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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第一章
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6 人工島の授業風景

 千尋は苑士郎と並ぶようにして教室に入ると、自身の席である窓側後方の机にバッグを置き、木製の椅子に着席する。一方で苑士郎は中央最前列に席があり、既に隣席である勝山(かつやま) 雁行(がんこう)と談笑中だ。どうやら雁行が長袖インナーの上に半袖Tシャツ、ダメージジーンズ、踝丈のソックス、空中に浮いているような選手が描かれたスニーカーという、制服ではなく私服で登校して来たことを弄っていて、それに対してカッコイイだろと返答する様子を千尋は遠巻きに眺めながら微笑む。ほのぼの優しい朝は心地の良いものだと。


 人工島の学校での私服登校は別に禁止ではない。

 雁行を除いても他に三人は私服でいるし、苑士郎の格好だって私服に被せるように制服を着用してるから似たり寄ったりだろう。

 というより、元々この学校自体がイレギュラーな存在なため、制服なんて手間暇の掛かる衣服を制定すらしていないし、そもそも校則の概念すら皆無と言っても過言ではないから、学校に関する禁止事項が何なのかすら島民みんなの総意に委ねられている状況だ。


 良く表せば自主性を育むため。

 悪く表せば放任主義。

 それが彼ら彼女らの恒常的日々。

 監督する大人は不定期にしか訪れないから。


「はいっ、最初は歴史からやります。みんな教科書を開いてー。今日は先生が来ないからって気を抜かないように……日々の積み重ねが大事なんだからねー」


 千尋と同じく管理担当である墨花が号令を掛け、開始の合図と両手を一度叩く。こうして科目を考えて声掛けまでするかどうかは管理担当が回って来た生徒により嗜好がそれぞれで、黒板に授業内容と時間を掲示するだけの人もいたり、個々の行いたい科目を設定する自習学習日を作ったり、一日使ってレクリエーション日になったり、そもそも何もなかったり、開始時間も曖昧なときすらあったりする。だから今日の墨花のように明確な授業を設定し、統率あるスタートを切るのは珍しい。


 けれどもちろん前提として、ここに来ているみんなだって遊びに来ているわけじゃない。教師不在時でもどのような授業をこなしたのか報告する義務があり、毎度管理担当が専用のノートやプリントデータなどを輸入港にまで運び提出しなければならない。


 面目を保つための学校だけど、もし全員が怠れば人工島に集められた千尋たちは一体どうなるのか不明。それが墨花が忠告した、気を抜かない、日々の積み重ねが大事、というセリフに直結する。これは一般的な中学生の学力成績のことも指しているけど、いわば島民全員が世界政府によって延命を許されただけの危険人物扱いの存在で、素行まで問題となれば今まで許容範囲が将来的に狭まる、最悪無くなるかもだ。


 勉強によって信頼度が上がる効力はない。

 そんなことは分かり切っている。

 ましてや進路の選択肢すら限定されてる彼ら彼女らには尚更だ。

 でも年相応の勉学に努めていれば、少しは安心して貰える存在に……普通の人間になれるかもと、とっくに形骸化した過去の淡い願いが未だ残留する。


 例え全ての勉強やシステムが無駄だったとしても、この人工島でみんなで育んだ日々は無駄にはならない。だから見せかけでも、せっかく用意された学校そのものを否定したくなくて、今日も半数以上の生徒が登校している。


「……二十人くらいいるのか、多いね」


 千尋は目測で登校人数を確認。

 現在の総勢は二十六人。

 あまりは欠席だ。

 現代医学の進歩でウイルス性の病の罹患は珍しい。

 特に孤島の面々となると余計に顕著だろう。

 だからその欠席者の大半は仮病を患っている。

 もちろんそれを責め立てる人はいない。


 普通の中学校なら欠席数が多い部類だけど、人工島のような勉強成績に注力するのみじゃどうしようもない、常勤教師もいない特殊な環境下のせいか、日によっては過半数を割ることだってある。モチベーションの維持が困難な状態なのは否定出来ない。


 本質的には寮で真昼に寝転ぶよりはマシ程度で、大人たちから提示され始まった学校生活。けど年数を重ねれば現実が透けて、目から鱗の文字列が惰性になり、置かれた場所が恵まれてないと知り、大人の事情で学び舎を用意してあげないと色々と不都合だったんだと悟る。


 そうして与えられたものに対し疑問を持つようになる。

 未熟でも成熟でもない狭間の年頃のせいか、漠然とした不満の答えを無謀にも探し回って更に蓄積し続ける。そんなの遅かれ早かれ疲弊するに決まっている。


 だから仮病を使ってでも休息する主体性だってきっと大事なんだと千尋は感じる。仮病とはつまり、心身的不調を真っ先に伝達する予兆。千尋自身には欠落していると五年前に思い知らされたものだ。


「おーい?」

「……どうしたの?」


 千尋は隣席の一乗谷(いちじょうだに) 明加(めいか)から自身の机を軽く叩いて呼んでいることに気が付く。僅かに前のめり体勢のまま、ぱちくりと千尋を見据える瞳孔に加え、直毛しても畝るといつも嘆く栗毛の立て髪が振り子みたいに揺れる。性質は異なるが千尋と同じ癖毛仲間だ。


「歴史の教科書の何ページを開けばいいー?」

「ああ、ここだと思うよ」


 明加が開いていた目次の項目を千尋が指差す。

 表題は新歴史。実質現代社会の範疇のような気もしなくもないが、歴史の区分にも相違ない。


「おーけーサンキュー! 助かったよ……というか歴史なのに結構最近なんだねぇ」

「歴史って広義からね。極端なことを言うと昨日の晩御飯だって歴史の一つになるものだよ」

「あははっ確かに。じゃあ昨日のメドウスペシャルも歴史になるのかー」

「うん……メドウの料理はいつも美味しいのに、見た目が強烈だから……間違いなくこの島の歴史に残るメニューだろうけどね」

「だねー」


 昨晩振る舞われたメドウスペシャル。正確には料理担当だった越前(えちぜん) メドウが作った、山菜をメインにした天ぷらどんぶりのことだ。ただ普通に山菜をふんだんに取り揃えただけなら良かったのに、何故か食用花をどんぶりの表面を埋め尽くしたせいで、えげつなく芸術点が高過ぎて非常に食べにくかった。美味しくはあったけど。


 因みにそのメドウは今日の教室にはいない。

 というより出席率そのものが一番低い。

 学校で最後逢ったのはいつだったか、そんな思考がすぐに過ぎるくらいには久しい。

 きっと今頃、島内を散策しているんじゃないだろうか。

 そう千尋は思いつつ、窓外の校庭とその向こうを眺める。

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