30 透明度の効果範囲
理人は触れていた千尋の右腕から手を離し、未だ信じられない光景を目にしたと言わんばかりに呆然とする墨花と苑士郎をそれぞれ一瞥。改めて被害による異能力が自身に降り掛かっていることを予期せざるを得ない。
「ちゃんと逢うのは久しぶりだね、二人とも」
「……あ、そうなんだ?」
「そうなんだよ、千尋君とは塔矢君を含めてよくいるけどね。墨花さんなんて二週間ぶりくらいじゃないかな? 学校に登校したり食事時間が合わないと寮も異なるし、なかなか逢えないものなんだよ」
「……そう、だね」
墨花の返事が辛うじて聴こえる。
どう反応して良いものか測り兼ねているようだ。
ただの一言に渦巻く迷いがひしひしと感じられる。
「……苑士郎君、墨花さん、そんな怯えなくても大丈夫だよ。ボクは危害を加えるつもりはさらさらないんだからさ」
悪気はないんだと頭では理解していても、あからさまな奇異の視線に胸が痛む。理人だって望んで【無色透明化】の能力を手にしたわけでもない。だからそんな変人を発見したような形相を向けられるのは心外だし、何より理人も墨花と苑士郎が怖くなる。彼自身がこの島民の二人から受け入れられない存在になってしまったのではないかと。
ただでさえ世界政府と付随する政府管制課から一般的な人類としての資格を与えられず除け者にされているのに、これ以上の孤立や疎外はされたくなかった。だからこそ発現した【無色透明化】の能力を千尋の援助の下で少々穿った行使をするに至る。
見つけられたい。理解して貰いたい。そして人工島に住む起源として【ハルトマカロウ】の被害者みんなにも同様の現象を、ある日授かる危機を啓蒙しないといけない。
だけどこんな能力、知られたくない。隠し続けてたい。
どんな偏見を持たれるのか、分かったもんじゃないから。
皮肉にも透明人間になったからこそ痛む、全てを晒すのか晒さないかの混迷。
そんな矛盾により思考が逡巡とし、また発現能力のコントロールもなかなか上手くいかなくてノイローゼになり、しばらくは学校にも行かず食事も理人の部屋の冷蔵庫や木棚にある保存食で済ませていた。
ときおり島民の誰かと狭い行動範囲で遭遇しても、空元気で対応しすぐにその場を離脱する。このときはいつ透過してしまうのか理人自身でも感覚が理解出来ていなかったからだ。けれどなんの因果か、千尋とたまたま他愛のない会話をしてたときに理人は世界から消失する……いや、実体はあるから本当に消えて失われたわけじゃないけど、彼ら彼女ら、または他の誰か其方、全員の視覚に捉えられない存在を隠喩的にそう表してもおかしくはないだろう。
「……あの、理人のことでびっくりしたと思うけどさ」
「そりゃそうだろ……いやもうびっくりなんて言葉じゃ足りないくらい驚いてるわ」
「うん……でもその前に僕から謝らないといけないことがあるんだ」
「千尋が謝りたいこと? なに?」
二人にとってそれどころじゃないのは百も承知。
されど千尋は二人に謝罪をしなければならない。
なぜなら寮の鍵が紛失した一件は、全て仕組まれたものだからだ。
「寮の鍵のことだけど、あれは僕が理人に鍵を盗らせていたんだ。ごめん」
「はぁ? なんのためにだよ?」
苑士郎が語勢を強めて疑問を呈する。
当然だ。わざわざ盗るメリットが何一つないから。
千尋もそんなこと理解している。
寧ろメリットがないからこそ寮の鍵を指定したまである。
「理由はこの理人の能力を試す目的だったんだ。透明化するのは知ってたけど制御が覚束なかったらしくてね、だから僕……と墨花もか、管理担当の日を利用して、理人には見つかれば必ず違和感を持たれるように学校を欠席までしてもらって、二人でどれくらい使えるのか、効力はどのくらいなのか、誰かにバレるかどうかを実験してたんだ。寮の鍵なら別に紛失しても影響は少ないし、責任は全て僕に来る……はずだったんだけどね。墨花が両方の鍵を手に取ったのは誤算だったし、同じところにあった鍵が片方だけなくなるのも不自然だから、結果的に二つとも一時的に預かることにしたんだ……ごめんこんなことして、二人を巻き込んじゃって……ほんとごめん」
千尋は墨花と苑士郎、そして理人に対しても深々と頭を下げる。事の顛末は男寮で苑士郎が施錠した二時間後、授業の業間辺りで到着するように学校を欠席した理人が男寮から外出。このときから【無色透明化】を行使し、人知れず学校に着き、千尋と情報交換を交わし、席を一旦外した墨花の私物入れから寮の鍵を入手。
その後透明化の効力の限界を感じて別室にて休憩。放課後は輸入港まで荷物と提出物の用事がある千尋と付き添いの苑士郎を密かに尾行。ここでは苑士郎や後に合流したメドウに気付かれずに同行する。
疑惑こそあったが最後まで二人からの視認はなかった。けれど学校もとい遠方にいた墨花からはちゃんと見られていた。逆算すると【無色透明化】には透明でいられる範囲が存在することが、千尋と当事者の理人の預かり知らないところで判明している。
翌日は寮の鍵を返すためにいち早く学校に潜伏し当初は教室の机の上に置く予定だったが、墨花が念入りな捜索を既に行っていたことで急遽変更。
千尋と墨花が後から来た苑士郎とメドウと簡単なやり取りをしている間に花壇の中へ両方の鍵を置く。なぜ花壇だったのかは他意こそなかったけど、いつかの千尋の一件が脳裏に過ぎったせいかもしれない。
このとき遠くにいた苑士郎にはぼんやりとしていて、理人とは分からなかったがシルエットを捉えている。これと千尋の昨日の様子と重ね、苑士郎は千尋が何か隠していると踏み、もしかすると【HMGG細胞】や【ハルトマカロウ】関連なのではないかと推理していた。当たらずも遠からずだ。
「……一つ訊いていいか?」
「なに、苑士郎」
「鍵のことは理人の力を確認するためなんだよな?」
「うん、そうだよ」
「ならやっぱり、鍵を盗む必要なんてなかっただろ。例えば……俺たちの近くを彷徨かせて気付くかどうか試していればよかった、違うか?」
苑士郎の指摘は至極もっともだ。
そんな必要性なんてどこにもない。




