33 青色の心境とダイヤローグ
刹那的に自由室の床の一部が朱色に染まる。
それは映像に差し込むサブリミナルテープくらい一瞬の変化で、辛うじて千尋が違和感を抱いたくらいだ。回避行動をとっていた墨花と苑士郎は、窓ガラスを砕いたであろう人物を注視していて気付いていない。
「理人……は、消えちゃったか。ただ消えるだけなのかどうか試したかったんだけどなー」
「……随分と荒っぽい登場の仕方だね」
その人物は千尋の顔色を窺っている。
直近では女寮のリビングスペースで対峙したときも、おんなじ表情をして両眼を細めていた。
「そりゃあね。裏でこそこそ動いてる千尋に比べたら、あたしはそうなるでしょ」
「だからって学校の一部を壊す必要はない。どうしてそんな能力の使い方をするのさ……真希」
まだ事態を飲み込めていない墨花と苑士郎など眼中にないといった様相で、割れた窓の枠組みに立ちながら千尋に向け指を差し、高圧的な笑みを浮かべる南條 真希。窓ガラスを破壊して、自由室に居た四人に不意打ちを仕掛けた張本人だ。
ガラスを突き破っても全くの無傷でかつ、平然としていられる膂力があることから、理人のカミングアウトも加味すると、彼女も発現能力者だと千尋以外の三人にもなんとなく伝わる。
「千尋のやり方が気に入らないからに決まってるでしょ。なんか昨日も真夜中に伊波奈へと無駄に鎌を掛けていたみたいだし?」
「今はそのことは関係ないよ。そもそも大々的に能力を行使するのは真希だけじゃなくて、他のみんなにも危害が及ぶかもしれないって、僕は前にも言ったはずだよ」
「ちゃんと聴き入れているわ。それでもあたしは千尋に賛同しかねるって言っているのよ。どうやら理人はそっち側につくみたいだけどね」
「なんで……」
「なんで? はははっ、そんなの簡単じゃない——」
見縊るように哄笑しながら真希は二本の指先を千尋に向ける。これが真希の能力行使の構え。別段必須なモーションではないが、確実性を少しでも上げるためのルーティーンのような所作だ。ただ過去に交渉が決裂したとはいえ、同じ島民のよしみ。流石に峰打ちだろうと想定するが、万が一に備えて千尋は身構える。
粗暴に能力の用いたせいで乱れた黒髪が顔に張り付き、衣服の袖が少し破れているのにも気付かず、いつもの愛想のない口角や目つきと相乗して不気味さを掻き立てる。
「——この能力があればね、人工島へ理不尽に閉じ込めた政府の奴らを恐怖のどん底に突き落とすことだって出来る。あたし一人じゃ難しいけど、能力者が束になれば国一つ制圧することだって叶うと思っているからよ」
「……侵略者にでも、なるつもり?」
千尋がそう訊ねると、突如地面が青色を帯びる。
今度は一瞬なんかじゃなくて、しばらくその色が張り付いている。
「その通り……って答えたら格好がつくのかもしれないけど、いいえ違う。あたしはみんなの隔離された十五年を取り返す……ことは出来ない。でも精算させることは出来る。お前たちは間違った選択を下したと、裁くことだって出来る」
「……確かに政府が、管制課が、大人が、僕たちをこの島に閉じ込めるのを良しとしたのは僕も理解出来ない。謝られても簡単に許せないくらいには常に思ってるし、怒りだってあるのかもしれない。だけど日々人工島の環境を改善させているのもその世界政府……政府管制課だ。同じくらいの恩だってあるはずだよ。だから僕はただ怨恨を晴らすだけの目的なら、いくら真希の意向だからって従えない」
千尋と真希。双方が有効な能力の行使を検討している。
だか過程に反りが合わずに、別々の方法を模索中の段階。
十五年年も同じ島で暮らしていてもわからないことらあるし、思考が一致する保証もない。こうして方向性や施行性が異なるのだって珍しくなく当然と言える。
「でしょうね。千尋は政府管制課におべっかしながら、陰険にもあたしと理人以外の能力者を探しようとしているんでしょう? ああごめんなさい、理人の能力を巧く丸み込んで利用する、の間違いだったかな?」
「……これはみんなにとって、とても繊細な問題だと僕は考えている。真希からしたらこそこそ嗅ぎ回ってるようにしか映らないかもしれないけど、着実にみんなの能力と理解を深める方法だと僕は信じている」
「それでなんになるの? 正直千尋が善人振って能力者の心につけ込んで拐かしてるんじゃない——」
青色の地面は相変わらず。ただ最初は不自然な足場くらいにしか感受しなかったが、段々とその場が不快になっていく模様が、千尋の骨髄にまで浸透して来ている。
「——いえ例えそうじゃなかったとしても、そんなやり方何年必要かも分からないし、あたしと似たような勢力がこれ以上現れた場合に収集がつかなくなる。そしたら千尋はどうするつもりなの? 味方に付いたのが理人だけではどうにもならないと思うけど?」
「真希は、みんなのことを侮り過ぎだよ。孤立して政府に楯突こうなんて人は絶対にいない」
「……あっそ。幻想を勝手に抱くなら、好きにしなさい」
千尋の話を所在なく聴いていたけれど、もう攻撃を我慢するのも無駄だと、真希は指先を天井に上げる。それこそ真希の発現能力が行使される合図。カーペットのように広がりを見せていた青色が瞬く間に緑色に変化し、真希の後方から赤色の光線が、対話での解決を模索した千尋への奇襲となる。




