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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第一章
14/156

14 お腹が減っては捜索は出来ない

 女寮の大広間には千尋の予想通り、島民全体の半数以上がたむろしている。室内は個室に繋がる入り口から考えて、左奥にキッチン、正面に食卓があり、右側にソファーや一昔前のテレビモニターに丸テーブルなどが置かれた寛ぎスペースとなる。

 千尋、墨花、苑士郎、が男寮から移動して来た現在。食卓にマグカップを寄せ合ってお喋りをする側と、丸テーブルで領土を開拓していくアナログゲームで盛り上がっている側の二つに分かれて夜時間を楽しんでいる。キッチンには料理担当の明加と雁行が皿洗いの最中なことから察するに、とうにみんな集まっての食事が終わった様子が見て取れる。


「……ごめんなさいみんな、寮の鍵を無くしました」

「僕からも……ごめん。すぐに気が付いた墨花がずっと学校に戻って探してたみたいなんだけど、もし心当たりがあるって人がいるなら教えて欲しい……いないかな——」


 入り口で再度墨花が頭を下げ、千尋も後に続いて倣う。

 そして念のために質問も投げ掛けた。

 心当たりのある者が名乗り出るのは正直望み薄だ。

 だけど聴いておいて損をすることはないだろう。

 するとみんなお喋りとゲーム進行を止め、キッチンの水道水がシンクを弾く飛沫音だけが垂れ流れる。

 しばしの沈黙。大広間にいるみんなは皆目見当も付かないが、それでも誰から手掛かりは出ないかとお互いに視線が交錯し合って確認しているみたいだ。ただ残念ながら、全員が似たようなニュアンスのアクションを起こしていることから、案の定誰も鍵の行方の手掛かりが皆無なのが逆に(つまみ)らかになってしまう。


「——どうやらみんな知らないみたいだね。えっと……明日、僕と墨花で学校と男女両方の寮を徹底的に捜すつもりなので、もしふらりと訪れたところで見つけてくれたら一声お願いします」

「お願いしますっ」


 穏やかな雰囲気がしんみりとする。

 娯楽時間に水を差したことがひしひしと伝わって来る。

 形式だけの鍵だからみんな特別焦ったり、動揺したりはないけど、気落ちしたのは確実だろう。


「あーだからみんな遅かったんだねー、まだ制服から着替えてもないし大変だったでしょ」

「明加……」

「そんなところにいないでほらほらお腹空いたでしょ、墨花も千尋も苑士郎もテーブルに座りなっ、今日の献立のメインは生姜焼き御膳だよー。あとはサラダにお味噌汁」

「……ありがとう」

「ちょっと待っててね、温めるから。まだフライパンからお皿に移していないしすぐに出せるよっ」

「うん……」


 そんなムードを諸共せず、キッチン前に立ってお皿洗いの最中だった明加が朗らかに三人を迎える。素早く両手を拭き、IHクッキングヒーターの電源を点け、温度を弱火に調節する。生姜焼きが入ったままのフライパンがその上に置かれ、緩やかに内部が加熱されていくのが判り、生姜と醤油が混ぜられた焦がしソースが蒸気になり芳しい匂いを跳ねさせる。


「墨花たち、このテーブル使うよね? 私ら部屋に移動しようか?」

「ううん十分空いてるし、伊波奈たちが気を使うことないかも。なんか盛り上がっていたみたいだし」


 そう墨花に訪ねて来たのは、マグカップを寄せ合ってお喋りをしていた三人いる女の子たちの中心人物、今庄(いましょう) 伊波奈(いばな)。カフェオレの水面を弄ぶように彼女自身の桃色のマグカップを軽く揺らしながら頬杖をつく。長い睫毛と緩やかな曲線まなじりは、誰かを想いを見守るみたいに柔和な表情となる。湯上がりでモコモコした白桃色のパジャマとヘアバンドを身に付け、畝りある毛先が未だ湿ったままだ。


 ちなみに他の二人は南條(なんじょう) 真希(まき)河野(こうの) トリノ。

 真希は千尋と墨花をそれとなく流し見つつ顔色を窺っていてて、トリノはそそくさとカフェオレを一口飲む。

 どちらも対極な意味合いで、訝しげなオーラを放っている。


「あははっ。でもそうなんだよねー、そろそろヘアドライヤー掛けないとなのにねー」

「もうお風呂入ってるんだ? 随分と早いね」

「うん、帰って来て速攻で湯船を沸かしたんだー。あっそうだ、墨花も食べる前にお風呂入ったら? 見た感じ汗でベタベタしてるよ」

「えっ……あっ、言われてみたらそうかも……今日暑かったからかな。でも明加が準備してくれているし、食べたあとで良い。千尋と苑士郎に合わせた方が効率も良いし」

「……ふーん。まあそういうことにしとこうかな?」


 意味深なセリフだけ残して伊波奈はマグカップのフチに唇を付け、冷めたカフェオレを啜る。墨花の心証を悟りつつも敢えて素知らぬ顔をして見せた。そんな所作に引っ掛かりを覚えるけど、墨花は何も反論することなく伊波奈と一席空けた隣りに着席する。

 その後。千尋と苑士郎も見計らったように、墨花の対面の席を選ぶ。正確には墨花の目の前に苑士郎が座り、隣席に千尋といった構図だ。こうなったのはたまたまで、アナログゲーム組の開拓具合でちょうど重要なルートを絶った瞬間を千尋が注視していた流れで遅れ、席順が決まった。


 食卓をみんなで囲うときは大体、全員に割り振られた共通の番号順に決めるか、そのまま順番通りに横並ぶかのどちらかである確率が高い。だけどそれが絶対でも無くて、割と適当なところもある。都度臨機応変ということだ。


「はーいお待たせー明加の生姜焼き御膳でーす。あとすぐに野菜とお味噌汁も持ってくるね。ちなみに味噌汁は雁行が作ってくれました、無駄に具たくさんだよ」

「おい無駄とか言うな。余り物を有効利用したと言ってくれ」


 揚々と生姜焼きを小盛りにした三皿をトレーに乗せて来た明加が、キッチンでお味噌汁を掬い分けている雁行のもったいない精神を指摘しながら順番に渡していく。人工島では供給された食糧しかないから、自然と食材を無駄に出来ない心構えみたいなものが身に付いている人物が多くなる。


「ありがとう明加、あと雁行も」

「いえいえ」


 両手を合わせてから三人は食事にありつく。

 トラブルや焦燥に駆られても、人はお腹が空く生き物だ。

 苑士郎、千尋、墨花の順番で料理を口に運ぶ。

 たちまち生姜醤油を絡ませた豚肉とネギ類が舌を上でとろけ、腹持ちを良くする脂身の重みをサラダが緩和して、具たくさんのお味噌汁を流し込むと身体を妙に落ち着く。


 肉体的精神的疲労のあとには適した料理だと千尋は思う。

 バランスもしっかりと摂れていて、なにより美味しい。

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