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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
70/156

70 早足と牛歩

 過去の催事の小道具が主にある三階の物置き部屋を後にした千尋、苑士郎、理人、塔矢の四人は、島内の違反に抵触しかねない水島を呼び止めるため先行して、部屋から飛び出して行った墨花を追ってひとまず校門を目指す。そこまで向かえばちょうど引き返したところを鉢合わせるか、墨花の背後ろを捉えることが出来る算段だ。ただ、そもそもこの四人が水島を含めて追う道理自体は別にない。気晴らしにしたってあまりあるくらいの微妙な煩わしさしか残らない。せいぜい欠席した同じ人工島民への、塵芥程度の思慮だけだ。


 それは深海のように底知れないわけでもなく、過剰な防衛反応でもなく、集合的無意識の極地みたいな大袈裟な関係性の依存でもない。事の顛末は、墨花という一人突っ走る食卓を囲んだ仲間内が居たから、追尾して人数が増えたところで特にデメリットになるわけでもないし、仕方ないし付いて行ってやろうかぐらいの、軽薄でかつ純真な感情に赴いただけ。ちょっとした老婆心のような気持ちだ。だから千尋、苑士郎、理人、塔矢の四人の意向が同様だったのは、偶然の合致といったところだろう。


「ありゃ? 墨花のヤツの姿がないわ」

「意外と速いな。足の痺れは取れたみたいだなー」

「なー」


 三階から塔矢、苑士郎の順番に階段に備え付けられた手すりと段差の隙間を俯瞰して覗き込んだ。しかし墨花当人どころか指先一つ目視が叶わない。廊下は走らないなんて古典的な校則もとい政府管制課の人からの助言を厳守し、競歩の如く早歩きで突き進んだ墨花と、迷う時間もありつつ締まらなくだらだらとタスクをこなすように手荷物を片付け、不適度な運動をしながら牛歩する四人じゃ当然の人身差だ。


「これ階段ダッシュしたら追い付けるんじゃね?」

「おお。なんなら手すりを滑り台の要領で降ってもいいな。ほら、昔よくやったしよー」

「かもだけど、ボクら全員怒られるだろうねー……手すり滑り台なんて尚更……普通に危ないし」

「急いでもないし、ゆっくり行こう? 今さっき食べたばかりだし、消化に良い運動くらいで充分だと思うよ?」


 後続の理人と千尋も合流し、階段を駆け抜けることはせず、ましてや手すり滑り台など危険が伴うこともせず、雑然した足取りで一段ずつのんびりと降って行く。シューズのソールと地面が擦れた単一の四音が内壁へと触れてこだまし、彼らの歩幅が段々と整合性がとれ始める。


「あの水島? って先生はさ——」

「——ん、うん?」


 苑士郎が時間潰しついでに話題を振る。

 特に難題でもない、くだらない内容のつもりだった。

 対して、不意に水島の名前を出したせいで千尋、理人、塔矢は若干身構える。

 来訪者についてだと、あまりポジティブなムードには経験上なりそうになかったからだ。


「俺たちを見ても、あんまり臆さなかったよな」

「んん? そうか?」

「ああ。だって正真正銘の本土の人間だろ? なのに一人で来たじゃん?」

「あっ……——」


 そういえばと気が付いた千尋の表情を、苑士郎が弁当箱の入った巾着袋を指し棒代わりにして、これ以上言わずとも、勘付いただけでもご明察だと暗に讃える。


 それは人工島に住むみんなだからこその環境。

 けれど人工島に住むみんなだからこそ、落ち入る盲点。


「——そう。今まで教えてくれた先生は子矢さんとか、政府管制課の誰かが教室まで同行していたんだよなー。でも今回はいない……千尋もトリノと輸入港に向かったとき、変に思わなかったか?」

「うん、今苑士郎に言われて気付いた……トリノに政府管制課の人も居るからみたいな会話をした憶えがあるのに。なんで抜け落ちてたんだろう……」

「まあんなこと、俺たちにとってどうでも良いんだけどな。ちょっと疑問に思っただけだ。適当に流してもいいぜ」

「……それなら、良いんだけど」


 いつも本土の、しかも初来訪の若年の教師に政府管制課の人間が付き添わなかった。いつもなら千尋とトリノみたいに、人工島民から選択した二人と、来訪した教師、そして政府管制課の職に着任した人物が教室までの道のりを歩む。


 苑士郎にとっては差し当たりもない、しょうもない疑問に過ぎなかった。けれど千尋にとっては不穏な行動に映る。タイミング的に理人、塔矢、真希が前々から予想された発現能力を行使可能になって初めての教師の来島。たまたまかも知れないけれど、もしかするとなんらかの情報網で政府管制課は発言能力を把握済みなのではないかと邪推気味になる。

 既に人工島民全員に発言能力の有無を精査するために理人が【無色透明化】を散々行使していて、千尋対真希の交戦で塔矢と真希が派手に発現能力を使ってしばらく経つ。

 なのに政府管制課からの指摘や脅迫はおろか、何も音沙汰のない状況……人工島に世界政府および政府管制課の直接的な観察下に置いていない証明とも受け取れるけど、初来島の水島の橋渡しという絶好の接触機会すら顔を見せない静的な動向に、杞憂であっても警戒しないわけにはいかない。


「あれ?」

「危ねえ……おい、急に止まるなよなー」

「どうしたの、苑士郎?」


 千尋が政府管制課について思考を巡らしていると、突然苑士郎が急停止し、自然と皆が帳尻を合わせた歩幅が狂ったせいで塔矢が釣られ、(つまず)きそうになる。

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