22 現状を受け入れて数手順先の盤面を読む
折り畳みテーブルの上には、ジッパーバッグの中にあったビスケットをアカシア製の木皿に移し入れたものが隅っこにあり、麦茶を注いだ紙コップが塔矢と理人が座している前に置かれる。そして千尋だけが自部屋の特権でマグカップだ。全体的に白が基調で、天王星を意味する【URANUS】の文字と、その惑星のイラストが小さく描かれたデザインをしている。余談だがそれはみんなからプレゼントされたもので、長らく使い愛着がある。
テーブルには他に、雑談の退屈凌ぎにと将棋盤が中央に置かれており、現在塔矢と理人が対局中だ。この将棋盤は正面の塔矢の部屋にあったもので、彼曰く理人へのリベンジマッチ。戦績は概算ではあるけど理人の方が遥かに勝率が高く、前回が苦肉の策で意表を突いた無敵囲いを講じた塔矢がボロ負けしたことを千尋は知りつつ、今回はどうなるのかなと気長に戦況を見守りながら話す。
ちなみに戦法は塔矢が振り飛車、理人が居飛車。
戦術から対抗しているのが一目で分かる。
「どうしようか、これから」
「うーん。僕としてはみんなを味方にしたい……でもやっぱり危険にさらすことになるから、慎重にはなるね」
「でも今のところ動きは無さそうなんでしょ?」
「そうだね。これを喜ぶべきなのかどうかは分からないけど、一応は安全ではある。もし来訪者がいてもバレる心配がないし、コントロールの方も——」
「——ちょっと待ってくれ理人。いや、この手は……んーヤバいな……」
理人が千尋と余裕綽々に言葉を交わしていて、塔矢が眉間に皺寄せて唸っている。どちらが優勢か判断するには早過ぎるけれど、将棋でもなんでも、ゲームでちょっと待ってと制止する方が優っているケースはあまりないだろう。
「……長考する?」
「そうしてもらおう……いやしないっ! これでどうだっ」
「ふーん……じゃあ歩兵で受けようかな」
「おいおいそれじゃあタダ捨てじゃ……あっ、ええっ、理人もう一度待ってくれっ! うわ……」
「ふ……うん、ボクはいくらでも待つよ——」
一見して歩兵を手前に置いただけの無防備な一手。
瞬間的に悪手だと思ってしまうのも無理はない。
けれど二手、三手と考えたときに、その歩兵を取ってしまうと別の駒が効いていて確実に塔矢の飛車が詰む。
ここで逃げたとしても代わりに飛車が無くなった隙から自陣へと攻め込まれてしまう。
飛車と差し違えるのがせいぜい歩兵しかない。
振り飛車には辛く、かなり悩ましい局面を迎えている。
「——そういえば、何か言おうとしてなかった?」
徐に紙コップにある麦茶を口に含み、ビスケットで脳内への養分を摂る理人が千尋に訊ねる。塔矢が現在進行形で長考を始めたみたいだから、対戦相手としても手持ち無沙汰のようだ。
「ああ……なに言おうとしたんだっけ?」
「バレる心配がないとか言ってたかな?」
「……あとコントロール出来るかどうかじゃないか?」
千尋は言葉を遮られたせいであやふやで、理人も少々自信なさげに返したところを、長考中の塔矢が補完する。盤面ばかりで一瞥もしていないけど、ちゃんと内容は耳に届いており、遊びに来ただけじゃないのが伝わる。
こうして三人で集まるようになったのは最近の話。
もともと部屋が近くで行き来もよくしていたけど、連日この三人で遊んではいなかった。どちらかといえば近辺の部屋よりも大広間にて集まる方が大勢と触れ合えて楽しいからだ。
だから以前に比べて仲良くなっただとか、元々が仲違いしていたわけでもなくて、三者に共通項が多くなったことが主因になる。
その共通項の関係上。来訪者もゆくゆくとして、他の島民のみんなとも出来れば内密に意見交換がしたい。となると必然的に大広間よりも自部屋を使用することになる。そして今回は偶然にも、正面部屋の塔矢と隣室の理人が同志のため、中間にある千尋の部屋が集合場所となっている。
「ありがとう塔矢。えっと……そのコントロールは、残念ながらうまくいってないと考えた方が無難だと思う」
「……だよね」
「でもまだ途上だからなんとも言えないよ。結論を出すには早計でしかない。でも僕らにとって……いやみんなにとっても危険因子になりかねないから、どうするべきか……」
「んー確かに。運悪く本土の人の誰かが来訪されたときに、コントロール不可能な状態に陥るとなると、色々と危険性が上がるかも」
「うん……でも見立てによれば改善はされてる感じだよね。もちろん個人差はあるだろうけど、二人も大丈夫そうだし。あとはなんとかしてみんなと共有、協力出来るといいかな? とりあえず今日の夜に、直近でまだ確認してない、最後の一人に話を聴こうと思ってる」
「了解——」
千尋の個人的な意見に理人は首肯する。
異論を唱える余裕も無い塔矢も、気持ちは同様のようだ。
人工島の島民みんなで協力して生きていく。
それは幼少期からの共通認識。
そうしないと、こんなちっぽけな島国では過ごしていけないから。親族がいない寂寥感に耐えられなくなるから。
だから出来ることならば、千尋はこの一件で誰とも揉めたくもないし、争いたくもない。けれど最終的な目標を叶えるためには避けれ通れないとも冷静な思考が釘を刺す。
「——何も無いのが一番だね」
「うん……」
千尋は理人に曖昧な返事をする。いや、そうするしかなかったと表するべきかもしれない。結局のところ千尋の思考回路は綺麗事に過ぎないからだ。もっと最悪のケースまで頭に入れる戦略を練る必要があるというのに。
そんな話をしてすぐ、盤上の決着がつく。
塔矢と理人の将棋対決は……理人の圧勝だった。
着実に攻め手を掻い潜り、一転攻勢で戦況を捲し上げる。
おおよそ狙い通りの勝ち方だっただろう。
塔矢もボロ負けした前回よりは健闘したが、あの歩兵でターニングポイントを逸したのが響いてしまい、本領発揮する前にあっさりと潰されてしまった。
理人の優勢はしばらく揺るがない。
そして次は千尋が相手だと視線で訴える。




