12 部屋と明かりと内緒
薄暮。千尋、苑士郎、メドウの三人はその後も何気ない談話をしながら寮に辿り着こうとする。途中、学校の照明が点灯していたことに光加減で千尋は気付く。恐らくはメドウも訝しんでいた表情から変だと所感したかもしれない。ただ現状は荷物が優先で、明かりが点いているのも誤ってスイッチを入れてしまっただけかもと、目配せだけに留まる。
千尋の荷物を部屋に運ぶためなので、男女のどちらかというと当然、男寮の方だ。玄関の施錠は掛かっていなくて、すんなりと玄関扉を開けて入る。
「……あれ? なんか静かじゃない?」
「ああ、これ多分女の子寮の方に固まってるみたいだね」
「ということは明加が料理担当か。なら二人ともどうする? 千尋の荷物だけ置いて速攻で合流するか、どうせ遅れてるしここでまったりするか」
「僕はすぐでも良いよ。中身は食べたあとに部屋に戻ってゆっくり確認するし」
「わたしも千尋が良いなら、それに従うわ」
最後に千尋とメドウの意見を汲み取った苑士郎が頷き、満場一致で荷物を千尋の部屋に置いてすぐ、女寮に向かうことに決まる。
男女それぞれの寮は徒歩二分程度のところに位置しているため然程離れてはいない。構造は外装と内装と共にシンメトリーと言えるくらい似通っていて、二階建てで丸みを帯びた四方形、オフホワイトが基調のカラーリングをしている。どちらか一方に、現状の二十六人がまとめて集結しても苦にならない広大さだ。
男女寮ともお互い一階に六、二階に十、合計十六の個室部屋と、一階の最奥にリビングキッチンを兼ね揃えた共用スペースの大広間がある。他には入浴室や洗面室にお手洗い室はもちろん、主に洗濯物を干す屋外ベランダが二階に出っ張る。十五歳の男女が共同生活を送る二つの寮の機能性は優れていると言える。いや寧ろ、孤島にしては優れ過ぎているかも知れない。もはや個室は、寮部屋というよりはアパートの一室と形容しても相違ないくらいだ。
「誰か残ってるヤツいるのか?」
「うーん、今日学校に来てない組は残ってるかな? 外から見たときに電気が点いてた気がするし」
「どうする? 呼ぶ?」
「いや、もう他の子が声を掛けてるかも知れないからそっとしとこう。一人の時間を潰すのも忍びないしさ」
玄関近くの階段を先行して上る苑士郎の後を、ダンボールを持つ千尋とメドウが続く。道中は長い間荷物持ちを担っていた苑士郎だがまだまだ体力が有り余っていて、最初と最後だけのいいとこ取りをするメドウも動きは軽快。対して千尋は少し息が上がっている様相だ。
千尋の部屋は二階にある。二階の階段から一番遠い左端の個室だ。【チヒロルーム】と名前が記されたネームプレートが掲げられた扉の前にまで到着すると、千尋は一旦苑士郎にダンボールを託し、部屋のルームキーを鍵穴に挿し込んで開ける。ちなみに鍵は管理担当が持つ玄関扉に付いたものと形状は同じだけど、サイズが異なり色も褪せているから間違えることはあまりなく、余談だが互換性もない。
島民一人ずつに部屋が用意されており、隔離対象として人工島への移住を強いられ、その三年後に完成した入寮日に割り振られた部屋にずっと住んでいる。無論赤ちゃんの頃から三年後なので、みんな物心つく前からの決められた部屋だ。
補足として。完成当時の二〇三〇年で鍵穴に挿すだけのスタイルは防犯の観点から完全に時代錯誤ではあるけど、これはあくまでみんなの統率意識の向上と、外部からの来訪者が誤って侵入することを防ぐ目的なので敢えて厳重にはしていない。というよりする意味がない。
そもそも人工島には他にも旧世代の代物が多々現存する。
理由としては環境維持に莫大な資金を費やすため、要点以外はなおざりとなっているせいだ。だから最新鋭の技術を遺憾無く施した世界観と、過去の不要物を流用されただけの日常風景のハイブリッドこそが、この人工島の特徴となる。
単純な思考回路として、本土に住う約百億人の人類と少数被害者の人工島民のどちらに叡智を捻出するかを天秤に掛けるとしたら、言わずもがな前者となるだろう。彼ら彼女らにとっては非情だろうが、それが現実だ。
「そういえば千尋の部屋って、わたし久々かも。お邪魔しまーす」
「言われてみればそうかも……あっ、どうぞどうぞ」
部屋の扉を千尋が開けた関係で他二人が入りやすくなる。
その結果、メドウから千尋の部屋に入って行く。
「ははっ、なんだよ畏まって……というか千尋、あんな簡単にメドウを入れても良いのか?」
「どうして?」
「いや、俺の場合だと着替えやら何やらが散らかったままにしてるしよ……そういうのをメドウ、というか特に女には見られたくないもんだろ。他にもプライバシーもあるし、千尋もメドウだけじゃなく俺にだって見られたくないものの一つや二つあんじゃねえの?」
「あー……大丈夫だと思う。着替えは棚やクローゼットにしまってるから。あとたまにコ——」
「——千尋ーっ! 帰ってきてるっーー?」
それは不意打ち、一階の玄関口からの名指し。大声で呼んだのは苑士郎でもメドウでも、もちろん千尋本人でもない。だけど三人とも、その声の主が一体誰なのかすぐに判別付いた。というか、苑士郎とメドウは当該人物によく叱られているから、嫌でも分かってしまう。千尋も今日、片鱗を体感したばかりだから同様に解釈が合う。
「今のって」
「墨花の声だね。どうしたんだろ?」
「うわ……ねぇ千尋、苑士郎、ここにわたしは来てないことにしてといて? お願い」
千尋と苑士郎が声のする方角へと耳を向けていると、既に荷物を置き終えて戻って来ていたメドウが慌てて両手を合わせて懇願している。どうにかして欲しいと言わんばかりだ。
「それは良いけど……何したの?」
「……昨日わたしの調子が芳しくなかったから、墨花に寮から出るなって言われてた」
「なのに、外出してたと……」
「だって元気なのはわたしが一番わかるじゃない? それにヒマだったし、誰かから出るなって言われると余計に出たくなるというか……」
「……とにかくわかったよ。多分墨花はここに上って来ると思うから、僕の部屋に隠れて」
メドウはすぐさま頷いて、暗闇の部屋奥に消える。そして案の定階段を一段ずつ上ってくる足音がする。淡々と墨花が千尋と苑士郎の元へと迫って来る。




