29 発現能力
真実を告げられ、墨花と苑士郎が暫し打ち拉がれた。
理由は明白。たった今、幼少期からの望みが絶たれたからだ。
人工島のみんなは【HMGG細胞】の投与時の不手際による人的災害の被害者ばかり。その結果、一般人類ですら居られないくらいの異常数値を叩き出していて、生物として脅威に感じる人物も未だ本土にはいる現状。それらの措置で今まで人工島に隔離こそされているが、普通の人間として生きてきたという自負はある。少なくとも大半の島民はそのつもりだった。
しかし千尋一人の発言に過ぎないけど、十五年前の当時の科学者が予期した、異能力者、人工の怪物になるのではという危惧が現実となったということは、日々安寧の前提が根本から覆ったことを意味する。
突き詰めると島民の全員が周知しているわけではいないが、赤子のうちに殺処分の立案すら為された千尋たちにとって、噂だけのはずだった発現能力者が実在するのは混迷を極めるだろう。
もしかすると政府管制課の権限で今更ながら抹殺対象になるかもしれない。抹殺とまでいかなくても、この島だけの自由を剥奪されるかもしれない。そして当事者の彼ら彼女らにとっては死活問題であり尚且つ、自身にも能力が発現する蓋然性が高くなり、杞憂な不安に駆られること請け合い。墨花と苑士郎の表情がまさにそんな負の連鎖を物語っている。
「本当に噂だけじゃないのか千尋。冗談だって言うならめちゃくちゃタチが悪いぜ、そんなの……」
「……僕の性格がどうしようもなく悪ければ、苑士郎やみんなにとって良いんだろうけどね。でも本当のことだよ、証明する方法だってある」
動揺を隠せていない苑士郎に対して千尋はいつも通り、ある意味で恒常的ともいえる……みんなの人生が一変してしまうかもしれない報告を告白したというのに。そんな姿を見て苑士郎も、そして墨花も長年の交友から直感する。
眼前の千尋が、上辺だけの嘘を述べていないことを。
「……一応ね。私としてはみんなの中の誰かまで、知っておきたい。千尋が口を割らないと言うかもしれないけど……」
「こればかりは本人の意向があるからね。というか、墨花は誰か特定してるんじゃ——」
千尋が改まって訊ねると間髪入れず墨花は首肯する。
まるで何を訊いてくるか、分かっていたかのようだ。
「——ええ……でもまだ憶測の域を出ないものだし、欠席していた男の子三人の近況から消去法でその子しかいないってだけだしね」
「三人……治と龍之介とあとは……」
そう呟いたのは苑士郎。着目点をつい口を滑らせただけなんだけど、千尋と墨花からしたら苑士郎も発現能力者が誰なのか悟ったように映る。なぜなら他の男寮二人……嶺北 治と嶺南 龍之介、そして女寮の福井 水仙も含め、直近で千尋と定期的に言葉を交わしている姿を全く目撃しておらず、またそれぞれの事情を加味すれば、輸入港やこの日の三階に赴くとは考え難い。
もちろんゼロではないけど残りの一人である確率が高く、千尋との意思疎通も容易に可能なことから濃厚で、島内のあれこれを知っている島民のみんなの視点からは、墨花が言った通り消去法で彼しか残らなくなる。
「千尋に提案なんだけど」
「なにかな?」
「ここにいる三人だけで共有というのはどう? これまでの情報を照らし合わせれば苑士郎が察してもおかしくないし、もう私と同じ人を思い浮かべているかもしれない。それに千尋はあくまで能力の存在と使用者を把握してるに過ぎないよね? その役割を私たちにも背負わせて欲しい……ダメ?」
心臓のある辺りに手を当て、一点の曇りもない双眸で告げる。墨花による偽りのない意思の表明。彼女の尖鋭な誠実さは、正面にいる千尋までちゃんと伝わる……だからこそ戸惑う。未来のことを視野に入れるなら、寧ろここで協力を煽るのが人工島のためにも得策ですらある。けれど千尋の計画想定だと、同時に危険も伴う。流石にすぐにすぐではないだろうが、まだ発現能力に対する有無を知っただけの段階で無闇に巻き込むのは違うと思う。とても千尋一人で決定を下すには荷が重いし、なにより隠匿していた発現能力者全員の意向を無視する形になる。
「……どうしようか?」
ハスキー気味に囁いた千尋のその意思確認は、墨花と苑士郎に向けられたものではない。そもそも声が通らず小さ過ぎて二人には聴こえていないまである。そこはどちらでも良かったが、出来れば聴こえて欲しくなかった。
何はともあれ、これはもう千尋だけじゃ決められない。
ならば自由室に来てから……ほとんどずっと右隣に立つ当事者の気持ちを汲むべきと考える。
これまでの論調でどういう感想を抱いているのか、彼ら彼女ら島民のみんなの総意をどうまとめるのか、いずれ直面するであろう事態にどう対処するのかなどを一先ず置いておくとして、少なくともこの場では彼の意向が最優先だ。
「もう大丈夫だよ千尋君。これ以上二人に隠すのは困難だと思うし」
「あ、おお、えっ!?」
「……もしかしてずっと、そこに居たの——」
千尋への返答に墨花と苑士郎が驚愕しながら身構える。そうなってしまうのも仕方ないだろう、なぜなら明らかに千尋が喋っていないのに、同じ方角から別の声がしたのだから。
すると墨花と苑士郎の視界だと一瞬だけ千尋が消える。
軽いご挨拶として発現能力の御披露目。
そして再度。千尋が姿を顕現したとき、右隣に居た当事者も一緒に現れる。その前に、あまりにも衝撃で墨花が動転して憶測を立てていた人物の名前をつい呼んでしまう。
「——……理人」
「ごめんね。えっと、びっくりさせ過ぎたかな?」
忽然の姿を表したのは、気まずい表情の苦笑いをしながらも、学校を休んだのにきちんと制服を着用している遠敷 理人。
千尋が本人の意向で隠していた、【無色透明化】の発現能力者その人だ。




