102 煤まみれの二人、不穏な明かり
暴走する火焔の対角線にそれぞれ立つ。どちらかが攻められようなら、そちらが囮になるという寸法だ。そして囮にならなかった方がジオを火の元から引き剥がし、助熱性の根源を断つ。非常にフレキシブルなオペレーションかつ、どちらが汚れ役になっても恨みっこ無しだという暗黙の了解。
「随分と疲弊したみたいだが、まだ耐えられるか?」
「……一応、耐えてみせるよ」
「はっ……心強いんだか頼らないんだか分かりにくい答えだな」
「僕はこういうの、得意じゃないからね」
「そうだったな。まあ俺が居るから、無理そうならその場で倒れ込んでも良いぜ? ジオ共々連れ帰ってやるよ」
「ありがとう、苑士郎——」
「——っと。来そうだぜ千尋、さあどっちだ?」
火花散り逝く螺旋回転の支柱が、砲台の射出方角を定めるときのように斜めに倒れ、千尋と苑士郎のどちらかを標的にする。でも薄々、千尋は予感していた。
暴発とはいえジオのエネルギーを利用して形状を留めていることから、害敵の能力を測るくらいは可能だと。そうなると防衛意識のある発現能力を展開させた未知数の千尋より、弱体化しても躱すだけの苑士郎の方が楽な相手だと考え、この攻勢は苑士郎に向かうと。
「このおかしな軌道……どうやら俺っぽいな」
「そうだね」
「ジオのこと、頼んだぜ。ちゃちゃっとすぐに巻いて、合流するからよ」
「分かった。苑士郎も気を付けて」
「おうっ」
苑士郎が千尋から離れ、放出された炎を集める。
彼の敏捷性と火焔の弱体鈍化の対比を眺めていても、回避は容易だと千尋視点でも断定出来る。安心して良い。
「うん、僕はこの隙に——」
となると、もう千尋は思考を迷わせる必要はない。
ジオを助けるため再加速、向かって、抱えて、引き返す。
千尋以上の体重を背負うが構わない。
けれど身体の節々の悲鳴は、一向に鳴り止む気配はない。
両膝は骨肉が擦れたように疼く。
太腿や脹脛は張り詰め、重圧が増す。
脇腹は鞭打ったように激痛が迸る。
急転する寒暖差による頭痛。
いや、大気の酸欠による症状でもあるかもしれない。
限界を痛感して、もう無理だと諦めそうになる。
それでも千尋は走ることを辞めない。止まらない。
何も出来ないまま絶望は、二度としたくないから。
「——ジオを……なんとかしないと、だから」
噛み締めた奥歯は、砕けていないのが不思議なくらい。
制服は真希と対決したときよりも燃え破れている。
癖毛の畝る髪の毛が駆けるたび視界を遮って、またどこかに跳ねていく。
あやふやな視野。脳内はクリアになる。
揺らぐ、ブレる、グラつく。とっくに卒倒しそうになる。
行動順序の過不足に優柔不断してしまう気力もない。
でも。だからこそ、目の前の事柄に研ぎ澄まされる。
真正面の目的だけに集中するしかない。
「いけ、掴め、掴め、届け……掴め……一緒に、帰ろう……みんなで」
それはちょうど、苑士郎に向かっていった炎が無念のままに燃え尽き弾けた瞬間。ジオの元に到着した千尋の後背から後光が差すような偶発的神秘。
それはいつかの、忘れ去れない魔法の花火のよう。
本当は魔法なんて可愛げは無いかもしれないし、花火と表現するには造詣が足りない。されど彼女はなら……ソフィアならそう言うんじゃないだろうか。そんな風に千尋は刹那的に思う。
「ジオ……」
「……ち、ちひ………………ち、ひろ?」
千尋は、ジオに話し掛ける。
すると朧げなままながら、ジオからの返事がある。
対して千尋は息を吐き流し、肩の荷が落ちそうになる。
緊張の糸を切らさないようにしていた圧迫から解放されて、危うく深い眠りについてしまいそうになったのを、なんとか奮い立たせる。
「うん、合ってる」
「す、すま——」
「——お互い、ちょっと疲れたね。夜の帳が下りる前に、帰ろっか?」
そう言いながら千尋はしゃがんで、意識が混濁としたジオを背負う。本音を言うとここで、もう少しゆっくり寛いでから帰路に就きたかったけど、結果的に囮になってくれた苑士郎の方も気掛かりで、発現能力の追っ手がいつ千尋に矛先を向けるか分からないため、すぐに現状持ち得る限りの全速力でその場を離脱する。
「苑士郎っ」
「……やったなっ!」
「そっちこそ、ありがとう。僕一人じゃどうなってたか」
「待て待てまだ早い。さっさと帰るぞっ」
「うん」
ジオを背負う千尋が先を行き、苑士郎が背後を警戒。
教室内に置いたままの教科書もバックも何もかも忘れて、いつもの寮まで疾走する。
「おおっ! マジで消えやがった……千尋の読み、完璧だな。ははっ、かっけーじゃねえかよ、おいっ!」
猛威を振るったジオの発現能力による火焔が霧散する。
これはつまり、千尋の目論み通りという証。
火の元があるであろう場所から遠ざかれば、ジオの発現能力は機能しなくなる。
そして今。彼との距離が、炎を保持する法則性に千尋と苑士郎の手によって見事に逆らってみせたからだ。
こうして外部教師を招き、トリノとジオという二人の新たな発現能力の存在が明らかになった激動の一日が落ち着く。色濃い惨状は依然遺されたままだが、とりあえずは放置しても問題ないくらいにまでは成されたといえる。
千尋と苑士郎は、ジオを助けた。
煤まみれのように不格好でも、一緒に寮へと帰ることに成功した。駆け抜けながら、二人の手と手がパチンっと強く弾かれる。
しかしこの校舎敷地内にはもう一人、島民が残っていた。
千尋からしたら、最悪な機会と場所から。
「二人とも……帰って行った……なんだったの、さっきのは……いやまさか、これって……」
トリノとジオの発現能力の残骸の前に、一部始終を傍観していた………………明加が、千尋たちと逆方向側から現れて立ち尽くす。うろんな近来への恐怖を、その胸に萌芽させながら。




