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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第一章
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1 五年前、忘れ去れない誕生日の夜

 銀色のロングヘアーを無造作に巻き込み、挙げられた左手を合図に、霞んだ夜空へと一筋の火種が放たれる。あいにくの朔月のせいも相まって、ちっぽけなはずの火種の上昇具合を、この孤島で暮らす子どもたちは一体なんだろうと静かに見守るだろう。それが何か、どうなるか、ちょうど誰もが分かるくらいのタイミングで、火種は一瞬の雲隠れをしたのちに勢いよく弾け、けたたましい音色と共に開花して魅せた。


「はいっ、ド〜〜〜〜〜〜〜〜ンッ!」


 どんよりとした夜をかき消すようにして、緋色に白光を重ねた火の粉の花が現れる。それは否応なく胸いっぱいに響いてくる花火。とてもシンプルな配色で、あっという間に花を模した形を成さなくなって消えてしまう。けれどその潜熱はいつまでも無くならない。


「みんな〜〜見えたー? まだまだ打ち上がるからそこで見ててねー——」


 それからというもの。今度は両手を挙げ、じっとしていられないのか、その場でじたばたしながらも宣言通りに、連続して花火が打ち上がっていく。ちなみに砲台も火縄も導火線も、そもそも花火玉すらここには無い。つまりタネも仕掛けなく、まるで魔法のように花火を生み出し続けている。


 西洋的特徴の地毛である銀髪を揺らし、どことなく東洋人の名残りのある顔立ちをしたハーフ。ついでに今日で十歳を迎えた少女は、校庭の中心で他の子たちがいると考えられる全方向に声を掛ける。大体の子たちは今頃、時間的にも部屋でのんびり寛いでいるだろうから、主にそちらへと手も振っている。さきほどの花火の音色に負けないくらいの声量で叫び伝えながら。


「——誕生日っ、おめでと〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「あの……ねぇ、ソフィア」

「ん? どうしたのチヒロ?」


 ソフィア。正式にはソフィア・ミソラノ・ミハイロワ。それがみんなにあどけない祝福をする銀髪ハーフ少女の名前。夜で温度が下がっているのに、白薄いブラウスにショートジーンズにサンダルという格好のせいで色白の肌面積が開かれていて、寒くはないのかと不安な姿だ。

 そんなソフィアが徐に振り返る。燦々と輝く青玉の双眸が背後から名前を呼んだ、寝巻きの黒ジャージを着ている同い年の男の子、望仁(ぼうじん) 千尋(ちひろ)を捉える。少し身体を縮こめていて、奥歯も震えて寒さを耐え忍んでいるのが伺える。


「小春がずっとあそこ……花壇のそばで眠ってるんだけど、流石に部屋に連れ帰った方がいいかなって」

「嘘っ! あの花火でも起きなかったんだっ。というか見てくれてなかったの〜……ううん、コハルが風邪引いたら大変だし帰ろっか。別に打ち上げながらでも大丈夫だしね」

「いや。いくらソフィアでも無限に打てるわけじゃないし、なにより疲れるでしょ? 小春も起きそうにないし、今日は大人しく帰ろう?」

「……うん。あっ待ってて、コハル抱き上げてくるー」


 珍しくしおらしく頷いたなと千尋が思ったら、すぐまた朗らかなソフィアに戻り、校舎前にある花壇近くのコンクリート段差で横寝しているコハルこと、鯖江(さばえ) 小春(こはる)の元へと駆けて行く。小春は子供らしくまんまるな頬にブラウンのボブヘアーが掛かったまま身体が上下する。


 その小春はセーターに生地が厚めのロングスカート履いていて、持参してきたブランケットを掛け布団代わりにしているせいか、あんまり寒さを感じている様子もなく寝息をたてる。ただコンクリート地面に腕枕は痛いし、そもそも冷たいはずだし、単純に寒暖差が分かっていないのかもしれないという疑念がよぎり、千尋とソフィアの双方が危惧する。


 ソフィアが小春を丁重に背負う。

 あいも変わらず起きる気配はまるでない。

 落ちたブランケットはソフィアの後を追った千尋が拾う。

 念のために土埃を(はた)いてから折り畳む。


「よいしょっと」

「大丈夫? 代ろうか?」

「大丈夫大丈夫。コハルは小さくて軽いからね、例え二人居ても問題ないくらいだよ」

「それなら良いんだけど……もし背負うのが辛くなったらすぐに言いなよ? いつでも代わるからね?」

「うんっ、チヒロは優しいね……じゃあ行こっか、みんなのところへ」


 小春を背負うソフィアが先導して、校庭から三人が日々を暮らす寮への道中を歩む。厳密には男寮と女寮で別れているから全く同じルートじゃないけど、途中までは殆ど一緒だ。


「……ねぇ、チヒロ」

「なに?」

「やっぱりさ、夜遅くこんなことしちゃったから怒られるかな? チヒロとコハルは連れ添ってくれただけなのに」

「……怒られるのは想定内だよ。ソフィアはみんなの誕生日を祝いたかった。それはとても良いことだと思ったし、きっと小春も同じだったんじゃないかな? あの花火……すごく綺麗だったし」

「……そっか。良い思い出になるといいな」


 背負い直しながらソフィアは殊勝に呟く。

 思い出なんて少し大袈裟だなんて千尋も感じるも、孤島での日々に慣れつつあるこの頃に、新しい思い出が増えること自体は良いなと頷いた。


 それは十歳の誕生日を無事に迎えた夜。

 まだ幼いなりに叡智を絞って実現させた花火。

 その過程も、その帰結も、ひたすらに楽しかった。

 年齢が二桁に乗っただけの一日が、こうして特別になる。

 そんな積み重ねがこれからも続いていったらいいなと、千尋はソフィアの端正な横顔を流し見ながら思う。


 ……その翌日。ソフィアはこの孤島から居なくなった。

 理由は誰にも告げられることなく、沈黙から察して欲しいと、十歳の子どもには酷でやるせない悔悟ばかりが教室中を漂わせていた。

 あれからもう、五年の月日が過ぎようとしている。

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