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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第一章
53/156

53 人工島を目印に

 小春用の小荷物には髪の毛を梳く竹櫛、スペアの眼鏡、広告が巻かれたガラスコップ、ロムカセット、スクラップブックにノート、ユニセックスのベージュロングコートに長袖服、上下揃った防寒インナーが二着ずつある。他にも雑多な小物が多々あるが、大抵は身の回りの掃除が可能となる生活必須品だ。


「おー、なんか清潔感が増しそうだね」

「母さん、掃除とか好きみたいらしいから」


 政府管制課の監視下にあるため、あからさまに小春へのプレゼントだと悟られないように、どうしても千尋への届け物を装う必要がある。例えば男性の千尋に女性にとって必要不可欠の生理用品を送ったりはプライバシーもあり出来ない。

 しかも間違いなく菜津の方に、千尋以外の人工島民との無断コンタクトを取ろうとした疑惑を向けられるだろう。千尋や小春が人工島に隔離されている現状を鑑みれば、親族は管制課との不和や軋轢をなるべくは避けたい。他にも気を付けることは、化粧水やヘアスプレーなどの液状の類いは十中八九取り除かれ、情報統制で新聞紙すらまともに通過することはない。

 ガラスコップに巻かれている広告だってかなりグレーゾーンだが、今回は問題ないと判断されたみたいだ。余談だがその内容は、複数店舗が展開されたスーパーのお買い得広告。店舗名が幾つか記載されているが、千尋たち人工島民には土地鑑がほとんど無く、仮に分かったところで足を踏み入れることはないので、あまり意味を成さないと許可されたようだ。


「あっ服もあるんだ、いいね! これから本土と連動して寒くなるし、デザインも大人ぽくなってる……インナーが一色しかないっ」

「もう僕らも日本の基準だと中学生相当の年齢だから、いつまでも柄物ばかりじゃ……ちょっとね。このくらいシンプルなモノが無難ではあるよ」


 届けられた衣服類に小春は一着ずつ吟味する。

 まるでオシャレに目覚めたティーンエイジャー。

 人工島には残念ながら無いけれど、もしファッション店なんかがあれば、小春や他の子だって人並みに自身の衣服にこだわりや異彩を追求したと思う。現役や同世代モデルやアイドルにアーティストなんかにも憧憬して影響なんかも受けたはずだ。

 彼ら彼女らは漠然と奪われて失ったモノがあると知っている。だけど具体的に何が奪われて失ったのかまでは判らない。きっと島に居続ける限り分かるはずがない。


「これ、本当に私が貰っていいの?」

「うん、僕の分も他でちゃんとあるから。なんせダンボールが二箱も届いてるしね」

「多いねー。何が入ってたの?」

「片方は新しい毛布と、折り畳み机……暖房や布団も付いたやつだったかな? あと布地も多めだった」

「ほぉほぉ……暖房ねぇ——」


 千尋への届け物は小春の小荷物からも察しが付くように、季節の変わり目に対応するための物品の数々。もちろんこれまでも春夏秋冬の晩期に送られて来てはいたけれど、今回は荷物量からも見て取れるくらい豪華だ。千尋の両親の気まぐれで奮発したとも考えられるが、どちらかというと迫る来年度の年齢に起因している。

 千尋たちはみんな来年で16歳。一般的には進学だったり、就職だったり、過去を振り返って自分を見つめ直したり、人生に於いて分岐点となる年齢。定義によっては大人認定にする人物だって存在するだろう。


 だからその前に、物足りなくとも、後悔が残ってしまおうとも、親らしいことなんて何一つ出来なかった贖罪と代替の愛情をありったけ詰め込もうとした。

 いや、そんなまどろっこしい表現を誰も望まない。

 もっと分かりやすい単語だけでも伝わるだろう。

 これはちょっと先行した、記念祝いだ。

 子どもと大人の狭間に悩む年齢まで生きてくれたことに。


「——でも菜津さんからの荷物、本当に助かるものばかりだ」

「備え過ぎて新たな憂いが生まれるくらい多いけど」

「ははっ、千尋からしたらそうなるんだ。私はこのくらい溢れてる方が良いと思うよ……色んな情報源もあるしね?」

「情報源……——」


 ここにあるのは全て日用品や趣味の範疇。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 けれど人工島という隔絶された孤島にとっては、本土が確実にある証明の品々。そして千尋の家族は、政府管制課の規則に少なからず反発する立場の大人。

 理屈は至極当然。息子の成長を間近で見守る権利を奪った制度を、幾度越年したところで是認するわけがない。当時の絶望を忘れた日はない。


「——これで居場所が見つかる……なんてことは流石にないよね?」

「そうだね。千尋が求めていることはなにも。これはあくまで千尋の家族周辺に関する情報がほとんどだから」

「……だよね」

「ああでも、全く関係ないわけじゃないよ。もし千尋がこの島を出るときがあれば絶対に役立つよ……前に訊いたときに島から出ないとは言ったけど、前提条件があるんだよね?」

「うん……——」


 千尋は家族と逢えるものなら逢いたい。

 けれど現状の結論としては島から出ないことを選択する。

 しかし小春の希望は……千尋の願望は例外だ。


「——そのためだったら、僕は何だってする。もちろん帰る場所として、この島を残したいとも思ってる」

「うん。退屈なときもあるけど、仮に島が無くなっちゃうってなると、きっと寂しいもんね」

「……これからどうしたら正解なんだろうね、小春」

「うーん……それは私にも分かんないよ。でも千尋には一つ、決まっていることがあるでしょ?」

「そうだね——」


 この人工島での日々に抱く感想は、みんなそれぞれ。

 どうしたいか、どうなりたいか、誰よりも各々で思案するしかない。生活の行く末だってそうだ。いつまでも政府管制課が千尋たちに環境の提供を継続させるとも限らない……年数が経過すればするほど心酔した挙句、奈落に突き落とされるかもしれない。


 人工島民はいずれ、発現能力も含めた選択を迫られる。

 己が人生の在り方について。朧げな未来について。

 そんな最中では千尋の理想なんてちっぽけかもしれない。

 だけど、彼女を失ったままではいられない。

 だからこそ、取り返しのつかない空白の五年間に手を伸ばす。ひたすらにみっともなく足掻き続ける。


「——僕は……生きているはずのソフィアを、取り戻す」

「うん……——」


 定められた場所に甘んじる生活を覆す存在。

 だけどその子が、その子だけが未だに仲間外れ。

 絶対に生存していると千尋と小春が信じる、ソフィアだけが。

 小春は想いを汲んで首肯する。

 千尋の願いは五年前から変わらない。

 無力が故に溢れ落ちた、消えかけの枝垂れ花火のように。


「——あのときから、もう五年経ってるんだ……長いね」


 ここは雄大な海に全方位囲まれた人工の孤島。

 千尋の気持ちは、この閉鎖的な土地にて密かに募る。

 それは……ソフィアを政府管制課から奪還すること。

 みんながまた、共に成長した人工島を目印に集まること。

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