13 紛失
階段を淡々と上ってきた墨花が右左と見渡す。するとすぐに家族からの荷物が詰まったダンボールを部屋に置き終え、閉ざされた部屋の前に立ち尽くす千尋、苑士郎と視線がかち合う。
「居た。もしかして今帰ってきたの? 千尋と……あとは苑士郎だけ?」
「うん、そうだけど……なにか僕に用事かな?」
「なんか急いでる感じだな墨花、どうした?」
「……そうね、率直に言うと謝らないといけない——」
帰宅したばかりの千尋と苑士郎と同じく、未だ墨花も制服から部屋着に着替えていなくて、それが千尋にとって疑問に映る。何故なら苑士郎と一緒に教室を後にしたときには既に誰もいなかった。管理担当で双方の寮の鍵を持っていた墨花は、少なくとも輸入港にまで赴いていた二人よりは早く戻っていたはずで、当然余裕はあった。
学校から寮に帰宅して制服でいる子はほとんどいない。もちろんめんどくさがるときくらいあるだろうけど、普通に軽装の方が生活する上で楽だし、自室は謂わば実家のようなものだ。引き締めた服装ではあまり居続けたくない。
何より千尋が良く知る墨花はオンオフの使い分けをしっかりとする子だ。なのにそうしなかった理由がどこかにあるのかなとつい思ってしまう。となるともう一つ気掛かりが浮かぶが、まずは墨花が謝りたいことが何かを聴く方が先決だと、聴き手に回る。
「——あのね私、鍵を無くしたみたいなんだよね……ごめん」
「えっ? 鍵……って、寮の鍵?」
「そう……——」
しおらしく長々と頭を下げる墨花。
申し訳なさと焦燥が混濁する、震えた声まで出して。
千尋自身にも別件だけど、デジャヴのような感覚が蘇る。
「——しかも、男の子の鍵と両方ともなんだ。鞄とか何度も探したけど、どこでどう無くしたのかも分からなくて」
「いつもは机の中とかバッグの中に入れて置くよね? そこにもなかったの?」
「うん……それで学校に戻って心当たりのあるところは粗方探したはずなんだけど、見つからなかった」
「ええ……ああでもそうか。だから学校に明かりが点いてたんだ。誰か間違ってスイッチを押したのかなって思ってたよ。墨花が居たんだね」
「ん? そうだっけか?」
寮へと向かう道中。微かに学校が千尋の視界に入っており、そのときに暗闇の最中に灯る白光の窓枠がちょっと印象的で憶えていた。気掛かりと感じたのはまさにそれで、墨花の証言により確信になり合点がいく……ちなみに側を歩いていた苑士郎は気が付いていなかったみたいだ。
「うん、僕が見てる。流石に墨花が居るとまでは遠過ぎて分からないけどね。制服から私服に着替えてもいないし、時間的にも照合すればちょうどそのくらいだと思う」
「まあ、逆算すればそのくらいか」
「……どうしよう千尋。私が男の子の方まで無くしちゃったから千尋にも責任がいっちゃう……ごめん」
きっと墨花が千尋を探していた理由は、彼女自身の過失に巻き込んでしまったことを知らせ、謝罪したかったからだろう。それと今朝、ちゃんとして欲しいときつく叱ったくせに、そっくりそのまま言葉を返されるような失態をしでかしたことを悔いたからだ。
気持ちの整理がついていないのか、やたらと指先が慌しく動く。動揺と称してもいい。でも千尋が揺るがす言えるのは、墨花だけのせいじゃないということだ。
「……もう謝らないでいい、これは仕方のないことだよ。僕だって管理担当だし、墨花に託したのも僕の怠慢のせいもある。墨花だけのせいなわけない」
「でも……——」
「——それよりもこれからどうするか話そう。みんなに一度謝罪してから、政府の管制課にも連絡しないとかな? いやその前にもう一回僕だけでも探すよ。そこでも発見に至らなければどうしようもない」
「……分かった。だけどもう一回、私も捜すよ。次は心当たりがないところも含め、範囲を広げてみる」
「了解。なら今日は女の子寮に集まってるみんなに謝って、明日から本格的に捜そう」
そんな提案に墨花は無言のまま厳粛に首肯する。
口元は開いていたけど、上手く紡げなかったようだ。
千尋が寮そのものの鍵の捜索を明日に持ち越したのは、そもそも寮の鍵があり施錠する意味があまりないからだ。ここは人工島で、家もとい寮への侵入を試みるとしたら、島民のみんな以外ではほぼ有り得ない環境。だから来訪者が現れた場合の予防線で寮玄関にも鍵を掛けている。ついでに規則正しい生活をきちんと身に付けるためでもあり、管理担当という持ち回りの監督役も作ったのも教育的観点からの意向が強い。
畢竟するにルームキーに比べれば優先度は低い。
それぞれの自部屋の鍵が無くなるといつも大捜索は必至だが、現状はそこまでじゃない。
所詮、寮の鍵はあくまで二重ロックのおまけに過ぎない。
事情を共有して、墨花が冷静になってからでも良い。
「あの。話に割り込んでわりぃけど。一ついいか?」
「なに苑士郎?」
ひっそりと挙手をする苑士郎が会話に横入る。
一体なんだろうかと墨花の言葉が止まる。
聴く側に回っていたから、少々意外な行動原理だ。
「いやまあちょっと疑問点があってな」
「えっ? 疑問点?」
「ああ。あんま意味ないことかもだけどな——」
手を下ろし、両手をポケットに突っ込ませながら苦笑しつつも苑士郎は返答する。千尋と墨花は不安から湧き立つ緊張のせいで固唾を飲まされ、疑問点の指摘を待ち侘びる。
「——墨花がこの寮に来たのは、今日初めてか?」
「……そうだけど?」
「ほぉ? 千尋は……帰りにずっと誰かが居たし無理か」
「どう? 疑問は晴れた?」
「うーん晴れてはねぇけど、絞れはしたかな。まあ、ひとまずは後回しでいいと思うわ。すまねぇな割り込んで」
後頭部を摩りながら苑士郎は零れ落ちるように言う。
疑念を抱く箇所が一体どこにあったんだろうと墨花は首を傾げる。




