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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
55/156

55 歓迎と勾配と擦り付けた男装趣味

 大雨と晒された翌日の早朝。

 湿度上昇の残滓こそ肌で感じるが、昨日とは異なり鬱々とした曇天が鳴りを潜め、燦々と人工の太陽が姿を見せる。

 その陽の光が道端に幾つかのある水溜まりに反射し、小さなオーロラを創り上げる。草木は養分を与えられたように潤いを帯びて、一日中大雨と触れ合い続けて疲れたのか、あまり微動だにしない。


「……そういえば、どうして千尋が来たの〜? 治は?」

「僕は代理だよ。治は今日も登校するのが難しいらしい……ずっと体調の起伏が激しいんだってさ」

「あ〜……それ確か水仙が言ってたよ〜。たま〜に来るお医者さんでも、処方箋でも、ちょっとどうしようもないんだってね〜」

「うーん……僕はほとんど副作用みたいなのが無いからよく分からないけど、本当にあのまま症状が続いても大丈夫なのかな? トリノはどう思う?」

「……一応は人体の防衛反応だろうってなってるし、何人も似たような症状を患ってもいままで生きてるからね〜、なんとかなるんじゃない」


 頻度多めに着用していた制服の節々が破れてしまったため、本日は予備の制服に着替えた千尋は、寮から学校へとは向かわず、輸入港に繋がる湿り気ある下り坂道を歩く……同様の目的を持つ河野(こうの) トリノと共に。そのトリノも制服を着て、元々の口調か、ただ眠たいだけなのか、やたらと間伸びした喋り方をする。中性的な顔立ちで、一結びの団子テールに垂れ気味の双眸を大きく開けると快活そうな雰囲気があるけど、普段からかなりおっとりとした女の子で、徒歩速度も所作もゆったりのんびり、まるでティータイムかのような落ち着きが随所に見受けられる穏やかな子だ。


 男女それぞれの寮から輸入港までの下りスロープ。

 本来は千尋ではなくて、名前に上がった嶺北(れいほく) (おさむ)の役割だったけれど、ずっと身体の調子を崩し部屋で安静中なため、率先して千尋が代理を務めている。


 ちなみにそのトリノとの目的というのは、管制室も近くにある輸入港にて来訪者を招く手短な歓迎をするためだ。今回は不定期に行われる人工島の授業講師の招聘……とどのつまり先生が来る日。政府管制課による厳戒なチェック体制を敷いている所以(ゆえん)で事前に予定日が決まっており、千尋たちにも伝わるからこそ、人工島民の中で二人を周期的に選び、来訪者を迎えに行く。中には初めて来訪する人物の場合もあるし、来訪経験があっても久々で景観を忘れている場合が考えられるので、これはとても大事な手引きだ。


「それなら、良いんだけど……」

「そ〜ね〜。元々は人間の代謝を促進するための接種成分だし、わたしたち被害者は簡単にまとめると過剰に投与されているような状態ってだけだし、十五年も生きながらえているんだから……千尋が思い詰めることはないよ〜」

「でも——」

「——でも、どうしよう、むむむ、じゃないよ。気長に復活を待っていれば良いよ〜……千尋がそんなだと、また誰かさんがあたふたするんだから〜」

「あ……うん」


 トリノは伸び切った喋り口調で、やんわりと千尋の弱みに核心を突く。まるで幾つもの因子が連鎖的に触接することを案じるような含みも持たせて。


「あっ、そうだそうだ〜。話変わっちゃうんだけどさ〜、真希が最近千尋を気にしている節があるみたいなんだよ、何かあったの〜?」

「えっ? ああ……——」


 何かあったと問われたら、トリノの言う通りだ。

 千尋と真希は方向性の相違で対立した時期があり、ちょうど一週間前に和解したばかり。

 いつもなら島民同士の終わったケンカだと包み隠さず、少し盛ったり面白おかしくしながら気軽に話すところなんだけど、今回は軽々しく伝えられない内容で千尋は迷う。


 それは治の副作用にも関与があり、人工島民みんなの共通する危惧内容でもある人体異常について。【HMGG細胞】と【TOUNO】を誤混入した成分を投与してしまったなかで、もっとも畏怖させる生体反応。人知を超越しかねない能力が発現するという、当時の科学技術者の未来予想でしかなかったそれが、明確に証明されてしまった事実。


 この発現能力の予想は人工島に住む彼ら彼女らが赤子時に人工の孤島に幽閉された主因であり、危うく殺処分にもなりかねなかった不利益要素。まだ発現能力への事実を知る人工島民も千尋を含め理人や塔矢に真希など少数派で、実際に顕現した子もとてつもない戸惑いがあったことからも、同じ環境であり、人工島に居住し、発現能力に目覚めるポテンシャルがトリノにあろうとも、易々と喧伝するのは躊躇われる。


「——ちょっと、何日も言い争いみたいになったんだ」

「ほ〜。真希はともかく、千尋が言い争うなんて珍しい〜。それでそれで、一体二人は何を争ったの?」


 トリノが発現能力に覚醒していないことは、およそ二週間くらい前に理人との確認作業で分かっている。伊波奈と同様に、発現能力者による干渉に拒絶反応を起こすかどうかのテストで、当時はまだなにもアクションがなかった。


 もちろん二週間のうちに覚醒した場合もあり得る。

 だけどこの普段通りの様子から、蓋然性としては低いかなと千尋は所感する。ただ前例が存在するせいで、僅かながら胸騒ぎが焼けるように責め立てては来る。こんなこと、誰にも相談なんて出来ないけれど。


「……と、盗ったんだよ」

「ん〜? なんて?」

「ま、真希が急に男装がしたくなったって、成長してサイズも自分にちょうど良いくらいだろうってさ、僕の制服を勝手に盗ったんだ」

「ん? そんなこと?」

「しかも、一部破かれて返却されたんだよ」

「はぁ……むむむ? でも破るのは良くない〜むむ?」


 トリノがよく分からなそうに首を傾げる。補足として人工島ではみんなの間でちょっと服を借りたり、料理を摘まれたりするのは日常茶飯事と言っていい。

 男女であっても、あまり垣根はない。

 その場で強めの語勢で当たることはあっても、当事者同士以外に陰口を叩くことは少ない。


 そして当然、千尋と真希の間にそんな事実はない。

 いや制服が破れたのだけは本当だけど、どちらにせよトリノに告げ口するくらいに目くじらを立てるような出来事では、千尋としてはない……だからこれは、どうしようもない言い逃れだ。


「む、あとで真希に注意しとこう」

「え……うん」


 タイミングよく勾配を下り切る頃。

 目的地である輸入港と外部管制室は目と鼻の先。

 千尋はトリノよりも少し後方に控える。

 慣れない嘘はやはり吐くものじゃないなと苦笑いする。


 絶賛トリノから真希への友好度が、一時的にだだ下がりしていることだろう。千尋は誤魔化しに失敗してしまったと、やってしまった自嘲しつつ、適当な後付けに巻き込んでしまった真希に内心で謝っていた。

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