24 ライフリズム
暦による形式上の概念としての休日が終わり、人工島にも新たに平日が訪れる。この島を住処にする関係で平日、休日、祝日のという枠組みは、島民であるみんなには元々あまり意味をなさない。
理由は単純明快。いつも人工島に隔離され、休みの日の利点という概念がなく、どちらでも大差がないからだ。例えば家族で日帰り旅行をするとか、友達と隣り町まで冒険に出かけるとかなど、政府管制課の影響下で物理的に不可能。部屋で横着して、ご飯を食べて、睡魔に襲われて眠るだけ。少なくとも五歳くらいの千尋たちはそんな生活が当たり前だった。カレンダーへの意識もかなり疎かった。
けれど年相応の学習機会を作る目的で建設された学校は本来の用途の副次的作用として、島民のみんなに日数経過の重要性を植え付けることに成功する。更に派生して寮の鍵の管理担当や料理担当などを日割り当番制にしたことで、ようやく平日と休日の配分が出来るようになる。学校は別に強制ではないけど、定期的に通う島民が過半数を超えるのは、そういったライフリズムを生み出す数少ない手段だと薄々勘付いているからに他ならない。
「えー今日も外部からの先生は来ない。各自黒板に示した教科書のページを読み込み、数学の教科書内にあるQ&A問題をノートに解いて提出するようになー。ノートは放課後に俺の机の上に持って来てくれ。んじゃあ、始めっ」
本日の管理担当である塔矢が両手を叩いて開始の合図を響かせ共有させる。すぐに教科書を開く子もいれば、お喋りを再開させた子もいたりとまちまちな教室風景。
千尋は周囲を見渡す。席に戻る途中の塔矢は雁行に呼び止められていて、苑士郎が墨花の席のそばに椅子を移して問題の解答を訊ねていて、隣の明加は机にだれて早々に仮眠を取っている。他にも私服姿だったり、共通の運動服姿の子が二人もいたり、みんなそれぞれで士気が異なる空間の中で、今日の欠席が誰なのかとつい思ってしまう。
今回は千尋と墨花が管理担当を務めた日と同じメンバーが欠席しており、プラスで伊波奈も来ていない。伊波奈に関しては昨日の深夜相談という体裁の雑談を交わしたときには元気そうだったから、普通に寝坊かめんどくさくなって来なかっただけなのかなと千尋は推測する。これがもし昨日呼び寄せたせいだとしたら申し訳ないなと所感しながら、居た堪れず視線をそらす。
今日は塔矢によるカリキュラム。
もっともらしい能弁こそしたけど、その教科書問題以外の条項を全く提示しておらず、要約すると教科書問題をノートに解答を書いて提出すればあとは好き勝手にして良い……みたいな意味合いだ。どこか戯けていて狡猾でもある彼らしい提案と言えるだろう。
「さてと、先に終わらせておこうかな」
千尋は教科書にある問題に目を通す。
1ページを埋め尽くす設問の量の多さに若干気圧されながらも、黙々と書き写して解答を導いていく。大体一時間で終われば早い方かなと、気ままに考えるゆとりがあるくらいには思考が冴え渡っていて、久しぶりに順調なペースで筆が進む。
「千尋ー、もしかしてもう解き終わらそうか?」
「はぁマジ……つーか隣にいるヤツのせいで、めちゃくちゃ千尋が真面目に見えるわ」
そう千尋の席に近付いて声を掛けたのは、本日の管理担当である塔矢と、今日は制服を着用して千尋の隣席でグダる明加を憐れに一瞥する雁行。二人ともノートを脇に挟んで進捗を窺いに来る。
「ああ塔矢と……雁行もか。うん、今日は少し調子が良さげだよ」
「そりゃあ良いことじゃん。ああでもテストとか、外部教師の日じゃないのが残念とも言えるのか? やっぱこの二点の日にベスト体調を持って来たいよな」
「まあね。それで二人はどうしたの?」
「千尋も加えて一緒にやらないかって、塔矢が」
「だってほら、俺と雁行が知恵を絞ったとしてもたかが知れてるだろ? それに三人寄ればなんとやら、ましてや千尋が居れば心強い」
雁行も塔矢も、勉強成績に限ればいずれも芳しくない。
真面目に受けていないせいもあるけれど、下位争いの常連同士だ。
ちなみに千尋の成績はおおよそ中の上くらい。勉強を不得手としていないけど、特別得意というわけでもない。勉強に関してはもっと頭の良い島民はいる。例えば墨花に理人、伊波奈に小春がその部類に含まれるだろう。なのにどうして千尋が頼られるというと、端的に言えば好みの問題だ。
「この中なら墨花とかに頼んだ方が心強くない? ほら苑士郎も直々に指南を受けてるみたいだし」
「いや……アイツ間違いを指摘するとき怖いじゃん? 苑士郎くらいしか耐えられねえよあんなの」
「それに今、俺らが行くと邪魔にもなるしさ」
「ああーなるほど……そういうことね——」
千尋は二人の意見を首肯しながら訊く。
どことなく文句を言っているみたいだけど、本心は墨花と苑士郎の横槍を入れたくなかったらしい。
その気持ちは千尋も分かるし、なにより尊重したかった。
そしてこれは、雁行と塔矢なりの気遣いでもある。
「——分かった、一緒やろう」
「おお、サンキュー!」
「たっすかるー」
「それで二人ともどこまで進んでる?」
「ん? さっきまでずっと雁行と話してたぞー?」
「……最初からだね」
抽象的に見ても、まだペンを着手していないと分かる。
これから忙しくなると、千尋の前方と真横に屈む雁行と塔矢をそれぞれ流し見て頷く。その途中、廊下を歩く人影が映ったけれど、ひとまずはスルーする。




