28 食い違いとシルエット
墨花は千尋をまざまざと注視し続ける。
あまりにも瞬きをしないから乾燥してしまいそうだ。
その双眸には苛立ちも僅かながらに含まれている。普段からキツく見られがちで、いつも通りの表情ともいえるが、どこか憐憫さに染まっているようにも千尋は感じる。
「どうしたの、答えられない?」
「……いや、なんというか。僕視点だと急に飛躍したような話にしか聴こえないから、もうちょっと墨花視点の細部を知りたいなと思っただけだよ」
「……分かった。長々と一方的に喋り続けちゃうかもだけど、それでもいい?」
「もちろん」
千尋の発案は解答の先延ばしでしかない。
無論墨花も、苑士郎も心の隅っこでそう所感していた。
ただすぐに本題へと移ろうとした弊害が、要点すらも端折って意見を詰めたのは事実だ。説明不足だった自覚も墨花にあったので、千尋の提案を飲む形で指折るように時系列を回顧していく。
「まず私がおかしいと感じたのは、私自身のバッグに入れていた認識の寮の鍵が両方同時に無くなっていたこと。そしてこれはのちに分かるけど、発見場所が校庭周りにある花壇……どうやったらこんな認識の乖離が発生するんだろうなって、せめて校舎内なら納得も出来るのになんでって。そしてそもそもバッグからなくなった時点で私は、外部の来訪者か、ここに暮らすみんなのうちの誰かが盗んだことも視野に入れていた……あんまり疑いたくないけどね——」
視線を下げながら空笑いを浮かべる。
疑いたくない相手を疑ってしまった墨花自身の性根に対して、自嘲するようにやるせない表情だ。
「——そして私が寮への帰り道で鍵が無いことに気付いて、学校に戻って、教室内を捜索してたときに千尋たちが見えたことだよ。そのときはなんとも思わなかったけど、苑士郎とメドウの証言と私が見たものが違ったの」
「……どういう風に?」
感情を必死に抑えた苦し紛れの声色。
千尋はそう訊ね返すのが精一杯だった。
そもそも墨花に見られていたこと自体が誤算だった。
その目撃者はどうしようもなく都合が悪い。
「……苑士郎、あの場に居たのは誰? もう一度教えてくれない?」
「ああ。俺、千尋、メドウの三人だぜ、輸入港から寮までずっと一緒に居たから間違いないはずだ。メドウもそう言ったんだろ?」
「うん……でも——」
言わないで欲しいと千尋は内心で訴える。
知ったとしても黙認して欲しいと願ってしまう。
だってそれは発現者云々どころか、千尋の失態であり、弱点まで晒させてしまった確証になるから。
「——私には、シルエットが四人に見えてた。一人がスカートを履いてるみたいだったから女の子……あとになってメドウなんだなって分かって、二人は千尋と苑士郎だよね……じゃあもう一人は誰?」
「……それ、気のせいかもしれなくない?」
「うん、その懸念はもっともだよ。でもね、さっき拓土と椎の言い分から千尋が匿ってる確率が高いんだよ」
「なんで……」
「拓土と椎は三階に二人居たかもって言ってた。千尋ともう一人……でも、千尋は一人で教室に戻って来た。二階の階段前で逢ったとき、拓土と椎からちょっと不思議そうに思われたんじゃない?」
「やっぱり……そうか」
校庭でキャッチボールをしていた拓土と椎には、三階部屋に居る千尋が視認出来ていた。特に椎は千尋だということまでも見抜いていた様子だった……千尋が校庭を覗いていたとき、透明化に付き合っていた時間があったというのにも関わらずだ。
「まあそれはいいとして、鍵のことも後でいいか……とにかく私、苑士郎、メドウ、拓土、椎、五人の意見が食い違う全ての現場に居合わせて、責任がいく管理担当という立場だった千尋は……こんなこと言いたくないけど、すごく怪しいよ。何か知っているという結論を出さざるを得ない。そして必ず一人が目視されない不可思議な状況から、【HMGG細胞】、ないしは【ハルトマカロウ】関連じゃないかと……なんらかの能力者が本当に存在するんじゃないかと思ったんだよ」
長々と喋っていたせいか墨花は軽く息を吐いて、千尋に視線で疑惑を突き付ける。口調としては責め立てるんじゃなくて、作業をこなすときのように淡々と順序を踏んだもので、なるべく感情的にならないことを心掛けているみたいだ。どういう意図があったのかと、ちゃんと整理しようとするように。
「……墨花だけでそこまで行き着いたのかな? 薄々勘付いていたらしき苑士郎からの受け売り?」
「苑士郎、勘付いてたの?」
「……いや。でも能力の存在はどこかでありそうだなとは前々から思っていた。そして千尋が能力者だと睨んでいたんだが……ちょっと分かんなくなったわ」
「なるほどね、私のは色んな状況証拠からそう導いただけ。もちろん何個か苑士郎にも質問はしたけど、というか……その答え方は認める、ってことでいい?」
仕草からも千尋が関与しているのはとうに透けていた。
これは特別な能力でもなくて、顔色精査というやつだ。
物心つく前から築いた関係性は伊達じゃない。
けれどちゃんと言質を取るためにも、確実なものにするためにも、改めて肯定か否定か問う。
「……こればかりはもう言い逃れ出来そうにないね……うん。症例として予期されていた異能力者は、墨花の推測通り……実在するよ」
「……そっか。本当に、そうなっちゃうんだ……」
墨花のトーンが目に見えて落ちる。苑士郎は覚悟こそ出来ていたみたいだったけど、心の底では信じたくなかったのが態度から透けている。




