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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
61/156

61 職業病

 教室と廊下を隔てる扉越し。まだ若々しさの片鱗(へんりん)が残る勇猛な喧騒(けんそう)を、水島は窺うように聴いている。それはこれから一日限りかもしれないけど、声色という些細で繊細な情報源だけで、請け持つ生徒がどんな子たちなのかなと想像する切実な秒間。


「……なんだ、結構元気な子たちじゃない」


 水島が人工島に来訪する以前の印象は、異議を唱える間も無い、まだ誕生日も迎えたことがなかった子どもたちが誤投与により本土を追放され、孤島という閉塞された世界のみの人生を余儀なくされた影響で、もっと荒んだ性格に成り果てていてもおかしくないと所感していた。

 けれど客観的に、彼ら彼女らにとって遺恨のある大人が不在のときの日常会話がこんなにも賑やかなこと。みんなの信頼が伝わってくること。それは一人の教師として、先人として、少なからず【ハルトマカロウ】によって人生が変わった者として、嬉しく思わざるを得ない。


「はぁ……生徒たちのこの空気を壊しちゃうの嫌だな。なんでだろう、たまにそんなときがあるんだよね」


 教師の性質か、はたまた職業病か。

 もしくは水島の他人を気遣う直感か。

 正確ところは彼女にも分からない。

 アタッシュケースを一旦置き、名簿だけを強く握る。

 視界を遮りそうな前髪を掻き流し、良好にさせる。

 襟元を正すついでに、彼女自身の鼓動に訊ねる。

 心音から伝達される気分はまるで、新任のときのよう。


「落ち着け……——」


 ただ異なるのは、生徒同士の関係性が既知として強固なこと。教師であることを忘れてしまいそうなくらいの、大人の身分を咎められるような苛烈な後ろめたさ。きっと置かれた環境の差異がそんな風に感じてしまう。


 静寂を破るのには勇ましさが必要だ。

 なら逆はどうだと問われたら、同等かそれ以上の躊躇に打ち勝たないとならない。しかも大抵が勝ち方に条件が付く。いや、そもそも勝負ですらないときもある。

 今回のケースは教師として、なるべく生徒に不信感を抱かれないように教室へと踏み入れること。でもきっと多かれ少なかれ、皆に疎まれるのは仕方ない。

 けれどここで引き返せば、政府管制課の要請を受諾して人工島に来訪した意味が無くなる。僥倖とはいえ、水島と違う指針を辿った子どもたちと接する機会を、一生棒に振るかもしれない。


「——生徒たちを不安にさせない表情、姿勢、言葉遣い……どんなに嫌悪されても臆さない……よしっ」


 覚悟なら人工島に渡航する前から決まっている。

 都合の良い想定も、悪い想定も頭にある。

 どちらも振り払うのは困難だ。

 実際に感受して、体験して、対話してみないとイメージが抜けることはない。上書きされることがない。

 こればかりは先生にならないとずっと解らない。


「ちょっと静かになったかな? ……うん、行こう」


 前扉の取手に据え、ボルテージが再燃するよりも先にスライドさせる。静粛に開いたつもりが、勤務先の高校の扉よりも建て付けが良くて、思った以上の弾みが付きそうになる。

 なんとか平然を保ち、教室への第一歩を踏み出し、生徒となる人工島の子どもたちを見据える。


「……っ」


 痛々しい沈黙の視線が突き刺さる。

 危うく咽喉元がきつく締め付けられそうになる。

 さきほどまでの賑やかさは一体どこにいってしまったんだと、問い質したくなるくらいの反響音の高低差。

 お前は誰だ。何をしに来た……真偽は不明でも、自意識過剰でも、そんな疎外感が襲い掛かる。


 だけどここが水島にとっての踏ん張りどころ。

 なるべく自然に振る舞い、人工島に住むみんなの印象を下げないように意識。生徒として初対面のテリトリーも弁え、教卓へとゆっくりと歩みながら第一声を告げる。


「はい、遅れてごめんねー。みんな体力が有り余ってるみたいだし、早速授業を始めたいと思います。席についてー」


 水島はあくまで教師としての指示に徹する。

 真面目に教科書とノートを開く生徒にも、仮眠を取っていた生徒にも、じゃれあう生徒にも、口論になっている生徒にも、狭間に揺れる生徒にも触れず、マニュアルやらフォーマットにありそうな無難な対応だ。


 これはまだ信頼関係も何もない状態から馴れ馴れしくしないように、反対に高圧的な態度に受け取られないように細心の注意を払った配慮。余談だが水島の焦りを悟られないようにも含まれる。


「よいしょ……あっ、教卓の高さちょうど良いね。おお、昔ながらの黒板なんだ。一応チョークも買って持って来たんだよ、良かったよかった」


 水島はまず、身の回りの配置をチェックする。

 木製の教卓が久々で、本土の電子化した高校のものとは性能が著しく劣る黒板。自前の名簿を教卓に、アタッシュケースをひとまずその空間に置き、黒板に記されている『先生が来るまで自習』の大文字にちょっと吹き笑う。


 やはりこういう直接的な子どもたちのお茶目さが、結局のところ面白いと。

 そんな感想を抱きながら、気を取り直し正面を向く。

 遅れて登校した千尋とトリノ、歓迎にと絡んだ伊波奈、言い争っていた墨花や苑士郎など、さっきまで立ち歩いていた生徒が水島の……先生の指示通りに自席へと戻り座る。

 水島による人工島での、初めての授業が始まる。

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