11 勾配と料理談義
人工島内のルートは学校や寮が建設されたエリアに近ければ近くなるほど急勾配で山なりになっている。これはもし大海が荒波を引き起こした場合でも避難所となるように設計されていることに加え、人工島のモデルとなった無人島の形状を当て嵌めているからだ。
一応は海自体も人工での調整が為されているけど、基本は実験に使われなかった天然の海水をそのまま流用している。この島では水産業関連を加味する必要が皆無なので、海洋生物やプランクトンやその他微生物が取り除かれているかも知れなくて、実際に存在するのか否か千尋たちにも不明なことによる違いはあれ、水災害の備えは常に万全を期そうとした形跡が多々ある。
要するに輸入港から寮までは登り道となる。
一人荷物持ちには少々厳しい傾斜だ。
千尋の家族からの荷物は、両手で持ち運ぶ必要のある大きさのダンボール二つ分。もし苑士郎が手伝うと買って出てくれなければ、本当に寮と輸入港を往復しないといけなかったなと自虐的に苦笑する。けれど現状は千尋と苑士郎、それにメドウまでもが協力してくれて、その三人で輸入港から寮までの道のりを代わり番にダンボールを持つ。
こうすると必ず一人は休息を取れるから効率も良い。
体力が削られがちの登り傾斜だと尚のことだろう。
千尋もまさかここまで楽になるとは思っていなかった。
それこそ帰路に三人で談笑をするゆとりもあるくらいだ。
「今日の料理担当って誰だっけ?」
「確か雁行か明加のどっちかだと思うよ」
「へぇー。わたしのスペシャリテを超えられるかな?」
「ああ……まあ味はともかくとして、インパクトではちょっと難しいだろうな」
「味の話に決まってるでしょ〜」
いつかのメニューを回顧しながら軽口を述べる苑士郎に、遺憾だと唇を窄めてメドウが異を唱える。なかなかあの山菜の上に装飾された花弁の天丼という衝撃を超えられるものは現れる気がしない。ましてや普通に美味しいのに見た目までド派手となると尚更難しいんじゃないだろうかと、千尋は色んな意味合いで舌を巻くしかない。
当然どちらの主張も間違ってはいない。
味わいも見た目も料理には大事な要素だからだ。
ただ双方ともに丁度良い塩梅というものが料理にはある。
メドウの料理……通称メドウスペシャルは、些か見た目に偏っていたせいで味覚どうこうじゃなくなり、みんな視覚情報ばかりが鋭敏になったせいで過小評価を受けている。作った本人が不満気なのは仕方ない。
「でも雁行か明加なら大体安心だよね。これは苑士郎にもメドウにも言えるけど、自分の持ち番になると挑戦的なメニューを振る舞ってくるから。その点二人はみんなの食べやすい料理をチョイスしてくれるイメージだからさ」
「……千尋の言い方が若干引っ掛かるが、まあ事実だから否定のしようがねぇな。アイツら俺と違って毎回意見を聴いてから作るしなー……いつか一回同じやり方を試してみるか?」
「だけど、それじゃわたしが何を作るんだろうってみんなの楽しみがなくなってしまわない? リクエスト制もいいとは思うけど、メニューがシークレットになってるドキドキもあると思うわ」
「うん。だからどちらかが間違っているとかじゃなくてね、僕が言いたいのはみんながそれぞれの志向があるからこそ、毎日集まってアレコレ言い合いながらも楽しい食事が出来ると思うんだ……結局どっちに転んでも面白いしね?」
ダンボールを持ち直そうと底面を左膝で押しながら、千尋はどんなやり方でも、みんなの魅力の一端であるとさりげなく述べる。それは調理という日常において些細な時間のやり取りかもしれない、だけど僅かな瞬間にみんなの考えが異なる分だけ、無限大の絵筆で囲む卓を彩り華やかに出来る。
「ははっ、確かにそうだな。じゃあ俺、明日か明後日が料理担当だから、メドウのグロテスクどんぶりを超えられるヤツ考えてみるかー」
「ちょっと待って、聞き捨てならないわ。わたしの料理のどこがグロテスクなの。ちゃんと食べられる山菜に花びらが散らばっていたら綺麗だよねって思って添えたのに」
「えっとな、考え方はメドウの今言ったことも一理あるんだよー。青緑色の山菜に花々は俺も聴いたときはそれ良いなって感じた気がする。でもな……流石に限度というか、食べられる花の種類を詰め込み過ぎて、こっちがごちゃ混ぜの色合いと揚げ物の量の多さにワンクッション引くんだよなー。食べると美味いんだけどさ」
「む……ふーんなるほど。なんか苑士郎は文句を言ってる感じだけど、客観的視点で筋は通ってそうね。今度分量を考えておこうかな、味は良いみたいだし……グロテスクって言ったのは許さないけど」
「いやごめんてっ。適当に表現しただけだからそんな気にしなくても良いのによ……おっと、危ねぇ……」
左端に居る苑士郎が忌避するように身体を少し引いてダンボールを落としそうになり、真ん中メドウが睨みつけたのちに、口角が軽やかに上がる。そんな様子を眺めていた右端の千尋は、こうやって話の種になるのも料理の良いところだねと感じ、微笑ましいシーンにも様変わる。




