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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
72/156

72 スマイルファンタジー

 中心部よりやや真下を支点にして、椎は包まった垂れ幕を改めて抱き締める。苑士郎が手伝おうかと、心底からの親切な感情を冗談めいた冷笑の仮面を被って訊ねると、気を遣ってか否か、かぶりを振りノーサンキューを突き付ける。

 一人で十分だというのに加え、さきほどのいかにも面白くなりそうな展開に水を差したくなかったからだ。


「じゃあまた、みんな午後の授業でかな?」

「ああ。気を付けろよー」

「分かってる解ってる。来月までにはわたしと拓土が主催のスポーツ大会をするんだから、ケガなんてしてらんないよ」

「そうだったな。競技とかチーム分けとかはいつ決めるんだ?」

「ん〜当日に全部決めちゃおうかなって思ってるよ。何人来るか分かんないし、その人数で全員参加可能の競技を選んだ方が効率良いしさ。道具は学校に全部あるしねー」

「その日になってからのお楽しみか。了解っと」


 すれ違い際に言葉を交わす。

 椎が三階への最初の段層に足を掛け、千尋たち四人は一階へと下っている。


「あっ、そうだそうだ」

「ん?」


 各々が目的の場所へと赴こうとした矢先、何かを思い出したと椎が手すりから少し顔を覗かせる。うっかり落ちないように垂れ幕と重心を手すりとは逆側に置く。

 千尋と苑士郎がその地点で仰いで、既に踊り場まで到達していた塔矢を理人が呼び止めに入る。四人で足並み揃える必要はないけど、はぐれる理由も同時にない。


「多分一階にトリノと先生が一緒に居るはずだから、もし逢ったらそろそろ戻ったいいよって伝えといてねー」

「ええ?」

「はぁ!? なんでアイツが?」


 耳を疑うように千尋と苑士郎が仰々しい反応を見せる。

 物理的な距離感でその二人に遅れる形で、理人と塔矢もなぜトリノが関与しているんだと、そもそもどこに居たんだろうと、お互いを見合わせた。


「……なんかみんな、驚き過ぎじゃない? わたしそんなに変なこと言ったかな?」


 おそらくは無断で校門をくぐり抜けた水島を追い、さまざまな不利益を考慮して墨花が足早に一階へと下り、千尋たちが更に追随する現状を椎は知らない。しかも内容も一階に向かう四人に、ついでのお願いくらいの気軽なセリフだった。だからリアクションに対する温度差が顕著になる。


「先生と……トリノも一緒に居るって、なんで分かるの?」

「えっ? ああ……わたしも伊波奈に聴いた話なんだけど、先生が教室に居たトリノと伊波奈に逢って、一階方面の案内を頼んでたらしいよ」

「トリノに、伊波奈まで……——」

「——うんん、伊波奈は今も教室にいるよ。めんどくさいって断ったってさ」

「……随分と直接的な言い分だな。まあ想像は付くけど」


 初対面の相手の誘いを、面倒を理由にして断るのは大抵遠慮をするものだ。もっとこじつけの口実を周到に用意したり、その場凌ぎの嘘八百を述べる。だけど少数での生活を続けてきた人工島民は、良くも悪くも自身の心情に素直だ。

 大衆の流行りへと無理に乗ることはなく、多数派の圧力に納得せず屈することもほとんどない。そんな環境が形成した人格は、外部者への強固な内弁慶と、同じ人工島に暮らす子同士への尊重と優しさ。流石に年相応の応対はやろうと思えば出来るけど、なんにせよ億劫なのには変わりない。


「だから先生と一緒なのはトリノだけだね。元々輸入港からの案内役もしてたし、その範疇と考えたのかな?」

「そっか……ありがとう椎。かなり有益な情報だよ」

「有益?」

「うん。実はさっき、校庭に先生一人だけが迷っているように映ってね。見かねた墨花が駆け下りて行ったんだ」

「ああっ! だからあんなに急いでたんだっ! うん、なら墨花にトリノがそばにいるはずだよって、伝えてあげないとだね! ゴーゴーっ!」


 椎はさわり程度だけ脚色を含ませた千尋の話に、休息時間なのに慌しくする墨花の行動を照合して、ようやく合点がいったと活き活き首肯する。密やかな心配事が解決したような透き通る明朗さが惜しげなく表情に晒されている。

 まるでファンタジー作品のワンシーンでありそうな、国民に安寧を齎す王女の微笑みのようだと千尋は思う。こんな風に思い立つのは、かれこれソフィア以来だ。偶然にもちょうど段差の関係で見上げている状態だから、尚更そんな格好に映る。


「うん、そうするよ」

「うむっよろしいっ!」


 千尋が承諾すると、椎はなんだか誇らしげに普段使わない長老口調になる。可笑しいと言われてしまえばそれまでだけど、これはある意味で彼女の高揚の証でもある。


「……なんで上から目線なんだよ」

「だって苑士郎たちより上にいるから」

「おお、確かに」

「いや納得するんかい!」

「あははっ、ナイスツッコミ塔矢。じゃあみんなまたね、くれぐれもケガなんてしないようにねー」


 にこやかにそう言うと椎は、垂れ幕を抱えているとは思えないくらいの速度で階段を順調に上っていく。行く末を少し見守っていた千尋と苑士郎も、あれなら大丈夫そうだと所感するほどの軽やかな足取りだった。


「さてと、じゃあささっと終わらせに行きますかー」

「そうだね」

「おうよっ!」

「了解」


 苑士郎の問い掛けに千尋、塔矢、理人の順番で答える。

 椎との安らぎのような脱線劇のあと、水島に墨花どころかトリノも居るかもしれないという新たなる情報も掴み、四人はまた緩やかな雰囲気で下りる。

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