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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
57/156

57 来訪者の先生

 それから輸入港出入り口の鉄扉付近で、クリアガラス製の内壁に埠頭(ふとう)を模した出っ張りや、貨物が置かれたままのロビーをほのぼのと眺めながら、千尋とトリノは待ち時間を適当な雑談を交わしつつ潰す。内容は本当に取るに足らないもので、衣替えで洗濯量が増えて困った話、そろそろ拓土と椎が主催するスポーツの大会が開催される話、時期的にも島中にイルミネーションでも施しても良いんじゃないか、なんて話す。当日はちょっと豪勢な料理にしたいね、なんて願望をトリノが喋ったところで、そのトリノは食事関連の話題でふと、昼食を忘れたかもとバッグを漁り出す。


「あっ……よかった〜忘れてなかった〜」

「そうだね」

「もう危うくみんなに聴き回って食材集めをするところだったよ〜。あれ申し訳ないんだよね〜」

「うん。しかも今日は先生が来訪するから、気軽に寮へ帰れないしね」

「確かに〜大人が居るとそういうところあるかも……」


 鳥獣が描かれる小ぶりの風呂敷に包まれた弁当箱を、しゃがんだままトリノは大事そうに胴元へと寄せる。そんな姿を俯瞰して流し見ながら、ちゃんと昼食の用意があって何よりだと千尋は微笑みつつ正面を向く。


「んっ……?」

「どうした〜千尋……——」


 二人が正面を向いた瞬間、しばしの静寂が訪れる。

 視界には銀色のフローリングの先にある埠頭もどきの、本当の港なら消波ブロックでも置かれていそうな場所にふらりと、腰回りが引き締まったレディーススーツを着て、左手には革製のアタッシュケース持つ、編み込まれたショートボブのハーフアップとともに映る背後ろが凛々しい女性が屹立する。


 相変わらずの前触れの無さ。

 千尋とトリノの理解が遅れるのも仕方ない。

 視野に入るまで、その堂々たる気配すら辿れなかった。

 いずれ来ると分かっていたのに、また不意を突かれる。


「——……来た」

「うん、呼びに行こう。管制課の人もおそらく居るだろうし、なんとかなるよ」


 沈黙を破る口火を切ってくれたトリノよりも率先して、千尋が女性の立つ埠頭へと足を運ぶ。もちろんトリノも弁当箱をバッグに詰め直し、その場で両膝を曲げ伸ばし後に続く。

 二人は粛々と、直線路の歩みを進める。

 決して狙っているわけじゃないが、ソールの接地音や摩擦音も全く反響しないくらいに慎重な足取りだ。


 それは歓迎のための律儀さなのか。

 はたまた緊張で身体が凝固するだけなのか。

 原因がなんであれ、今はこの女性に声掛けるしかない。

 せっかくの来訪者。随分と久々かもしれない。

 みんなが十五歳になってからは初めてだ。


 ちょうど二メートルくらいの間隔を空けて千尋が立ち止まり、遅れてトリノが右隣に並ぶ。これが島への迎え入れと警戒心が交錯し、ギリギリのパーソナルスペースを維持した事務的な最適距離。

 例えるなら他者を見定め合う学校の入学式のような感覚だろうか。自らの不信を悟られず、相手の懐には侵入したい。黙々と不毛な駆け引きばかりが脳内で展開される。


「こんにちは。こちらの記憶違いでなければ、初めましての方……ですよね?」

「ええ、そうね」


 千尋の問い掛けの返事をしながら、女性は振り向く。

 どことなく平静さを感じる澄ました表情。

 ナチュラルメイク越しにも分かる若々しさ。

 確固たる心根が有していそうな雰囲気。

 その落ち着きも、推定年齢も、漂う気概すらも、一目でいままでの教師たちとは異なると千尋とトリノは察する。

 あと懸念点もあって、いつもは大抵居てくれる管制課の人はどうやら不在のようだ。


「何〜……を、眺めていたのですか?」


 トリノが女性に質問する。

 本題に切り込む前の、その場凌ぎのような質問だ。


「うーん特には。ただ、転送先で話掛けられるまで一歩も動くなって約束に従っていただけだから」

「へ〜、そんな規定があるんだ?」

「……あっ、これもしかして言っちゃダメなヤツ?」

「おそらく、そのくらいなら問題ないかと。そもそも他の先生の場合は普通にこの室内から出ている人もいますし」

「そう? なら良かった——」


 千尋が補足すると女性は目に見えて胸を撫で下ろす。

 かなり友好的な人だなと千尋は所感する。


「——おっと。まだ自己紹介がまだでしたね。教卓の前でもするとは思うけど……私は水島(みずしま)と言います」

「はい」


 そこから僅かに沈黙が流れる。

 双方が紡ぎ紡がれる言葉を考えていたせいだ。


「えー……普段は高等学校の方で教師をしています。あなたたちは確か、本土の基準で中学校の三年生と同じ年齢でしたよね?」

「高等学校……ああはい。みんな今年で十五歳なので、そうだと思います」

「了解です。私は中学生の方も教えるための資格もあるので、そこは問題ありません……あっいや、ここに資格の概念が通ずるのかどうか……だから断言は出来ないかな?」

「気にしなくても大丈夫です。先生が来訪して下さるだけでも貴重なことなので」


 資格が行使可能か否かなんて瑣末な事。

 この人工島には更新場所どころか発行所もない。

 だから教師本人が政府管制課の許可を貰って来訪し、先生だと名乗るだけで、きっと誰だって先生にも指導者にもなれるだろう。島民のみんなに認められるかどうかはさておき。


「なるほど、貴重ね……」

「はい。もう慣れたものですけどね」

「うん……やっぱり色々と君たちに訊きたいこともあるけど、国絡みでの制約があるからなー……この話している間、傍受とかされてないのかな?」

「さあ、それはよく分からないですね」

「そうねー……——」


 人工島内にそんな監視用システムが導入されているのかは定かではない。しかし直近で発現能力を校内で使用した交戦があったにも関わらずお咎めが何一つもなかったことからも、導入はされていない蓋然性が高いと千尋は睨んでいる。

 それは島内に住むみんなを信用してなのか、監視強化に資金を捻出するのを嫌ったのか、無欠の隔離構造に特化させたためなのか……別の理由があるのか。


「——とりあえず。今日は一日、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ」

「はい……」


 水島は丁寧に頭を下げる。

 千尋とトリノも倣って頭を下げ返す。

 まるで簡易的なホームルームの終わりを告げるように。

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