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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第一章
51/156

51 小春の部屋

 男寮での夕餉の後。それぞれがお風呂だったり、雑談を交えていたり、趣味に興じていたり、予習復習に勤しんだり、就寝したりと、夜間のフリータイムを有効にかつ満喫しながら過ごしている。

 そんな最中に千尋はすぐ自室に戻ると、輸入港で受け取り運んだままになっていた家族からのダンボールの二箱あるうち片方をようやく開封して、幾つか小分けされた小袋の中から、メモ代わりの付箋が貼られたモノを慎重に取り出して自身のリュックへと移す。ただ思いの外荷物量が多く、スライドファスナーが何回も滞りながらしまう。


 そのリュックを背負って自部屋を出て男寮も後にすると、寄り道もせず真っ直ぐに女寮へと赴き、階段を上り二階最奥を部屋の前に立ちノックしようとする。ドアに掲げられた冷色のネームプレートにはコハルルームとあり、ここが小春の部屋だということが一目瞭然。

 千尋は右手の骨格の角ばらせた箇所を扉に二回当てる。

 等間隔に乾燥した音色が反響。寧ろ奏でられたと表現してもいいかもしれないくらいの爽快さだ。


「……あれ?」


 しかし、小春からの反応がない。

 大半のケースを当て嵌めると、返事こそなくても慌ただしい足音くらいは微かに聴こえる。だけど、それすらない。

 よくよく観察すると部屋からの漏れる光もなさげだ。

 テレビやパソコンモニターの画面が点灯したままなら分からないが、少なくとも部屋は消灯している。


「もしかして寝てるのかな? もう一度やって何も返って来なかったら日を改めようか」


 念のため再度ノックを試みる。

 いや、試みようとしたとするべきだろう。

 千尋が扉に触れる一歩手前で、小春の部屋の内部からそそっかしい足音が聴こえる。どうしようかとそのままの姿勢を維持して待っていると、内側より扉が開かれる。毛先が翻り、旋毛付近が盛り上がったままの小春が、千尋の視界に映る。


「ごめん、仮眠を取ってあんまり時間が経ってなくて、ぼんやりしてた」

「ううん大丈夫……久しぶりだね、小春」


 青模様を帯びた水彩色が基調の上下長袖フード付きパジャマを着用し、藍色フレームの眼鏡を今まさに掛けたインドアスタイルの小春との対面。実際には半月にも満たないくらいの日数だけれど、この人工島の密度からしてみれば、千尋の言葉通り久しぶりと呼ぶのも無理もない。そしてそれは小春も同様だ。


「そうだね、久しぶり千尋」

「ちゃんと食事とか摂ってたの?」

「うん。みんなとは違う時間になるけど、ちゃんとね」

「なら良かった。見た感じ寝不足でも、体調不良でも無さそうだしね」

「一応気を付けてるから……あっ、先に部屋上がって貰ってから話そうか。いつでも千尋に来てくれてもいいように片付けてあるから遠慮しなくても大丈夫だよー」


 そう言うと小春は率先して踵を返し、電気も点ける。

 千尋を迎え入れるスペースを塞がないように早歩きだ。


「お、お邪魔します」

「はい。お邪魔されます……うーん、なんか変だね」

「どこに座ればいい?」

「んー? どこでもいいよ」


 小春の部屋の内装ベッド、折り畳みのテーブル、冷蔵庫に簡易シンクなど、一人暮らしには必須とも言える家具が一式揃っていて、幼少期から暮らしている影響からか少女時代のファンシーなぬいぐるみや人形も書棚の上に飾られている。

 室内はきちんと整頓もなされており、クリーム色のカーペットの上には座り寛ぐ余白が十分にある。全体的にはシンプルかつ、ただただ落ち着く一室だ。


「じゃあ、この辺に……」

「ははっ、確かに私どこでもいいって言ったけど、なんでそんなカーペットの隅っこに座るの? もっとテーブルの近くにしなよ、飲み物とか用意するから、あと夕食後のデザートも良かったら」

「うん、ありがとう」

「いえいえ……ありゃ、お茶しかないや」

「問題ないよ。それにしても、やっぱりすごい部屋だ」


 基本的には千尋の部屋と配置がほとんど同じだけれど、顕著に異なり異彩を放つのは、ぬいぐるみ類が置かれた巨大な書棚と旧世代のコンピューターとモニター。書棚には物理法則や天文学などの科学本や近代史本に関する書籍が複数冊あり、独自の成分データを纏めたファイル、ちょうど収まるサイズの応急処置箱に、幼少のときの絵本や少女漫画にSF小説という年齢を重ねた知識の振り幅が随所に散りばめられている。


 コンピューターは現世に於ける性能には幾分劣り、人工島の立地のせいもあるが標準で検索機能すらまともに使用出来ず、正直この孤島内では精密機械を結集させたガラクタにしかならない。そもそも一般的なパーソナルコンピューターの類の所持が許可されているわけでもなくて、輸入港から取り寄せることも不可能。しかし例外としてテレビモニターやビデオゲームなど特化型の旧世代家電だけは子どもの娯楽の範囲内として限定的に要望を出せた。千尋が所持する年代物の家庭用ゲーム機もそれに該当する。


 つまりこの小春のコンピューターは、そんな家庭用ゲーム機などを分解し、足りないパーツを都度別用途から継ぎ足して完成させたマザーボードを独自の基板として組み立てた……いわゆる本物の自作PCだ。ネットワークに接続も叶わない、機能も部品も脆弱もいいところだが、辿々しくはなるが文字入力や、派生して簡単な物理演算を人工島民で小春のみ扱うことが出来る。


 彼女が学校を休んでいた理由の一部もこれらの情報に基づいた推測をしているから。その推測は【HMGG細胞】や【TOUNO】、突き詰めれば【ハルトマカロウ】。人工島民みんなに誤投与したとされる物質の追究。今のところこれといった成果を得られていないが、誰よりも真実に近付いているのは小春と言える。

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