one
「うん、ありがとう」
夏月はジョンを見上げて礼を述べた。
「礼なら、ここにサインが欲しいっす!」
「ここにサインするの?」
小首を傾げながら、夏月は目の前に差し出された紙を見つめる。
「ダメです!」
速攻、一郎が止めに来た。
「サインなら、こちらにしてください!」
同じように、紙を差し出してきた。
「話を伺うまでは、どちらにもサインはしません!」
秋月の言葉が、二人を止める。
「えぇー! 通訳した礼にサイン書いてくれてもいいじゃないっすか!」
ジョンが、不満を口にする。
「そういえば、なんでアリーチェちゃんの言ってること分かったの?」
夏月はジョンの言葉を無視して疑問を口にした。
「俺、六カ国語ぐらいいけるっす!」
「そうなの! 凄い!」
「そうっすよ! 俺、マジで凄いんで、 俺と結婚どうっすか? そして、完全にアメリカ人になるっすよ!」
「あ、鈴木さん? も凄いの?」
ジョンの言葉をスルーして、夏月は一郎に尋ねた。何度も秋月が一郎の名字を間違えるため、いまひとつ自信がないために、疑問系になってしまった。
「え? わ、私ですか?」
一郎の視線が泳ぎ、言葉に詰まる。
「あー先輩は片言の英語しか話せないっす」
その声に、一郎はジョンへと視線を向けた。
「失礼な! 英語の成績は常にトップでした!」
「あーそっすね。メールの文章は、ちゃんとしてたっす。なのに、会話になると……」
ジョンの言葉に、一郎の肩が震える。
「あと、あれっすよね。頭の中で翻訳してるっすよね? だから会話に付いていけないんすよ。聞き取るのも苦手みたいっすし……」
「うるさい!」
一郎が思わず怒鳴る。そのまま、一郎とジョンは程度の低い言い争いを始めた。秋月は、その用を見てため息を吐いた。
「ぽち! House!」
「はいっす!」
秋月の言葉に、ジョンは手を挙げて返事をした。
「加藤さんも止めてください」
「はい……すみません……。」
二人は言い争いを止め、恐る恐る秋月を見た。とりあえず、この姉のに逆らうのは厳禁なのだ。自国に所属して貰えるかどうかは、すべてこの姉にかかっていると言っても過言ではない。
「あ、それでは行きましょうか? どちらへ行きますか?」
一郎が尋ねる。
「とりあえず、大きな本屋へ」
淡々と秋月が答えた。
「分かりました」
一郎の案内で、二人は車へと向かった。
「……おはよう」
ふいに背後から挨拶を投げかけられた。二人は揃って足を止め振り向いた。そこには、ノンノと爽やかな青年の姿があった。