46 全員
理人は毅然として真希を見据える。もうこの場で【無色透明化】を使う必要はないと言いたげに澄ました表情を覗かせている。ただ一方で左隣から共に現れた塔矢は、呼吸の間隔がやけに浅く、疲労による汗までが顳顬から頬を伝い滴る。
防御特化の【創作幻自塔】は創造力の維持が必須、つまりは確固たる知識と心身の万全さが強度に直結すると言っていい。単純な比較として、真希の攻撃以上の集中力を齎さないとあれだけの肉薄した接戦を演じることすら至らない、ハリボテのような塔擬きを創るだけになってしまう。発現能力者三人の中で長期維持には向かず、特筆して体力を消耗する。
「……真希がまだ、反撃してきたらどうするつもりだよ、理人」
「そのときはそのとき。どのみち塔矢君は真希さんの能力に負けたも同然なわけだし」
「そりゃ……そうだけどさ。一応ほら、俺と理人の能力の組み合わせで闘う方法だってあったんだぞー」
「それはまた別の機会でいいよ、塔矢君もお疲れみたいだしね……とにかく今の優先は真希さんの説得、であってるよね? 千尋君」
理人の視線が千尋へと向けられる。
構図としては理人と塔矢が隣り合わせで、真希が二人の真正面に立ち尽くし、その背後ろに千尋が居る。要するに真希は前後挟まれた状態になっている。ちなみに墨花と苑士郎は千尋たちよりも更に後方の扉側で棒立ちしたままだ。発現能力者同士の衝突から忌避するのが非能力の現状なら適当だと直感で理解していたけれど、いずれ己自身にも起こり得る現象かもという不確かな好奇が逃げ足を留める。
「うんそうなる……いや、もしかしたら違うのかも」
「ん……え? 違う?」
予想した答えを千尋がしなくて、理人は素で驚く。
基本ポーカーフェイスの彼には珍しい格好だ。
「多分。最初は理人の能力を軽視した真希が、自分の能力を無作為に発動すると思い込んでいたから……でも、真希は僕たちのことを考えて単独行動を選んだだけだった。理人を味方に付けなかったのはきっと、透明化はただ実体が見えなくなるだけで強化されるわけじゃないから。下手をすれば余計な犠牲者になりかねないと考えた……からかな?」
「まあ……一人じゃいずれダメになるとは思ってるけど、だからガード要員で塔矢を誘ったわけだし」
真希が理人よりも塔矢を仲間にしようとしたのは至極単純。【皓々三原色】との相性、その一点だけだ。色素によって彼女の近辺に影響を及ぼす発現能力に対し、近くに居る対象を透明化させる理人だとお互いの良さを喰い潰してしまう。
「簡単に言い表すと……真希はこの人工島からみんなで外に出ることが目的、なんだよね?」
「そりゃあね。子どもの頃からたまに考えてたことが、この能力ならなんとかなりそうだったから。ダメ元でもやってみないと……この機会を逃したらいつになるか、もしかするとその前に処分されたっておかしくない。それにあたしが今のところ一番火力がある能力だし、尚更ね……」
千尋の問いに、今度は誤解を招かないようにと詳細に説明しながら返答する。情報過多やまとまりがないかもと真希は喋りながら迷いが生じていたが、千尋にとっては全くの杞憂に過ぎない。寧ろちゃんとした本音が冷静に聴けて安堵したまである。だってそれは、千尋自身の理想とさほど変わり映えしないものだと確認できたからだ。
「だとしたら、僕たちって同じところへ向かおうとしているんじゃないかな? さっき訴えていた内容も含めてね」
「……そっちは能力が使える子を集めて、ここで共存と適応して生きて行くために動いているんじゃないの?」
「……間違ってはない」
発現能力に理解を深めることイコール、真希の指摘通りの意味でも相違無い。実情はこの人工島に不満はあるけど、捨て去りたいとは考えていない。だって人工島はみんなで育んで来た故郷そのものなのだから。
「じゃあ一緒にはならないよ。千尋たちは平和にこの島で暮らすため、あたしは政府管制課に戦争を仕掛けるのと変わらないんだからさ——」
「——待って。あのね真希、僕の考えはきっと、今真希が言ったことの両方を実行しようとしてると思う」
「……は? 何言ってるの?」
真希が何をほざいているんだと嘲りながら訊ね返す。
主張が矛盾してると言いたいらしい。
理人と塔矢もお互いを顔を合わせ、どういうことだと疑問を視線でぶつけ合っている。目の前に居る三者三様の様子から言葉足らずだったと察知し、自覚をした上で千尋は補足する。
「ごめん、これじゃ伝わりにくいよね。詳しく言うと僕はね、外には出てみたいけど、この島で育んだ全てを無かったことにはしたくないんだよ。だからこの隔離するための人工島だとしても、大切にし続けていきたいと思う」
「なら——」
「——でもそうなると、一つ譲れない条件がある」
「条件?」
平穏に暮らすとしても、まだ欠けていることがある。
それこそが千尋の理想で、切なる望み。
「うん、もしかするとこれを果たすためには、政府管制課を敵に回すことになる……いや、絶対にそうなるはずだ。つまり僕と真希は目的がちょっと違うけど、最終的な敵対相手は同じなんだよ。真希を一人で政府管制課……大元を辿れば世界政府、全世界の人々を敵に回しても叶えたい同士で手を取り合えないかな? もちろんきっと僕だけじゃない、理人に塔矢、墨花に苑士郎、他のみんなだって多少は違うけど近しい希望はあるはずだよ」
千尋の説得に真希は愛想ない顔色で聴いていた。
それはどうでもいい意見だからじゃなくて、意志が揺るがない証明でもなくて、しっかりと千尋が述べる内容を思考に留めようと善処したいがためだ。教訓として塔矢という発現能力者の存在を聴きそびれ、計算外の事態に先程至ってしまってたせいもある。島民同士のコミュニケーションはやはり少数が故にとても大事だ。
「それで、千尋が思い浮かべてる条件ってのはなに?」
「……ボクも気になるね」
理人の言葉に塔矢、墨花、苑士郎、真希の順番に頷く。
この瞬間、自由室に居るみんなの気持ちが重なる。
図らずもこの人工島から忽然と去った彼女に起因して。
「……僕は赤ちゃんの頃にこの島に隔離された全員が、また揃って集まらないといけないと思ってる。それをどうにかするつもり……もちろん、一人も欠けることなく——」
「——お、おい……」
「千尋、それって!」
「……なるほど。確かにそれは、少なくとも政府管制課を敵に回さないと、解決しない問題になるね」
狼狽える墨花と苑士郎を他所に真希は淡々と呟く。
理人と塔矢も驚嘆と呆然が複合したような顔をする。
その千尋の言葉は一見するとただの淡い願望でしかない。
でも一部、前提条件が加われば発言の意図が壮大過ぎることに人工島民なら誰しも気付く。
「……ソフィアも、ね」
人工島に隔離された全員、一人も欠けることなく。
それはつまり。十歳の誕生日を境に姿を消した、ソフィアを含めたみんなという意味が確固たる信念に包まれている。




