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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第一章
5/156

5 アーティフィシャル

 二〇四二年現在。千尋たちを含めた男女二十六人がこの人工島で日々の生活を送っている。人工島の正式名称は【人工海域浮遊孤島HMGG九二七専用観察区間】。もちろんそんな長々と情報を詰め込んだだけような名称を呼ぶ人はいなくて、人工島、孤島、島、などまちまちだ。以前は共通の愛称を使っていた時期もあったけど、ソフィアの一件から自粛ムードが漂い、遂には誰もその愛称を呼ばなくなった。


 人工島の主な建造物は、男女それぞれの寮と年相応の勉学に励むための学校。点在する休憩スポットや風車に加え、水道やガスに電気などの動力源を蓄積した貯蔵庫。離れた家族と通話するための連絡室と資源を受け取るための輸入港。


 あとは世界政府、ないしその管轄にある政府管制課から特別に許可が下りた人物を人工島に通すためのチェック体制を敷いた管制室。特筆するならこのくらいだろう。味気ないと言われてしまえばそれまでだけど、必要最低限の環境は整いつつある。当初は想定外の事態に対応するために、もはや突貫工事の様相で造られたこの島は、千尋たちの成長に倣って設備を増強させたと言っていい。だから未だ、発展途上の人工の島国に相違ない。


 訪問者や政府関係者を除くと島民全員が十五歳の男女。

 本土から切り離されて暮らす彼ら彼女らも、本質はしがない中学生に過ぎない。平日の朝は一般生徒と同じく、学校の始業時間に翻弄される。


「……鍵の戸締まりは?」

「ごめん、託した」

「え……欠席は? 何人来そう?」

「えっとどうかな……十人、いや九人? 八人かも?」

「なんで曖昧なのよ? 今日の男の子寮の管理は千尋でしょ! なのに鍵も誰かに渡しちゃうしさ、せめてそこはしっかりしなさいよ」


 紺色ブレザーの制服を着用し、徒歩圏内にある男寮から校舎へと移動する。みんなと寮生活だから実感としては薄いけど、一応は登校と呼べる行為だろう。千尋は教室近くの渡り廊下を感慨もなく歩いていると、本日の女寮の管理担当である朝倉(あさくら) 墨花(すみか)が待ち構えていて、双方の役目の意見交換を交わした結果、絶賛男寮管理の杜撰さから呆れられてる最中だ。


 黒々としたショートヘアに、三日月ともアルファベットのCとも取れる黄色いヘアピンを六対四に掻き分けられた前髪の右側にあしらった墨花は、両腕を腹部の前で組み、ただでさえ鋭利なまなじりが砥石(といし)で研磨されたように尖り、欠伸の噛み殺す千尋を責め立てる。


 実際に寮の鍵を託したのは事実で、登校して行くであろう男生徒をちゃんと把握しなかった。おまけに眠気からくる涙目が更に心証を悪くさせる。一応千尋なりの理由はあるんだけど、持ち回りの管理担当として欠陥だらけなのは変わりなく、彼自らの弁解は出来ない。


「……ごめん墨花、全面的に僕が悪い」

「別に謝らなくてもいい。他の子はみんなもっと適当だし、私が厳格にし過ぎてるとも思うしね」

「いやそんなことは——」

「——でも、千尋は一度リズムが崩れると長引くからさ……昔みたいに何にも手付かずで塞ぎ込んだりしないか不安になるんだよ」

「……それ、みんなからもずっと心配されるね。でももう五年も前の話だから……大丈夫だよ——」


 五年前。それはソフィアが人工島からいなくなった日。最初こそ気丈に振る舞っていた当時十歳の千尋は、学校の備品を誤って壊してしまったことを皮切りに、体育の授業で顔面強打、寮の鍵を紛失、何もないところで転び、ついにはぼんやりとして話も耳に入っていないなど、誰の目から見てもおかしな状態が連鎖的に続いた。それに気が付いてはいたけど、ソフィアの一件もあるからとみんな、落ち着くまで千尋のことを見守りつつも支え合おうと努める。


 だけど一度過呼吸で倒れ込むと三日間食事も取れずに部屋に篭り切り、交代で様子を見に来ても虚ろに頷き、嗚咽どころか声も出さずに涙が流れ出したりと、精神崩壊が顕著でしばらく立ち直ることがなかった。だから千尋以外の全員、千尋がうっかりしていると当時のように心が病み始める前兆なんじゃないかと案じるのは、示し合わせてはいないけど共通認識になっている。もう誰もあのときの千尋の姿を見たくないし、させたくもない。今度は例えありがた迷惑でも傍観はしないと心に決めて。


「——千尋ー助かった、鍵返すわ……なにしてんの墨花?」

「寮の管理担当の役目を果たしてるんですけど? というかなんで苑士郎が……あっ、そういうことか」

「いや一人で納得されても分からんのだが?」

「うんん、苑士郎には関係ない——」


 二人の後ろから男寮の鍵をちらつかせてやって来たのは、アッシュブラウンの髪の毛をアシンメトリーに整え、面倒そうな雰囲気と明朗さが窺える表情と抑揚をそのままに千尋の肩に絡む大野(おおの) 苑士郎(えんしろう)。軽薄そうな顔付きと整髪、ブレザーを着崩し柄物のインナーを見せびらかしているのでチャラついた印象を持たれがちだが、肝心なときには誰かのために一本筋が通る行動が取れる、秘めた誠実さが彼にはある。けれど基本はだらしのないというか、ゆとりを重んじているというか、とにかく気持ちが乗りにくい。そんな苑士郎と所持する鍵を見て、誤解があったことに墨花は勘付く。


「——なんで言わなかったのよ千尋。遅れた苑士郎を信じて鍵を託してたって。欠席人数も苑士郎次第だってさ」

「……管理なのに無責任なことは言えないから」


 男寮で千尋は登校予定の子を簡単に確認したのち、寝坊した苑士郎を待っていた。けれど遅刻しそうと悟った苑士郎から先に行って欲しいと伝えられ、間に合ったときのためにと鍵を手渡す。それが事の顛末だ。


「普通に苑士郎が遅れて来るかもで良かったよ。念のため鍵も渡しといたでも良い……私が言うのもあれだけど、千尋は実直過ぎ」

「本当だな」

「うるさい。大体、苑士郎が遅れなきゃなにもなかった話でしょ! もう……ごめんね千尋、私ちょっと強く言い過ぎたからさ」

「ううん、僕がちゃんと伝えられなかったからだよ」

「そう……あっそうだ。念のために言っておくと今日は先生が来訪しない日だからね。この鍵は私が両方責任を持って預かっておくよ。じゃああとでっ」


 墨花はわざとらしく逃げ惑う苑士郎から鍵をもぎ取り、一足先に教室へと向かう。管理担当の役目は鍵番は点呼だけじゃなく、教師が島外から来るか否かの共有と、当日時間割の振り分けをみんなに報告する必要がある。そして男女管理担当のどちらが報告をするかは特に決めてはいないけど、暗黙の了解として双方の鍵を預かった方となっている。

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