44 彼ら彼女らの淡く儚く冀った純真
どこに潜んでいるんだと、真希は周囲を見渡す。
元々は簡易の体育館でもあった大部屋の自由室に隠れる場所なんて皆無に等しいけれど、その広大さが故に理人の透明化には好都合材料になり得る。塔矢と共に行動しているのか、はたまた理人の【無色透明化】の範囲内で別々に遊動しているのか彼女視点で解らないから、どうしても憶測で判断するしかない。
一応は能力の残滓くらいなら発現能力者の感覚で微妙に掴めはするけど、これだけ塔矢と散々能力を衝突させて暴れた後だと探知するには至れない。そもそも掴めたとしても、それが理人と塔矢の発現能力によるものか、真希自身の能力反動の疼痛かどうかも曖昧なレベルだから、当てにしないのが定石だろう。
ましてや真希は、さきほどの【皓々三原色】の三色を混ぜた白色の光線を発射したせいで余力が無く、対抗する術を一時的に失っている。それを悟られないようにするための牽制の意味合いも兼ねて睥睨を効かせる。例え虚勢であったとしても、何もしないよりは良い。
「おーい、そっちには居ねえぞー」
「……今はその辺か。随分と距離を取ってるみたいじゃん。このまま膠着状態にしてもなんにもならないでしょ」
「それは真希も能力で攻撃出来ないって自白した解釈でいいのか? というかおおよそで俺の場所は分かるだろ? なんでアクションを起こさないんだよ?」
「ズルして勝とうとするヤツに無駄な体力なんて使いたくないだけ……どうするの千尋、まだ続けるつもり?」
真希は不意に振り返り、とっくに翠色の強磁力の影響から逃れている千尋に問い掛ける。一連の回顧から手繰り寄せた彼女の考察から、千尋が理人と塔矢という発現能力者を統べる人物……つまりリーダーのように映っているせいもあるが、今のところ視認可能なのが千尋だけしかいないせいでもあり声を掛けた。
実際には三人の間に格差はないし、だれが統帥でだれが首謀者というわけでもない。千尋も理人も塔矢も、発現能力や【ハルトマカロウ】関連の被害者であることを除けば、部屋割りが近いだけのしがない同寮の同級生に過ぎない。気軽に部屋を訪れることがある友達で、同じ環境に身を置く仲間。
真希との明確な違いを突き詰めると、発現能力に対して、暗黙の了解で静観する予定の立場だったことくらいだ。ただ人工島民が直面する急転に傍観者ではいたくないだけ、手短かながらサポート環境を整備しようと工面しているだけだ。
「僕としてはこの争い自体が不毛だと思っているし、最初に騒々しくさせたのは真希の方だ。そっちが手を引いてくれるなら理人も塔矢もこれ以上能力を使わない……と思う。すぐにでも終わるはずだよ」
千尋の弁は理人と塔矢に直接訊いていないから真意は不明。だけどほとんど不意打ちで真希が千尋に発現能力を使い、理人にも攻撃したからこその対抗策で使用しているため、真希が理想を一端取り下げてくれさえすれば、二人が透明化し続けている道理がひとまず無くなる。
ただその理想は真希にとってだけじゃなく、人工島民みんなのために行おうとしたことだ。早々簡単に退いてしまうとは考え難い。
「……千尋はさ、このままずっと島に閉じこもって暮らすつもりなの? 誰かに従い続けるだけなの?」
「……外に出られるなら、多分そうしてるよ」
それは紛れも無い千尋の本音。
そして人工島民みんなが一度は冀った理想。
外の世界とは、本土とは、未知と好奇心の拠り所。
彼ら彼女らはこの島以外の本土に足を踏み込んだ記憶すらない。母親のお腹の中から産まれた病院にも、家族の住まいにも、家近くの学校にも、市区町村にも、都道府県にも、他国の領土にも、政府管制課の本拠地にも……どこも外界にあると噂される場所という認識でしかない。
「でしょ。理不尽に大人たちに振り回されて、こんな島に物心付く前から閉じ込められて、外の世界を本やゲームや来訪者の話でしか知らない……こんなのおかしいでしょ絶対っ、あたしたちが何をしたというの? ただその他大勢の赤ちゃんと同じモノを投与したと思ったら違った……それだけなのよ」
「……そうかもしれないね」
「間違えたのは誰? あたしたち? 違う。あたしたちはまだ物心も付かなくて、投与するかどうかの意思疎通すら叶わなかったはずなのよ——」
不平や不満を真希が吐露していく。
それは彼女だけではなくて、人工島民みんなの心底へと抑圧させた感情と同義のものでもある。
「——じゃあ誰の罪? 点検をちゃんとしなかった、命令に従事するだけだった、集合的無意識に倣うだけの大人たちだよね? この人工島に幽閉されているのはなんで? 勝手に危険因子だと持て囃した政府管制課や親元の世界政府による検査結果に基づいたものだよねっ……——」
真希の仮説はあくまで来訪者や政府管制課から伝え聞いたソースがベースとなっており全てが適当ということはない。大抵は的を得た考察だが、被害者とはいえ千尋たちはみんな子どもで、都合の悪い大人の事情は秘匿されている。
しかし有能な叡智を授かる人類とは得てして、優秀であるが故の、本来なら喜ばしい弊害が存在する。それは生き永らえて成長して自意識を確立するにつれ、自身がどうして家族と離れて暮らし、人工島から出られないんだろうという疑念が必然的に生まれることだ。幼少期特有の知的好奇心が際限なんて諸共せず、些細な情報源を頼りに探求心をくすぐられる。
その勘繰りを回避しようと動いた政府管制課が、取ってつけた結末だけを人工島民みんなに告げる。苦し紛れでしかなかったが、当時の彼ら彼女らは十五歳になる現在よりも大人たちに信頼を置いており、真偽はともかく、それなら仕方ないで済ませてしまっていた。つまりは子どもの純真な真心を利用し、つけ込んだというわけだ。
「——ならさ千尋、墨花や苑士郎、見えてない理人に塔矢にも訊くけど、あたしたちがここに居続ける理由ってなんなの? 言うことを聞き続けるだけの理屈ってなんなの? あたしはさ、ないと思うんだよ。別に映画の極悪人みたいに犯罪に手を染めたわけじゃない、マッドサイエンティストに頼んで投与を望んだ張本人じゃない、ただただ何も知らなかっただけ。知らないうちに間違えられて、誰かが危険性を指摘して、どうしてか怯え出して、閉じ込めている……あたしたちが反論すら出来ない子どものときの間にね!」
「真希……」
真希が力説する内容には何も異論はないと千尋は思う。ひたすらに無知だった。もちろん赤子だったんだから少なくとも彼ら彼女らに責任なんてないし、能力もあるわけがない。
ただ、そんな理不尽が成長と共に表面化しただけだ。




