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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
63/156

63 イオン

 白色のチョークを使い、小刻みな音色と共に文字を記す。

 その黒板には主に化学式が羅列している。

 元素の名称や短縮されたアルファベットだ。

 水素などの元素を例に陽性と陰性を振り分ける。

 本日の水島による最初の授業は宣言通り化学分野で、化学反応式の中でもイオンを重点的に解き明かす。原子核の内部を構成する陽子と、その周辺の軌道に同数ある電子。そこから負の要素の電子が離脱して形成される陽イオン。逆に電子殻の隙間に電子を取り込むことで形成される陰イオン。つまり陽子と電子、陽性と陰性のバランスが崩れることで、それぞれのイオンとなり変化する。


「……というのがイオンにおける基礎です。原子核には陽子と中性子があって……イメージでいえば両方が箱の中に密閉された状態で、電子がその外部にまとわり付いていて、電子が放たれちゃったら陽イオン、原子核の外側に新たに取り込んだら陰イオンに分類されます——」


 両手を軽く払ったあと、水島が教科書の参考図イメージをジェスチャーを交えてなんとか説明している間に、生徒たちは黙々とノートに板書を写す。そのせいで誰も水島に注目していないが、これはあくまで生徒がノートに写す時間の確保と、ついでに話半分で聴ける人は聴いてくれたらいいなくらいの謂わば穴埋めなので全然想定内だ。喋っている内容もほとんど黒板か教科書に記されてあり、思考の邪魔になりにくいかつ、憶えていればタメになる。


「——ちなみに陽子の数は原則変わりません。これは原子番号……元素って言った方が分かりやすいかな? 例えば元素の一番は水素だよね? その水素の陽子は一つ、その次のヘリウムの陽子は二つ、みたいに番号順を憶えていればその元素の陽子の数も解るんです。一見するとなんてことないけど、あの順番にはちゃんと意味があるんで、一緒に頭の中に入れておくと化学式が簡単で楽しくなると思いますよー」


 そう言い終え、水島は両手を叩く。

 何人かの生徒はノートに書き写したタイミングで、優等生気質の墨花のようにすぐ教師の他愛のない話をきちんと聴くタイプ、対して雁行のようにノートに書き写して満足し怠そうにするタイプなど、この辺は生徒により十人十色だ……登校生徒数から十三人十三色と表しても良いかもしれない。


 その登校した生徒たちの全容は、遠敷(おにゅう) 理人(りひと)大井(おおい) (しい)河野(こうの) トリノ、朝倉(あさくら) 墨花(すみか)望仁(ぼうじん) 千尋(ちひろ)、アントワーヌ・ジオ、一乗谷(いちじょうだに) 明加(めいか)高濱(たかはま) 拓土(たくと)池田(いけだ) 鈴音(りんね)大野(おおの) 苑士郎(えんしろう)明通寺(みょうつうじ) 塔矢(とうや)今庄(いましょう) 伊波奈(いばな)勝山(かつやま) 雁行(がんこう)。以上の十三人、他は欠席だ。


 出席番号は五十音順でも、もちろんみんなが同じの誕生日でもない。政府管制課に登録された名前の順番説が濃厚だが、彼ら彼女らにとっては取るに足らないことというか、気付けば勝手に割り振られていた程度にしか捉えていない。


 とかくに、この十三人と水島は相対する。

 未だ疑心暗鬼の視線を一身に受ける。


「うん、みんなそろそろ書けた頃かな? このあとは陽イオンになりやすい性質とか、組み合わせた化合物の式とかをやりたいけど……他科目のことを考えたらここまでだね。じゃあ残りの時間は教科書にある設問をノートに解答を記して、終わった子から業間休憩にしましょうか。あっ、もし終わらなくても居残りとかないですから、ちゃんも化学の授業は時間通りに終わるのでご安心を」


 水島の指示を受け、生徒みんなは再び視線を落とす。

 特に反応もなく、良く言えば素直といえる。

 けれどこの反応は寧ろ、無関心でいたいが故の行動。

 ほとんどの生徒が水島への不信を未だ表明している。


 授業自体は滞りなく進んでいた。

 先生と生徒としての体裁は守られている。

 しかしここまでの授業内容は、教科書に沿って水島が事細かく黒板に記し解説するに徹しており、勉強への効率は頗る良いが、あまり生徒との交流が設けられていなかった……というより、そう出来なかった。


 とある目的のために、敢えて生徒たちに質問を投げ掛けないスタンスの授業をしようと心に決めていた水島の個人的な思惑のせいもある。だけどそもそも誰も彼もが無駄口を挟むことなく、後ろを向いて生徒同士で喋ったりもせず、急に立ち上がったりもせず、淡々とペンを走らせただけで授業をこなされてしまった感覚。


 もちろん支障のある行為が一切なかったのは立派だ。

 褒めるべき要素なのは言うまでもない。

 けれどこの成果は意識的なものじゃなくて、初来訪者の水島への萎縮が原因。

 人工島民である彼ら彼女らの魅力を削いでの帰結。


 ただひたすらに勉強を強制したいだけなら願ったり叶ったり環境だと思う。学習塾などの専門的な学舎なら理想的な現場だろう。

 しかし学校の教師というのは、何も勉強だけに特化はさせない。少なくとも水島はその部類だ。

 あくまで学校側が提示した学習範囲という共通の目標、他にも課外活動や必須科目以外の教科などを通じて育まれる人間関係にも赴きを置く。


 二〇四二年の本土では、とうに通信教育も発達していて、在宅授業も当たり前のように組み込まれる時代。なのに人工島には実装されず、わざわざ教師の来訪まで行い招聘する。その理由を(かんが)みれば、まだまだ課題が残る。

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