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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第一章
10/156

10 イタズラは足音を立てずに

 輸入港と呼んでいる大型建造物の内部はクリアガラス製の透明度を誇った内壁となっており、一見すると脆弱な強度のようにしか映らないが、実際は最新技術を駆使し配合した新型の樹脂化合物を粉末化したコーティングを施しており、少なくともこの人工島の学校や寮よりも高性能硬度だ。


 他には貨物船が停まってそうな埠頭(ふとう)を参考にしたと(おぼ)しき平行線上の陸地の出っ張りが再現され、仄かにだけど潮の香りが鼻腔をくすぐって来る。船舶はここにはないけれど、輸入港と称される所以(ゆえん)は節々に感じられることだろう。


 そして肝心の荷物置き場は室内の最奥。常に保存の効く道具や食糧の倉庫代わりも担っているので、何も放置されていない状態になることはなく、四方形のダンボールやクーラーボックスなどが幾つも積まれている。


 その山々の前方に退屈凌ぎと首を回して待ってくれていた苑士郎が、腰に手を当てながら立ち尽くす。まだ千尋と想定外であろうメドウの存在に気付いている様子はない。こんなにも隙だらけの場面を好奇心旺盛のメドウが逃すはずもなく、すかさずサンダルを脱ぎ、抜き足差し足での接近を敢行中だ。


「楽しそうだね、メドウ。一方、苑士郎は……全く気付いてないみたいだ」


 誰にも聴こえない抑制した声で千尋は微笑んで解説する。

 第三者視点でも緊張感が伝わってかなり見応えがある。

 さてさて二人はどうなるのかと、千尋も息を潜める。

 丁度良い支柱があってそこに身を隠し見守る。

 ……苑士郎の背後を、遂にメドウが取る。


「くたばれーっ、グサッ〜〜〜」

「ふはあぁぁぁぁぁぁっ!? な、え、誰!?」


 のんびり苑士郎の隙だらけの背中に、腹部あたりから両手を伸ばし出したメドウのサンダルがナイフのように突き刺さろうとする……いやもちろんそんな簡単にサンダルが人の身体に刺さるわけもなく、サンダルの先端が背筋に軽く触れる程度に留まる。けれど不意打ちで背後を取られるというのは恐怖以外の何者でもなくて、最近の苑士郎では珍しく可愛げすらある悲鳴が輸入港内に残響する。


「……何言ってるの、俺様は千尋だよ?」

「んなわけあるか! 千尋が俺様なんて使ったところ見たことねぇわっ! びっっっくりしたぁ……」

「ふふっ作戦成功。意外と可愛い声だったわ」

「うるせぇ……つーか、なんでメドウがこんなとこにいんの? あれ、千尋は? 千尋はどこ行ったんだ?」


 苑士郎は暫く左右を見渡して千尋を探す。しかし残念ながらその場から動かない限りは見つかりようがない。ただ名前を使ったことから推測して、事情を知っているらしいメドウにもそれとなく目配せ……と言うよりは睥睨しながら居場所を無言で訊ねていたみたいだけど、メドウは答える気なんてさらさらないと沈黙の笑顔を絶やさない。


「流石にもう良いかな……——」


 ここで出ないとずっと埒が開かなそうだと千尋はひょっこり顔を覗かせ、ゆっくりと二人の元へと近づいて行く。早く合流して荷物を運びながら一緒に寮へ帰ろうと考えて。


「——ごめん苑士郎、実は途中でメドウと——」

「——あっ、千尋ー上手くいったよー。全部千尋の策略通り苑士郎に仕掛けたけど、どうだったー?」

「えっ……ん?」


 身に覚えのなさに戸惑って千尋の歩みが急停止する。

 一体メドウは何を訊ねてきているんだと。


「……おいメドウっ、俺にイタズラをするまではいい。けど千尋に罪を着せようってのは卑怯だろ」

「ふーん……よく分かったね。せっかく千尋を真の黒幕に仕立て上げようと……イター」

「めちゃくちゃ棒読みじゃねえか。痛くはしてないだろ」

「うん……それで、どこで分かったの?」


 メドウの脳天に軽い手刀の唐竹割りをお見舞いしながら、苑士郎は彼女の行いを律する。もちろんジョークだということにも気付いていたけど、毎度野放しにするのもメドウのためにならないからと言いたいことは言う。


「お前に声を掛けられた瞬間に本気で動揺してたから、千尋は関与しちゃいねぇなって思った……まあ勘だけど」

「なるほど……やっぱり黒幕より共犯にした方が——」

「——いやそういうことじゃねえよ。イタズラに関与してない他のヤツを無闇に巻き込むなって言ってんだ。おい、千尋もコイツになんか言ってやれよ」

「……そうだね。まあメドウが何かやりそうだなって気配を黙認してたから、共犯っていうのはあながち間違ってもないかなって」

「はあー? なんでお前はそう甘やか……ああいや、千尋がそう言うならそれでいいか……」


 そう言って、これ以上は無駄な徒労だと苑士郎は溜息を吐き、頭頂部に乗せたままだった手刀を離す。解放されたメドウはすぐに自身の髪の毛を撫でて整え、イタズラに使用したサンダルを適当に地面へと落とす。


 この間に苑士郎は荷物置き場の何を持ち運んだか判別が付くようにと、千尋の代わりに在庫のチェックシートへマークを記している。これは義務ではなくあくまで島民による目安程度に過ぎないけれど、みんなが怠らなければ探し物などをするときに大変助かる仕組みとなっている。


「千尋」

「なに?」


 サンダルに注視したままメドウが千尋の名前を呼ぶ。

 素足を晒したせいか、少し砂汚れが付着したままだ。

 けれどお構いなくサンダルを左右とも履き直している。


「今日は小春が居ないの?」

「そうだけど、どうして小春?」

「だって千尋と小春ってよく一緒に居るでしょ? あとから合流する約束とかしてるのかなと思って」

「ううん、約束とかは特にしてないよ……多分たまたまじゃない」

「そう……」


 澄ました表情を覗かせるメドウ。

 それはどこか想定内の返答だと言いたげにも映る。

 やはり彼女は底が知れないと改めて千尋は思う。

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