表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コバルトソフィア  作者: SHOW。
第一章
52/156

52 カップケーキと添えられたメッセージ

 もし小春が誤投与の被害者とならなければ。

 人工島に幽閉されない人生を歩んでいれば。

 もっと利益のある情報を容易に手にしていた。

 人類史にとって能率的なテーマを掲げていた。

【ハルトマカロウ】からも隔絶されていなかっただろう。


 体裁こそ誕生年代の平均的な女の子の体躯で、悩みごとも年相応で、ちょっと一般教養に偏りこそあるが、小春の行動実践能力は発現能力にすら勝るかもしれない稀有な才能だ。


 千尋は常々思う。いや、思わざるを得なくなる。

 小春にこの人工島は、あまりにも狭すぎると。


「はい千尋、お茶と……最近お菓子作りにハマっていてね、その残りの再利用で作ったものだけど、カップケーキっ。あ、夕食の後だろうしお腹空いてなかったら食べなくても大丈夫だよ」

「そうなんだ……あっ、この前のビスケット、美味しかったよ」

「え? ああ! ありがとっ、まさか直接言われるとは思わなかったな……ついでに言うとこのカップケーキ、その材料の余りで作ったんだー」

「へぇ……——」


 千尋の眼前のテーブルに小春から配膳されたのは麦茶が注がれたガラスコップと、フチから生地が盛り上がっているマグカップケーキ、あと掬い上げるためのスプーン。ビスケットの余りものに目測の概算で材料を混ぜ、電子レンジで加熱し気泡を生み出しただけの簡単なケーキ。彼女のもったいない精神で作った一品だ。

 用意されてすぐに、千尋はスプーンとマグカップを手に取り、零れ落ちないように掬って一口頂く。

 味蕾に乗せた刹那、気泡による膨張の弾力とほど良い甘味が口腔内にまで広がり、口蓋と舌頭で咀嚼代わりに圧力を加えると簡単に生地がほろりと解け、満たされた知覚を惜しむようにして呑み込む。


「——ん……うん、美味しいよ」

「ほんと!? ふふっ。甘さ控えめのプレーンで、小麦粉の量が多くなっちゃってるかもって思ったけど、千尋にそう言ってもらえると嬉しいなー」

「余りもので作ったのか逆に疑いたくなるくらいだよ。それに味だけじゃなくて色合いも形成も……とても綺麗だ」

「……ありがとう。なら今度は、ちょこっとアレンジしたのとかも食べて欲しいな?」

「僕でいいのなら、是非」


 そのまま二人してデザートのカップケーキを食す時間になる。千尋は夕食後であることを忘れるくらいスムーズに次々と口へと運んでいく。図らずもデザートは別腹という迷信は本当かもしれないと身をもって体現している。

 千尋と小春はずっと黙々と食にありついていたが気不味くなる様子も無く、寧ろ時節視線がかち合うと微笑み、微笑み返すくらいに安穏な空間に包まれる。これが二人だけの特別な距離感で、昔馴染みの素敵な笑顔がそこにある。


 やがてお互いにカップケーキを平らげ、麦茶を啜り嗜む頃合いになると、いよいよ千尋が小春の部屋を訪ねた本題に入るつもりだった。しかし久々に二人だけの余暇のせいか、思ったよりも寛いでしまって先延ばしになる。だらけているわけじゃないけど、無辜な綽々に猫騙しの如きクラップを浴びせるみたいな心情になって遣る瀬無い。簡単に表現すれば水を差す気がした。


「そうだ千尋、例のブツは持って来てくれた?」

「……持って来たけど、いきなりそんな脱法薬品や賄賂みたいな言い方しなくても……」


 うだうだと千尋がタイミングを窺い損ねていると、小春の方から切り拓いてくれる。裏取引きにありがちな悪辣さを装った、ある意味ドラマチックでイタズラな笑みを浮かべ訊ねる。千尋の躊躇いを察して戯けたようにも見受けられなくもない。


「どうかな。管制課に隠して届けて貰っているから、あながち間違ってもない気がするけどねぇ」

「うーん。でも一応はその管制課の点検を突破したモノばかりだし、ちょっと解釈が異なると思うかな」

「え? わざわざそんなことしてるんだ?」

「父さんと母さんはそう言ってたよ。ただ言葉をそのまま受け取っただけだから、検査度合いまでは分からないけど」

「へー……私は家族からの荷物なんて受け取った記憶もないから、なんか羨ましいエピソードだね……——」


 それは心の奥底からの小春の本心。

 もしかすると千尋以外の人工島民を代弁した独白かもしれない。


「——まあそれは置いとくとして、見せて貰えそう?」

「もちろん、ちょっと待ってて」

「うん」


 千尋は持参したリュックの中から、予め纏められていた小袋を取り出して小春に差し出す。

 付箋に記された、千尋の母親であり送り主でもある菜津のメッセージを添えて。


「どうぞ」

「これ全部私の分? 多いね」

「そうみたいだよ。あとこの紙には特定の名前は書いてないけど、僕の母さんから……小春宛て」

「菜津さんから? なんだろう?」


 小春は小袋に詰められた荷物よりも先んじて、菜津からのメッセージに目を通す。この中には小春のためになる品々が幾つも込められているというのに、彼女の優先順位は遠方からの気持ちに触れることを選ぶ。

 単体ではさほど大した価値もない量産型が束になったうちの一枚。実際に購入したときも清涼飲料水一本くらいと同対価の、ありふれた四角形の薄青色の付箋にはこう記されてある。


『私たちからのささやかな贈り物です。あんまり使い道がなかったらごめんね。あなたの健やかなる成長を、いつかこの目で見届けたいな。 千尋の母より』


「菜津さん……」

「あんまり、具体的には書いてないっぽいね」

「仕方ないよ。そうじゃないと政府管制課をパス出来ないしね……でも、私は嬉しい。こうやって遠くに住む人を少し知ることが出来るのは貴重だし、昔のことも憶えてくれているみたいだから」

「そっか……」


 一見して当たり障りもなく、またこのメッセージ自体が小春宛てであることすら分かりにくい。千尋宛てでもおかしくない内容だ。これは政府管制課の監査を掻い潜るためで、千尋の母親の菜津と他所の子である小春が間接的に連絡を取り合うと不都合が生じてしまう懸念に配慮したもの。だからこそ小春の名前も記載されていない、婉曲な表現ばかりの隠しメッセージになる。


 それでも菜津の気持ちの一部はちゃんと小春に届く。

 嬉々とした小春の表情を一瞥すれば、千尋にも伝わる。

 いつか連絡室のモニター越しの初対面。

 あのときはまだ幼く、ソフィアが暮らしていた頃だ。

 小春と菜津が政府管制課の許可を貰い、顔を合わせた唯一の機会に思い馳せていると。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ