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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
59/156

59 複雑な将来と半数の生徒

 校舎の中に入るとすぐに、どこに教室があるんだろうと左右を見回している水島を導くように、当然の如く千尋とトリノが階段に足を掛ける。まさか上の階に教室があるとは思っていなかった様子で、驚きで双眸を(しばた)かせながら水島は二人の後を付いて行く。


「なんか、思ったよりも立派な校内だね」

「そうなんですか?」

「うん。もしかしたら私が勤めている高校の本館よりも広いかも。普通に数百人くらいの生徒が居てもおかしくない」

「へぇ……」


 現状、人工島の学校に通う生徒は二十六人。

 本土だとちょうどいい塩梅に、一つのクラスが出来上がる人数に相当する。

 常勤教師も居ないことから職員室の概念も無く、移動教室の利便性も本土の学校ほどじゃない三階建ての校舎の生活空間は、総勢生徒数を鑑みても明らかに余りある。

 千尋たち人工島に住む子はこの学校か、フィクションの学園生活しか知らないから疑問に思うことは特段ないが、本土の学校事情を知る水島には、概念の先入観があって少々意外に感じることだろう。


「その〜……」

「おっ、何か私に聴きたいのかな? いいよいいよ、いっぱいしてよっ」


 校内に移って初めてトリノが口を開く。

 ちょうど踊り場に差し掛かったところだ。

 それを聴いた水島はすぐ友好的に様変わる。

 さっきまで迷子みたいになっていた姿とは大違いだ。


「高校生と中学生の……違いみたいなものってありますか?」

「んー違いか。そうだね、君たちもあと半年もしないうちに中学を卒業する年齢だから、気になることだよね」

「それにわたしたちの場合は事情が異なるので……」

「なるほど……強いて一番の違いを挙げるならねー、日本の教育基準になるけど義務教育であるかどうか。これはどんな子どもでも定められた年齢まで、必ず教育を受ける権利を持つこと。高校生はその枠組みでは無くなる、つまりは教育が強制されず自由意思で受けるようになるって感覚かな?」

「自由……」


 ある程度本土の教育関連の知識を有していたとはいえ、千尋とトリノの心中は複雑なものとなる。自由と表現すれば何の束縛もない生活を謳歌出来る気分になりそうなものだ。だが実情は、人工島にこの教育の義務が外れたとき、本土に住む同年代の生徒と同様の権利が失効したとき、果たして人工島の学校は相変わらず機能を継続するのか、そもそも政府管制課からの輸入に依存した日常が供給され続けるのか不透明。その自由が、日々の生活の崩壊に直結しないかどうか、不安で仕方がない。


 タイムリミットは水島が述べた通り半年もない。

 その間に決断が迫られるのも、言うまでもない。

 回顧すれば、千尋と真っ向から対立したばかりの真希が発現能力を最大限行使しようと思案した理由の一つも、この区切りが原因でみんなに生命の危機が生じると憂慮したから。


 今のところは人工島民なら誰でも発現する保証が全くない能力に頼るのは早計で、また発現能力が使えるようになっても理解と安定させるまでに時間を要することから、双方の合意で先延ばしになったが、どちらが正解かは判別付かない。

 杞憂で何であれ、中学生相当の身分じゃ無くなることは、彼ら彼女らの人生の転換期には必ずなる。


「ただね」

「あっ、はい……」


 踊り場から教室が二階に到着し、ちゃんと水島が後ろにいるのかどうかを念のため千尋が確認する。その水島は自身の返答に対してトリノからのネガティブな感触を声色で察し、発言を補足しようとする。それは教師の勘か、はたまた偶然の産物か、例えどちらであっても生徒思いの一面が滲み出た結果といえる。


「中学生じゃ無くなっても、高校生じゃ無くなっても、年齢を重ねて幾つになっても、学ぶことばかりだよ。そう言った意味ではみんないつまでも学校に通っているのと変わらないかもね。だからあんまり先々を考えて、思い詰めて、今を楽しまないのは、私は損だと思うよ?」

「……そう、なんですね」


 それは大半の中学生なら励ましにはならなくとも、ちょっと気が楽にはなるセリフだろう。年相応に受験勉強や就職活動などで悩んでいるときには良い中和剤になるかもだ。

 けれど千尋やトリノの憂いは学校に関する不安だけじゃない。政府管制課との暗黙の了解があり、外部から初めて来訪したばかりの水島にはそこまで考えが及ばなくても仕方ないが、人工島民に適した解答ではない。


「えっと水島さん?」

「はい、なんですか?」

「そこを曲がればすぐ教室に着きますが……」

「あっ! ちょっと待ってて……あそこ?」


 水島が壁際から顔を覗かせる。

 どことなく意気揚々としているのが伝わる。

 教室はあの部屋なのかなと千尋とトリノに目配せする。


「合ってます。この島に住む全員が居る……とは断言しかねますが、半数くらいは登校しているはずです」

「半数……」

「本土の基準だと全然来てないかもしれませんがね」

「いやいや。最初は絶対警戒されるから、いっぱい来てくれたんじゃないかな?」


 一つのクラスで半数。

 本土なら学級閉鎖になってもおかしくない人数。

 常識が色々と異なると伝えられていたとはいえ、一瞬だけ絶句を禁じ得ない。


「なら、良いんですけど」

「そうね……あっ、もう授業は始まっているのよね? 君たちは先に席に着いておかなくていいの?」

「初来訪だし、僕たちがみんなに紹介した方がいいかなと思いまして——」

「——それなら大丈夫よ。私からみんなに挨拶したいし、もちらん生徒としての君たちともね?」

「……分かりました。行こう、トリノ」

「うん」


 水島の意向を汲んで、千尋とトリノが先に教室へと入る。

 案内人と来訪者じゃなくて、生徒と先生になるためだ。


 水島はアタッシュケースから名簿やペンなど、教師として必要最低限の持ち物を取り出す。そのあとに深呼吸を挟んで、自らを鼓舞するように頬を軽く叩く。

 これが彼女が緊張したときのルーティン。

 教師にも、大人にも、整える小時間が必要だ。

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