67 欠席するための嘘の理由
接点がほとんどない世界政府や一般人には、人工島に住む子どもたちは畏怖の対象以外の何者でもない。誤投与による異常な生体反応のせいでホモサピエンスに分類される中でも上位互換にあたり、能力にまで覚醒すればもはやその枠組みに収まるのかどうかすら怪しい人種だからだ。
姓名や出生地などの個人情報こそ伏せられたが、十五年前に大々的なニュースにもなって、メディアによる誇張表現も相乗して伝えられ、更なる恐怖の扇動まで行われた記憶が鮮明にとはいかずとも残っている。だからもし差別的な殺戮を実行するとなっても、反対意見が子ども自体に罪は無いから、そもそもまだ子どもだから、といった庇護欲と建前が邪魔をするだけで、将来的にいずれ大多数の大人および有権者が賛同に投じると推測される。仮に発現能力の実在根拠が明示されたら、容易に賛否が翻ってもおかしくない。
「墨花の意見は分かる。けど、世界政府の息の根が掛かる政府管制課の人ならともかく、あの教師を警戒する必要がそこまであるのか?」
「寧ろ政府管制課の人間じゃない一般人だからこそ、余計に警戒しないといけないんだよ」
「というと?」
「多少は私たちのことに理解がある政府管制課の人より、他の大人の方が偏見を持っていると思うから。それにただの一般人の来訪者だと情報秘匿の統制が欠如すると考えられるし、能力が暴かれ晒される危険性が高まるかも」
「なるほどな。政府管制課の連中が安全とは言わないが、それより本土の一般人が未知で危ないのか」
人工島民と政府管制課も良好な関係とは言い難い。
だけど十五年の年月と、双方が存在しているからこそ成り立つ孤島と役職という温情が少なからずあり、わざわざ新設までされた世界政府直属の組織で統率力に優れているため、他の大人よりは消去法で好意的な部類になる。もちろん信頼を置いているわけじゃないので、どちらにせよ油断ならない存在だ。
「概ねそういうこと。だからもう一度言うけど、理人と塔矢は能力の行使を自粛して欲しいの」
「うん、その方が安心だよね。というより、他のみんなにも隠しているから、あんまり変わらないかも」
「理人は頼もしいね。なのに塔矢! あんたのは本当にごまかしが効かないんだからね、遊びでも使ったら許さないから」
「んな、しつこく言わなくても分かってるっての……」
ベリーショートの髪型を頭頂部へと掻き分けながら、ややなおざり気味に塔矢が改めて了承する。さっきは適当に相槌を打ち続けただけだったから、こちらの方が信憑性が高い。
「あとは真希もなんだけどね……」
「今日は来てないよね。なにかあったの?」
千尋が墨花に訊ねる。
真希とは相対したばかりで、欠席の理由が気になる。
そして女寮のことは当事者に訊くのが賢明だ。
「別に何にも。さっきも似たようなことを言ったけど、メドウとおんなじ理由よ」
「身体、悪いの? それとも外部からの先生が嫌だったの?」
「同じ理由なら、体調不良がどっちかだよなー」
メドウは本土から教師が来訪する日は絶対に登校しない。
外出もせず寮に引き篭もって、一日をやり過ごす。
これは政府管制課の……例えば長年勤務する子矢であっても同様で、単純に大人を毛嫌いしている節がある。
そもそも昔から体調不良になりがちで、学校に来る頻度自体も最小。皮肉にも登校拒否率に拍車が掛かっている。
「先生が嫌だってさ、真希が言うにはね。本当かどうかは知らないけど」
「あいつのことだから、どうせ面倒くさかっただけだろ」
「多分、先に私がダメ元でメドウを呼びに行ったあとだったし、ちょうどいい言い訳が出来て使っただけね、きっと」
「能力行使の影響……じゃないってことで良いのかな?」
「あ……うん、普通に元気そうではあったよ。千尋が心配する必要は全くない」
千尋が真希の欠席理由を聴いた本音が、墨花や他の三人にも伝わる。方向性の相違や行動のすれ違いによって生じた交戦で、真希はまだ不安定で馴染んでいない発現能力を枯渇寸前まで無茶に行使。共闘したことで意図せず能力に制限を敷いた理人と塔矢よりも体力と膂力の消耗は激甚で、その疲弊が抜けないのかと千尋は真希の身を案じていた。
墨花も察して、真希は元気だと答える。
部屋を訪ねたとき、ちょっと倦怠感が残る表情だなと思った第一印象をひた隠す。彼女なりの優しい嘘だ。
「まあ真希が登校しないなら逆に問題が減るんじゃね? 先生が寮を訪問することはねぇし、真希はゆっくり休めるしな。んで俺たちは理人と塔矢だけに集中すれば一日なんとかなるだろ」
「おう、頼むぜ苑士郎」
「いや塔矢、頑張るのはお前だお前」
「うるせぇな〜、そのロールサンド奪うぞ?」
「ばーか、やんねぇーわ」
苑士郎渾身のロールサンド強奪しようとする塔矢。
手を差し伸ばしたところ、咄嗟に弁当箱を後退させる。
さっきまでの神妙な雰囲気が途端に柔らかになる。
それは人工島でみんなでの食事時によくある小競り合い。
しかるに、日常のワンシーンと感受して良い。
「盛り上がっているところごめん二人とも、まだ私の話は終わってないよ」
「ん?」
「実はもう一つ、懸念点があるんだよね」
平穏なやり取りを、毅然としたまま墨花は遮断させる。
ロールサンド攻防戦を繰り広げていた苑士郎と塔矢、微笑ましく見守って観戦していた千尋と理人が一瞬硬直する。
発現能力が墨花や苑士郎に知れ渡って初めての来訪者。
どうしても一筋縄ではいかない一日になってしまう。




