36 スピーカーフィールド
不自然な雑音がサイコロを振ったときのように転がる。
遅れて自由室の床平面が、再び強力な磁気を帯びる。
するもあっという間も無く千尋は片方の足を上げることすら叶わなくなってしまう。先程と全くもって同じ現象だ。
ただ真希の発現能力にも制限があり、今回の発動範囲は墨花と苑士郎まで及んでいない。これは千尋と理人を捕らえるためことに注力したものだから、彼女としては想定内の最悪といったところだろう。同じく能力を持つ理人を最優先、次点が千尋、最後に墨花と苑士郎の序列。欲を言えば一撃で全員の行動を封じ込めたかったが、範囲的に切り捨てるとしたら残りの二人の場所が定石と判断する。
「理人、こそこそ隠れてないで出て来なよ」
「いやいや仕方ないじゃない? そういう能力なんだからさ」
戯けた口調で理人は正論を唱える。
その声がする方角で改めて位置を特定しようと真希は画策したけれど、理人は真希が見失った空白の時間を駆使して一度部屋を出る。物置きとなった三階の一室にある小型スピーカーをいくつか所持したのち、出戻り撒き散らし話しているため、自由室中を彼の声が反響し在処を捉えづらい。
この三階の物置き部屋は何度か千尋たちの密談を交わす場所となっており、祭具に混ぜて能力の特性に合致した道具を揃えている。本来なら武具を手に取り、透明化を活かし不意打ちを狙うのが対抗策である。【無色透明化】という単体では攻勢に出難い能力の勝率を格段に跳ね上げる手段だが、別に真希を打ち負かすことが今回の目的じゃないため攪乱手法を用いている。
「虚勢はいらない。理人があたしに勝つ見込みは皆無なんだから、ちゃんとアドバイスを受け入れたら?」
「なら……仮に、ボクが真希の言うことを素直に聞き入れて出て来たら、どうするつもり?」
「悪いようにはしない、ちょっと痛い目をみてもらうけどね。降伏してくれて余計な体力を使わせなかっただけ手加減はする」
「なるほど、つまりボクはどちらにせよ真希に手酷い仕打ちを受けるんだね……じゃあその提案には乗れないな。ごめん、足掻かせてもらうよ」
理人の足音は相変わらずなく、千尋も墨花も苑士郎も押し黙っているためにとても静かだ。真希は目視で最低三つは確認出来たスピーカーのせいで音声での居場所特定も困難。
そもそも理人が一瞬戻って来てスピーカーを投げ入れてから離脱し、トランシーバーのように遠隔で声だけを届けているケースもあるため、自由室から別の部屋に移ることも視野に入る。強気の言い分とは裏腹に焦燥感が鼓動を急かす。いくら発現能力があったとしても、対象の人物の所在を掴めないと相手にすらおらず、これでは攻撃型の能力さとして圧倒的に優勢であっても勝敗も何もない。雌雄の決しようがない。
「理人さ、そんなところに居ても何にも出来ないでしょ?」
「それはもしかしてハッタリかな? ボクの居る場所が分からないからって少し雑なんじゃない?」
「……うる、さいっ!」
真希が僅かに動いて地団駄を踏むと、幾重の摩擦が折り重なる金切り音と共にノイズの発生させ、理人の重複音声の源のスピーカーをガラス片諸共容赦なく潰す。その後もスピーカーの一つずつ壊して行き、視界に捉えられない苛立ちを足裏の切り傷の痛みを含めて抑制する。
これは好機だと、慣れない煽りを理人は継続する。
「それ、結構精緻な技術で造られてる貴重なやつなんだよ。小春が知ったら怒るかも」
「知らないわっ! 大体理人がさっさと降伏しないのが悪いんでしょ」
「降伏も何も、ボクとしては望まない諍いに巻き込まれるのが嫌なだけだから。政府管制課を敵に回すのは向こうだけの問題じゃなくて、その恩赦のようなものでボクたちはこの人工島で生き永らえているんだ……居場所をまた失うかもしれない、そんな覚悟も出来てない」
「それが嫌だと言っているんでしょ。いつまでもあたしたちは罪人のような生活を強いられ続ける。結局はその生き永らえた日々は島流しの延長線上でしかない……元々居場所なんてものがあったのかどうか疑問よ」
簡潔に気持ちを表すると。理人としては人工島とみんなが守られる範囲での能力行使を望み、真希は人工島とみんなが正当な権利を得るための能力行使の企てる。さしずめ保守派と革命派といったところだろうか。どちらも深掘りすれば十五年暮らして来た土地と同級生を思っての心温かい思考。ただやり方が正反対なだけだということに気付いていない。
そんな会話劇を交わしているうちに、真希は理人が幻惑させるためだけに使用した小型スピーカーを全て破壊し終わる。精密機器が剥き出しになって、外部音声の伝導不可、悲鳴のようなノイズも徐々に弱ってしまう。
「それで、全部みたいだね。まさかそこまで荒ぶって破壊し続けるのは予想してなかっ——」
「——……見ーつけたっ、まさかこの部屋に居るとは思わなかったよっ……ギリギリ範囲外か……抜かったなー」
「……っ」
双眸が乾燥し切るほど見開いたまま、理人の声がする推定予測値に向け翠色の発現能力を繰り出す。既に真希が千尋に発動した能力を解き、制限もない状態だ。これはつまり理人が予想に反して自由室内部に留まっていて、その僥倖を取り逃がさんとする真希が理人の捕縛に転じた。案の定理人は最初に千尋が被弾した一幕と瓜二つの戦法をくらう。
「てっきり別の場所から話し掛けているんだと思ってたよ。なんで直接対決じゃ勝ち目がないと分かっていてここに居るの……それ、降参となにが違うのかな?」
声で位置をバラしてから【無色透明化】も解いて、理人は敗色濃厚の最中、久々に姿を表す。
真希はその素直さに呆れ、中途半端な戦意を軽蔑する。
それが彼の良さではある。もちろん真希自身も知っている。だけど如何なる理由でも力量は見極めないといけない。ましては敵対する相手の真希への行為は冒涜でしかなく、まさに愚の骨頂だ。




