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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
58/156

58 坂道雑談

 輸入港を出ると、すぐ近くに建設された外部管制室にて来訪の手続きを済まし、千尋とトリノが初来島の水島より先行する形で学校へと繋がる勾配道を、歩幅を短くしてゆっくりと進む。

 それは真新しいと周囲の風景に目移りする水島に配慮したものでもあるし、長年住み続けている経験から疲労が蓄積しにくい歩行方法を自然と実践しているともいえる。


「はぁ〜……こんなに綺麗な海に、この芝生も太陽も? これ、本当に全部人工物で出来ているの?」

「全部かどうかは僕たちには分かりかねますが、年齢を重ねていくと同時に彩られていくイメージです。例えば昔のこの辺りは芝生じゃなくて普通に土砂の傾斜だったんです。朧げな記憶ですけど、季節の概念すらなかったときもありましたかね?」


 他にも海面を一望可能な山なりの途中にあるウッドベンチで寛ぐスペースや、夜空の星々も過去にはなかった。更に回顧すると転送装置や、そもそも学校すらない時期もある。島内の敷地面積と全方位を囲う水平線は拡大も縮小もしていないけど、景観は成長に比例して豊かに栄える。限定された範囲に十五年の軌跡が物語る。


「なるほど……あっ、こういう質問も大丈夫なのかな?」

「今のは政府の締約に関係ない、僕の個人的意見なので。あと、ここでの質問自体は基本大丈夫ですよ、おそらくは本土に戻ったときに吹聴することの方が違反に抵触すると思われます」

「そうなんだ。じゃあ例えばだけど、ここに来るまでの厳戒態勢の愚痴とか言っても不問にされると思う?」

「……言うのは自由ですし、バレても注意程度で済むとは思いますけど、僕らにされてもどうすることも出来ないし困りますね」

「だよねー……約束の時間より凄く早くに来て、出立までに何度も意味不明な点検に付き合わされて、挙句大幅に遅れるなんてふざけるなって……そんなこと言われても困惑するだけだよね?」

「はい……今、全部喋った気もしますけど……」


 水島がどういう過程をクリアしてくぐり抜けて来たのか、人工島に住むみんなは知る由もない。ただ一般の大人が文句を垂れたくなるくらい面倒なことだけは伝わってくる。


「ふふっ、ごめんごめん。ならどうしようか……君たちのことを知りたいなって思っているんだけど、まだ早い?」

「いえ、そんなことはないです……なんだか先生みたいなことを言いますね」

「あははっ、そりゃあ先生ですから。余計なお世話かもしれないけど、請け負う生徒たちのことが気になるものなのよねー……そっちの可愛い子の話も聴きたいなー」


 水島は道中ずっと黙したままのトリノに声を掛ける。

 千尋ばかりが応対していたことに、多少なり引っ掛かりを覚えていたらしい。それを敢えて指摘せず、わざわざ別の理由を作って訊ねるあたり先生らしいなと改めて千尋は思う。


「わ、わたし?」

「そうそう——」


 いつものトリノは、こんなにも寡黙なタイプじゃない。

 ただお喋りというわけでもなくて、仲の良い相手の語る熱量に合わせ、出るときは出て引くときは引く。

 けれど空気を読むのが上手いでは語弊があって、のんびりマイペースの範疇で親睦を深めていると天然でそうなる。決して無理をしない彼女の数ある魅力の一つだ……欠点があるとすれば、よく分からない相手には機能しないことだろう。つまりは人見知りだ。


「——島に住む子たち以外の大人とは、あんまり話したくない?」

「えー……と」

「うん。個人的にはどっちでもよくて、経緯的にもそういう子もいるだろうなって承知の上で来てるから」

「政府のー……命令で来たんじゃないの?」

「えーとね。そうなんだけど、そうじゃないって感じかな? 確かに政府からの要請がないと来島することすら不可能。けど受諾するか否かは先生個人の判断に委ねられる。だからさ、先生側から行きたいってならないと、ここには立ってないんだよ——」


 丁寧で、少し戯け、最後に真剣な口弁を交え、水島は左心房辺りに手を当て、振り返る千尋とトリノに宣言する。

 それはまだ若葉のような年相応の青さを残すけど、一人の教師として生徒に向き合うための信念の一端のように千尋とトリノには映る。まだ授業を講じてもいないのに、水島は教師なんだと二人が少し認識した瞬間でもあった。


「——って、君たちなら既に知っていることかもしれないけどね」

「まあー……はい」

「だよね。また余計な話しちゃったなー」

「いえいえそんな……」


 お互いに謙遜し合ったまま再び歩みを進め、ついに急勾配の道筋を登り切ろうとするところまで来る。

 千尋とトリノと水島が目指す学校まではすぐの距離だ。


「この、分かれ道は?」

「真っ直ぐです。しばらくすると校舎が見えます」

「もう……学校に着くんだ」

「はい」

「そう、ありがとう……」


 水島の返答に覇気がない。

 というより、急に彼女の言葉が震え出した。


「どう、したんですか?」

「……なんか、これから新しい生徒を受け持つ感じがする」

「臨時のせんせー……なのに?」

「うん。こんな感覚になるなんて、正直思わなかったかも」


 しばらくして千尋たちが通う学校の校門の先端が視界に入る。不可思議な感覚を紛らわすようにアタッシュケースを抱く水島が光景をその注視する。双眸の奥底には、教師としての矜持が含有した闘志と、眩むくらいの重圧が乗る。

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