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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第一章
20/156

20 友好関係は難しいところまで掃けない

 教室内の塵埃をほうきで掃き溜め、纏めてちりとりに集めようとする。なかなか神経質に最後まで埃を掃き入れることが出来ないもどかしさを、ちりとりを握る千尋はぼんやりと感じつつ俯き眺める。


「うーん、こんなもんじゃねぇ?」

「そうだね。このくらいなら、あとは拭き掃除でどうにかなりそうだし、目的のモノはもう見つかってるし、終わりにしようか」

「おうっ。じゃあ墨花とメドウにも声掛けてくるわ」

「分かっ……いや、そうしなくてもいいみたいだよ」

「ん? ああ、アイツらこっち来てるな」


 ちりとりにあるゴミを小袋に入れ替える間に、廊下から足音が響き、しばらくすると一階の清掃を担当していた墨花とメドウが合流する。そうしてお互いに集めたゴミ袋を統合し、あとはゴミ溜め場がある寮に戻るだけになる。


「んー、あと何しようか?」

「用事は済んだからね……」

「そういえばメドウが学校に居るのって久々だな。最後にここで逢ったの、いつだったか?」

「さあ、憶えていないわ。あまり人が集合するところって苦手だし、ましてや外部の他人が訪問して来る日はだいたい行かないし」


 自分でも分からないとメドウは諸手を広げる。

 逆に言えば本人でも失念するくらいの期間が流れているということだ。


「学校って別に強制じゃないからどちらでもいいけど、やっぱりたまにはメドウも居てくれると嬉しいね」

「あら千尋……わたしが恋しい?」

「あーいや……意味的には間違ってはないけど、そのメドウの言い方じゃあ語弊があるかな……」

「メドウっ、揶揄わない」

「むっ、墨花はいつもお堅いね……でもそんな墨花が、わたしは好きよ」


 小悪魔的な言い回しを敢えて振る舞って魅せるメドウに千尋がたじろぎ、苑士郎がそのユーモアに失笑していて、墨花が呆れたように溜め息を吐く。教室の後ろロッカーで、それこそ普通の中学生による日常の一幕のような、睦まじい場面が展開される。


 のどかな会話は続き、時刻は正午に差し掛かる。

 いつもの平日なら授業中だが、今日は休日でその限りじゃない。

 千尋と墨花は朝食前に学校へと赴いたから、そろそろお腹が空く頃合いだ。今から寮に帰ればちょうど昼食に間に合うだろう。


「んじゃあ、やることはやったし俺たちは一旦帰るか? みんなに良い報告もできるしな」

「そうね、墨花のお説教のせいであんまり眠れなかったからお昼寝しようかな?」

「……うん。怒っちゃったのもそうだけど、今日はごめんね付き合わせて」

「ううん、思いのほか楽しかったわ。たまには学校に来るのも悪くないかも」

「……そっか、よかった」


 掃除用具を左隅のロッカーに戻し、窮屈な体勢をしていた身体を軽くストレッチしつつ二階の教室を出る。口元を押さえて欠伸を噛み殺しながらメドウが先行し、寮の鍵を大事そうに握る墨花が背後ろを追って話し掛けている。性格的には全くの正反対な二人だけど、お互いにほっとけない存在のようで、隣同士にいる頻度は幼少期から高い。ちなみにメドウの体調の変化にめざといのも墨花だ。さりげない看病もよく彼女自ら請け負っていて、だからこそ誰よりも心配で、いつも強めの語調になってしまう。今の声掛けは千尋と苑士郎には届いていないけど、恐らくメドウを気に掛けたんだと思われる。


「苑士郎、僕らも帰ろう」

「……ああ」

「え……どうしたの、何か考え事?」


 苑士郎がすぐに応じなかったのことが引っ掛かる。

 フィーリングでしかないけど、長年の積み重ねからくる些細な違和感だ。千尋は即座に苑士郎を見る。

 するとどこか上の空で、教室の窓側を眺めていた。

 しばらく見守っていると苑士郎も気が付いたようで、苦笑いを見せながら答える。


「んー……いや、早く終わったから午後は何しようかなってぼんやりしてたわー」

「……ならいいけど」


 その苑士郎の返事は、嘘だと直感が言っている。

 けれど追及するのはダメだとも感じ、千尋は口籠る。

 そんな様子を逆に、苑士郎が不審に思う。


「千尋こそどうした? なんか浮かない顔してね?」

「えっ……そんなことはないと思うけど、なんだろ……元々幸が薄そうな雰囲気があるせいかな?」

「ふはっ、誰だよんなこと言ったの……ああ、俺か。千尋が塞ぎ込んでたときに言ったんだっけな」

「うん。今にして思えば励ましのセリフだったのは分かるけど、当時は何にも響かなかったね……」

「……あったな、そんなことも」


 五年前、千尋が部屋に引き篭もっていたときのこと。

 料理を持ってきた苑士郎は千尋に幸が薄いと言った。

 これだけ切り取れば悪口にしかならないけど、その後にいきなり脇腹をくすぐり出して、驚いて久々に両眼を見開いた千尋の口角を無理やり上げたり下げたりした。

 正直、奇行にしか映らなかった。


 でも当時の苑士郎がしたかったのは、きっとこうだ。

 大切な人、ソフィアを失って寂しいのは仕方ない。

 苑士郎も他のみんなだって落ち込んでいるんだから。

 でもずっと沈み続けていると、その喪失感以上に病んでしまう。だから一瞬でも良い、千尋が今よりも落ち込まないようにしたかったんだと理解出来る。


 つまり千尋の表情や感情を少し豊かにしようと試みた。

 結果上手くはいかなかったけど、後々になって子どもながらの優しさがあったんだと、成長してお礼を完全に言い逃したタイミングで分かる。


「千尋。暇つぶしに一つ、俺と賭けをしないか?」

「賭け? 一体なんの?」

「簡単だよ。俺が今何を思っているのか当たれば良い」

「……それは賭けになってないよ。答えは苑士郎次第だし、僕が本気で当てようとすればなんらかを白状にも繋がりかねない……僕に不利過ぎる、受けられない」

「なるほど……——」


 苑士郎は再び教室内の窓側を流し見る。

 けれど即座に千尋の方へと向き直って告げる。


「——俺にバレちゃいけないことがあるんだな?」

「僕だって秘密の一つや二つあるよ、変かな?」

「いいや、そんなの俺だってあるし。他のヤツなら普通の反応だと思うぜ」

「ふーん、他のヤツなら……——」

「——ああ。まあ千尋が言わないのなら、俺は静観しとこうとは思っている……ただ墨花やメドウや、他のみんなはどうするのかは知らねぇけどよ」


 意味深にそう述べると、苑士郎はすれ違いざまに千尋の肩を軽く叩いて先に教室を後にする。

 どこか千尋を労うような行動だ。


「……やっぱり、大体だろうけど勘付いてるよね」


 千尋は嘆息混じりに、昔馴染みは侮れないと微笑む。

 もしくは気を取り直そうとしたのかもしれない。

 具体的な効力なんてないけど、肩の荷が僅かに降りる。

 浮かない表情が以前のように、ちょっとだけ豊かになる。

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