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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
60/156

60 アンチテーゼ

 さきほど千尋が水島に伝えた、教室に生徒は半数くらい来ているという情報は確定じゃなく、あくまで推定人数に過ぎなかった。教師が来訪する日は登校する子と、余所者を毛嫌いして寮に残る子、それぞれを予想した概算が半数だ。

 だからトリノと一緒に後ろ扉から入ったとき、男生徒が七人、女生徒が六人、合計が十三人。つまり本当にちょうど半数であることに安堵しつつ、世界政府及び政府管制課の人間ではない一般の高校教師だと思われる水島が、初めて本土という遠方よりわざわざ来訪してくれたのに、残りの半数が教室にも来ない……半ば対面拒否とも受け取られかねない状況には、当事者といえど辟易せざるを得ない。


「おおー、トリノーちひろー遅かったじゃん。輸入港で何かあったの?」

「ごめんね〜。先生がどうやら向こうで色々手こずってたらしくてね〜」


 後ろ扉を右手で閉めるトリノに、自席から忍び寄るように向かって左腕に絡み付いた伊波奈が訊ねる。その直前に千尋へとこっそりと手を振り、遅れた二人の登校を迎える。


 時刻は長針が五を指し、短針は九よりも若干上部を指す。

 九時二十五分。本来ならばホームルームは終わり、各自で授業を行なっている時間のせいか、輸入港への案内役を担っていた千尋とトリノに欠席者を除いた生徒の机には概ね教材やノートがずらりと並べられている。


 少数派として小説や漫画を黙読する子や、書籍類を並べるだけ並べ、敷布団ないし枕の代わりにうつ伏せている子もいる……のは主に雁行のことだが、みんなの正面にある黒板には『先生が来るまで自習』と、まるで誇大広告のように書かれてるし大丈夫そうかなと千尋は頷く。


「よしよしトリノー頑張ったねー」

「ん〜頑張ったか分かんないけど、寒かったかな〜」

「ありゃりゃ、どおりで髪の毛が冷たいわけだよー。私が温めてあげるね」

「ボサボサになるよ〜……伊波奈〜」


 伊波奈が無駄に熱心にトリノの頭頂部を撫でる。

 もはや執拗にって表現が適切なくらいの過度な愛情だ。

 いつのまにか絡み方も左腕からバックハグに変わりじゃれあっているようで、トリノと伊波奈の日頃からの親しさが顕著になる。なんとも睦まじく微笑ましい光景だ。


「おーい千尋、その教師はー?」

「ああ、えっとね。途中のすぐそこまで連れて来ているから、もうすぐ教室に顔を見せるはずだよ」


 ぼんやりと棒立ちしたままトリノと伊波奈の慈しみ合いを眺めていると、苑士郎が後方にある自席から千尋に訊く。身体を半回転させ、椅子の背もたれに両手を垂らすようにを掛けており、千尋とは相対した状態だ。


「おう。代わりお疲れ」

「……うん、ありがと」

「俺も伊波奈みたく頭を撫でた方がいいか?」

「え……いやいや遠慮しとくよ」

「ははっ、だろうな。冗談だ」


 千尋が苦笑すると、苑士郎は満面の笑みで返す。

 お互いが諧謔だと知るからこその口角の緩み具合。

 触れ合って目に見える仲の良好さもあるけど、どこかシニカルな雰囲気の繋がりだってある。


「そっちは何してたの?」

「俺が? 俺は真面目に勉強してたぜ」

「ほんとかな?」

「ああ本当だとも。ついさっきまで、墨花にあれやこれやと指図を受けてたからなっ」


 苑士郎がどうだと得意げにサムズアップをしていて、釣られて千尋もおずおずと同様のジェスチャーをする。ついでにポーズをしたときに、会話の流れから墨花が着席しているところを一瞥をすると、ちょうどその墨花と視線がかち合う。


 どうやら苑士郎の声が耳に届いており、まるで一方的に指図されたなんて形容が不服なようで、無言のまま突き立てた親指で斬首するジェスチャーを千尋に伝達する。皮肉にも苑士郎による得意げなサムズアップのアンチテーゼみたいになっていて、千尋は二人どちらともに何にも出来ないと乾いた表情で首肯するしかない。また見慣れた言い争いで終わればいいなと祈るのみだ。


「なら、本当なのかな……そっちもお疲れだね」

「ああ全く大変だった。雁行なんか拳骨をくらって夢の世界にいるくらい大暴れしやがってよ——」


 すると威勢よく椅子が引き摺られた摩擦音が教室に響く。

 その人物はやはりというか、なんというか、千尋と苑士郎の話題を掻っ攫っていた墨花だ。

 さきほどまで静観したはずだが、流石に堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに起立し、苑士郎の席へと単騎で進軍する。それはもう千尋が一歩後退するくらいの威圧感だ。


「——ずっと聴こえてるからね苑士郎っ! 先生が来るからって大人しくしていればなに千尋に捏造吹き込んでるのよ! アンタは駄々をこねて、雁行は寝たふりを決め込むし、こっちの方が大変よ!」

「おいおい盗み聴きとか趣味悪くね? 俺たちは清々しい世間話に花を咲かせていたと言うのに……なあ千尋」

「ここで僕に振る!? えっ、あの墨花——」

「——苑士郎こそ一方的に私の悪口を言っていたように聴こえたけど!? どこが清々しいわけっ!」

「ちゃんと墨花に聴こえるように文句を言ってたこととか?」

「その文句をやめろって言ってるの!」


 危うく舌戦じゃ終わりそうにない一触即発ムード。

 ただ長年の馴染みとは恐ろしいもので、他の子の何人かはまたかとのほほんと見守るばかり。ましてやトリノと伊波奈は相変わらず戯れていて、近くの席の池田(いけだ) 鈴音(りんね)まで巻き込んで、三人揃ってトリノの髪の毛の結び目を再現しようとアイディアを出し合っているくらいだ。


 苑士郎と墨花が言い合うと、教室内の空気が張り詰めるどころか寧ろ弛緩していく。いつもならこのままごたついてしばらく収拾が付かなくなる……学校には常勤講師がおらず、男女の寮には明確な寮長がいない。どこにも止める大人が不在だからだ。


 だけど今日は違う。

 これから初来訪の先生が、比喩的に島の子に教鞭を執る。

 それを隔てる扉は、もうじき開かれる。

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