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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第一章
26/156

26 悪寒

 三階からしばらく言葉を交わしながら窓外を見渡していると、勉強を終えたらしい数人ほどが校庭でキャッチボールをする拓土と椎に何やら一声掛けて校門を抜けている。どうやら今日の下校は各自という方針を塔矢が執ったようだ。

 それを見て校庭に居た二人も、校舎へと引き返していく。

 対して千尋もバッグを教室の机横のフックに引っ掛けたままだ。いつまでもこの部屋に居残る理由も特にないし、また提出用のノートを机の上に置いてたけど、塔矢がうっかり失念しているかもしれないし、一旦戻ることに決める。

 部屋を出て廊下を渡り、階段の踊り場を経由。二階に移って教室への一本道を通ろうとしたところで、さっきまで校庭に居た拓土と椎が一階から戻ってきたようで鉢合わせる。


「あっ! ほらほら拓土拓土っ、やっぱり千尋三階に居たじゃん。わたし嘘じゃなかったよー」

「……本当だ。千尋、一人?」

「ああうん、僕も二人の姿が見えてたよ。凄いコントロールが良いなって思ってた」

「そう。まあ今日は、あんまり、お互いに、本気じゃなかったから。構えたところに、投げる意識だったし」

「勉強終わりだったしねぇー。長いこと座ったあとの運動って身体が変に固まるし、動的ストレッチをする時間もないし全力だと怪我しやすくなるんだー」


 思考を巡らせながら話すせいか、いつも訥々(とつとつ)とした口調でクールな雰囲気を乗算させる拓土と、それとは対照的に明朗快活に補完しつつ言いたいことを捲し立てる椎。こうして隣り合わせで会話をすると、お互いが正反対の性分だということ、だけど趣味嗜好が被り波長が合うことがいっぺんに伝わって来る。


「……千尋は、なにしてたの?」

「えっと、気分転換かな? ただ一人でついのんびりとし過ぎて、何人か下校してるのを見て、僕だけ取り残されそうだって焦って戻ってきた感じだよ」

「ああーなるほどそういうことね。だから——」

「——そういえば二人とも。そのグローブとか上の服とか、どこかで打ち合わせとかしてたの?」

「そうだよー。塔矢のときって絶対時間が余るから、終わったら一緒にキャッチボールして遊ぼって昨日の晩御飯終わりに拓土に伝えといたんだー。二人してユニフォームで来たのは全くの偶然なんだけどさー」


 そういって椎は自身の上着であるユニフォームを掴んで上下させる。その偶然が心底嬉しかったようで、溢れんばかりの笑顔がちっとも隠し切れていない。一方で拓土も風体こそグローブとボールに視線を落として物憂げだけど、ひっそりと微笑みを覗かせている。同様の嬉しさが、近しい空間に居る千尋にまで轟き伝播する。


「へぇ、良い偶然だね」

「うん! わたしもそう思うっ」

「まさか、被るとは、思わなかった」

「ねー、教室で逢ったときビックリしたもん。拓土もユニフォームで来たの!? ってね」

「同じく……」


 ほのぼのとした初々しい共鳴が二階の階段前にて流れる。

 それはいつまでも浴びていたいくらい安穏とした律動。

 拓土と椎の尊い関係性が成せるムードだ。


「あっ……じゃあ僕、教室にあるバッグを取ってくるけど、二人はこれからどうするの?」

「千尋と同じ。椎と途中まで一緒に、帰る」

「ちょっと外が暑かったからねー、お互い早く帰ってシャワーを浴びて、汗を流してスッキリしちゃおうかなって」

「……上着がこれで、よかった」

「そうだねー、通気性抜群だもん。ジャージよりも適してるよねー」

「ふーん……なら今度僕も、久々にそれ着ようかな」

「おおっ、いいねいいねー」


 そのまま三人で話の続きをしながら教室へと向かい、それぞれの席で荷物を手に取る。既に他のみんなの姿はなくて授業中の賑やかさが嘘のようだ。千尋が窓側、拓土と椎が廊下側という席の位置関係から先に後者の二人がバッグを手に取り、千尋にまた晩御飯で、と残して教室を後にする。


「教室でぽつんと僕だけって、やっぱり寂しいね。あっ、ノートは……ない、塔矢が持ってる……ということは、ちゃんと見てくれたみたいだね」


 机横のフックに引っ掛けられたバッグを持ち肩掛け、とめどなく進行する時刻を確認しながら教室の静寂を憂う。黒板には明日の予定が記されていて、当該日の管理担当者二人が欠席かもしれない旨を示唆する。この場合は自主学習になるか、外部からの教師が来訪したときは通常授業中が展開される。だから大半は自習と考えて行動するのが既定路線だろう。あまり考慮の必要はない。


「……戻るか」


 どこともなく呟いて千尋は教室を出る。

 孤独のせいか、顔色を窺うような視線を感じる。

 学校の施錠は別にしなくてもいいけど、後ろ扉だけはちゃんと閉める。まだ建設されて十年にも満たないせいか立て付けは良く動作がスムーズだ。こういう何気ないところでストレスが掛からないのは地味に助かるものだと思う。


「千尋、ちょっといいか?」

「えっ……——」


 予期しないタイミングで名前を呼ばれる。あるとすれば拓土か椎くらいかなと一瞬よぎったけど、残念ながら別人。

 千尋はすぐに真横を向く。声色から誰なのか判別が付いているのにも関わらず悪寒が拭えない。

 そこには声で分かっていた苑士郎ともう一人、殺伐とした表情の墨花だ。


「——二人とも、もうとっくに帰ったと思ったよ」

「ああ。本来ならそのつもりだったんだがな……」


 後頭部を摩りながら苑士郎は言葉に窮する。

 どう言っていいものかと迷ってる様子だ。

 そこに墨花が速やかに、端的に割って入る。


「私が千尋を探して欲しいって苑士郎に協力を仰いだ。訳は後で話すから、今は何も言わずに付き合って」

「つーことだっ」

「え……なんで?」


 千尋の疑問に墨花の表情が強張る。それは言動の軽薄さに怒っているんじゃなくて、どうしてとぼけるんだと反駁しているみたいだ。墨花がこうなってしまうと論じ返すのは些か艱難になる。受け入れるしかない。


「……私の仮説が正しければ、千尋だけに背負わせられないからだよ」

「俺はもう居ない方がいいか?」

「いや居て。中立寄りの立場がいないとフェアじゃない」

「よく分からないけど……どこに、行けばいい?」


 その問いかけに墨花は行動で答えを示す。

 わざわざ述べるよりもこちらの方が早いからだ。

 こっちに来て告げるように先行して踵を返す。

 千尋は少し右斜め下を見ながら考えをまとめ、結局は付いて行くことにする。

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