学校に戻らないとは考え難いだろ」


 苑士郎の否定に、千尋は無言で首肯する。

 いや、正確には否定し返す要素自体はあった。

 人工島に嫌気が差したとか、生徒みんなの態度が不満だったとか、故に教職務を真っ当することが虚無に感じたとか、理由に関しては枚挙に(いとま)がない。

 仮にそうであっても疑念に思うことはないだろう。

 それでも頷かざるを得なかったというべきだ。


 水島とは今日出逢ったばかりだけど、初顔合わせの輸入港での謙虚さ、被害者でも人工島民でもなく一生徒として接しようとしたこと、その生徒の半数が講義に応じない逆境、されど意欲と親しみを込めてこなしてきた授業内容を鑑みて、否定し返すのはこれまでの水島の在り方を無碍にする気がしてならなかったからだ。


 もちろんまだ、千尋を含めみんなの信用にあたる相手ではない。半日にも満たない期間では誰しもそんなものだ。積み上げた十五年間の結束は早々揺らぐものじゃない。あくまで吟味の段階……腫れ物扱いの人工島関係者に、わざわざ辛抱してくれる大人がまだ存在するのかどうかを知りたい。


「ねぇ千尋君、苑士郎君。とりあえず校門まで行ってみようよ」

「そうだね」

「だな」


 理人の提案に千尋と苑士郎は賛同。

 異論の余地もないと即決だ。


「ちょっ……おいっ理人っ、俺は!?」

「……塔矢君はボクよりも先に行こうとしてたでしょ。訊ねるまでもないよ」

「いや、そうだけども……」

「仲間外れにしたわけじゃ無いよ」


 理人は掴みどころの無い微笑を浮かべる。

 彼自身の発現能力とは裏腹に、内心が全く透けない。


「……おう」

「はは……なんか不満気だね?」

「あたりめーだろっ……けど、今は後回しだ。さっさとついて来い」

「はいはい」


 不貞腐れ気味に先行する塔矢に、理人はイタズラのお詫びも兼ねて付き添う。もともと、敢えて省いてしまえば塔矢の性格なら食いついてくるだろうなと先読みした通りだから、背格好を眺めつつ口角が弛緩する。


「どうする? 千尋?」

「分かっていて言ってるでしょ、行こう苑——」


 千尋と苑士郎も、この似たようなやり取りは一体何度目だろうなと苦笑しながら後ろに続こうとした……実際に二人とも、片足は僅かに浮いていた状態だった。


「——うぅぅぁっぁぁああああああっっっ……」

「……っ!?」


 閑静なグラウンドに掠れ気味の奇声が轟く。

 誰かまでは分からないが、音域と不確実性の程度で人のものと分かる。

 尚且つ、明らかに叫び慣れていない人物の声だ。

 それは突如として、千尋の言葉や行動すら遮断する威圧。

 大声は校門からではなくて、校舎の内部からでもなくて、千尋たちの立ち位置からは外部校舎右にあたる方角。ちょうど死角になっていることで、直接の視認は叶わない。誰なのかも判別が付かない。


「おい……なんだよ、今の?」

「分かんない。でも、ただごとじゃなさそう!」

「学校内からじゃなさそうだな……つーか、校内に居るヤツらには聴こえてないのか?」

「まさかとは思うけど、今の声って墨花なんじゃ——」

「——っ悪い! 俺行って来る!」


 墨花の名前が出た瞬間、苑士郎が当該の方向へと駆ける。

 簡素でそっけないセリフとは打って変わり、焦燥感漂う張り詰めた形相のまま反射的に身体が動じる。

 叫声から想起される最悪の予期がそうであって欲しく無いと、違ってくれと希うように。


「……ごめん理人、塔矢。僕も行く!」

「……ああ」

「ボクらもこの声を優先しよう、塔矢君」

「了解だ理人!」


 それぞれ手荷物をプランターの側へとなおざりに置いて、今までの気怠い足取りによる蓄えを切り崩すように、両脚の回転率を跳ね上げて疾走して行く。

 ろくに準備もぜず急速に身心を稼働させ、筋肉や骨格に神経などの悲鳴も無視し、がむしゃらにひたすらに、助けを呼ぶ言葉にすらならなかった声に応えようとする。


 速度を落とさないまま校舎を右折する。

 死角となる場所を視覚化させるために。


「っく、苑士郎っ」

「千尋……これってよ——」

「——千尋に、理人も塔矢まで来たの? なんで私のあとを……って、言ってる場合じゃない。これ、どうしたらいい?」


 千尋と理人と塔矢が到着したときには既に苑士郎が片膝を地面に接地させ、奇声を発した当人を介抱する姿勢を保っていた。そこには苑士郎はもちろんのこと、四人が追い掛ける対象の墨花。そしてその墨花に抱き締められて、無意識に冷や汗を垂れ流し、小刻みに震動する身体を慰めて貰っているトリノが恐怖に()(ひし)がれて怯えていた。

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