ウルフの子の正体
「もう、起きてこないんよな?」
漆黒竜の瞳を見るシルファ。
あれだけ執念深く動いたのだから、不安になるのも仕方ない。
アリアも体を触って確かめる。
「脈はない。ちゃんと死んでいるわ。それにしても。」
漆黒竜の死体の写真を撮るアリア。
筋肉を触ったり押したりして感触を確かめる。
そして、その硬さに感心する。
「ここまでの硬さになると、相当の重さになってるでしょうね。そのお陰で、互角に戦えた様なものだわ。」
筋肉が多いと、それだけ動かすのに体力が必要になる。
最後の戦いでは、既に体力が無かった。
だから、グレン達でも対処が出来たのだ。
しかし、それでも硬い皮膚を斬る事が出来るとは思えない。
「でもよ、筋肉の量が減った訳じゃねぇんだろ? なんで、俺達で切れたんだ?」
「そう、あれだけ切れなかったのに、最後は普通に切れたんよ。」
「感触があった。」
最初は全く切れてなかったのに、最後は刃が通っていた。
別に、筋肉がどうこうなったわけではないのにだ。
アリアが説明する。
「推測するに、ドリンクのせいね。痛みを感じない分、肉体のブレーキが壊れたせいで、皮膚が切れるように動きや打ち込む威力が洗練されていったのよ。」
「要するに強くなったって事だな。」
「斬った時の感触を忘れなければね。」
ドリンクが効いている間は痛覚がないので、痛みに対する抵抗がない。
その為、攻撃する度にこれぐらいなら良いか、いやもっと良いかと段々力を解放していったのだ。
それで攻撃が通るように調整されていったのだ。
すると、先程から竜車の通信機でどこかと連絡していたグレンが、竜車から降りてきた。
「今、ギルドマスターに連絡をとった。すぐに来てくれるそうだ。場所を言ったら驚いていたが。」
「そりゃあ、こんな越境線の外で、どんぱちやってたなんて思わないだろ。」
本来なら、越境線は安全エリアの境界を示すもの。
エリクの言う通り、越境線の外にエリアを丸ごと引っ掻き回した元凶がいるなんて普通は思えない。
グレン達だって同じ事だ。
「まぁ、俺達だってセシルがいなければ見つけれ無かっただろうからな。」
「本当、何から何まで今回の立役者なんよ。」
「セシルのお陰。」
元凶を発見して、その上弱らせる。
セシルがいなかったら、ここまで上手くいってたであろうか。
その貢献度は高いだろう。
そこで、セシルがいない事をグレンは思い出す。
「さて、今回の貢献者を迎えにいかないとな、何処にいるか分かればいいんだが。」
「あそこで山から降りようとしているぜ。」
エリクが指をさした先を見ると、セシルがゆっくりと山の崖を下りている。
時々、足場がなくてあわあわしている。
グレンが戦っている間も、下りていたのだろう。
呑気に言うエリクに呆れるグレン。
「助けに行ってやれよ。」
「あそこまでいったら大丈夫かなって。」
気づいた時には、もう下まで来ていたのである。
段々と下に近づいていくセシル。
その姿が樹に隠れた直後、おわーーっ、と言う声と激しい音が聞こえてきた。
「あ、落ちた。」
「大丈夫なのか?」
心配して見ているグレン。
すると、セシルが森から現れた。
お腹にウルフの子を抱えている。
どうやら、抱えたまま下りてきた様だ。
グレンがセシルを迎え入れる。
「よく、帰ってきたな。ん? そのウルフは?」
ウルフの存在に疑問を持つ。
思わぬ存在に驚くのも仕方ない。
慌てて説明するセシル。
「実は、さっき助けたのがついてきてて、追われている時に助けてくれたんです。ハンター失格ですよね。」
ハンターとは、人を襲う物を倒して平穏を守る存在。
それなのに、人を襲う物を助けるのはどうだろうか。
ハンターらしからぬ行いをした事をどうすれば良いか迷っているのだ。
しかし、グレンは気にしていない。
「セシルが選んだ事なら、特にどうするつもりはないさ。」
仲間が選んだ事を尊重するのもリーダーの役目。
そもそも、獣がいるから直ぐに狩ろうとも思っていない。
すると、漆黒竜を見ていたアリアがウルフの子に気づいた。
慌てた様に近づいてくる。
「この子、ウルフの原種じゃない! 初めて見たわっ。」
ウルフの子の頭を撫でるアリア。
手を握って振ったり、お腹を撫でたりしている。
ウルフの子は、気持ち良さそうに受け入れている。
そんなアリアに質問をするセシル。
「原種って何ですか?」
「どこから説明したらいいかしら。えぇと、私達が知っているウルフって灰色が混ざっているわよね? 実はあれ雑種だからなの。」
「雑種って、違う種類で子供を産む事ですよね。」
「そう、その違う遺伝子が混ざりあったせいで色がついたのよ。しかも、段々乱暴になって人を襲い始めた。そのせいもあって本来のウルフは消えていったのよ。」
色がついたもの同士、凶暴なもの同士で子供を作り始めた。
その結果、今いるウルフ以外の種族が混ざっていき一つの種族だけが残った。
その原種の一つが、目の前のウルフの子なのだ。
アリアが説明を続ける。
「時々、一つの先祖の遺伝子だけで産まれた子が確認されているのよ。まぁ、群れからは異物扱いされて追い出され、他の大物に駆られるのが当たり前だから、生きた個体を見たものは誰もいないのだけど。」
「そういえば、こいつ一人だったな。」
ウルフの子が、一人で生きていく事は不可能な世界。
だから、森で助けた時に他のウルフがいなかったのだ。
あのままだと、このウルフの子は命を落としていただろう。
その、ウルフの子は顎下をアリアに撫でられ喜んでいる。
すると、足に傷があるのにアリアが気づく。
「この子、怪我をしているわね。」
「えぇっ、何処ですかっ。」
足を持ったアリアが、泥にまぎれて血が付いているのをセシルに見せた。
毛を掻き分けると、傷口が現れた。
しばらく足を持っていると嫌そうに足を振った。
抵抗せず足を離したアリア。
「深いわね。治療した方が良さそうだけど。」
「歩けなくなるんですか?」
「そんな事はないと思うけど。後遺症が残るかも。可能性だけどね。」
心配させないように言葉を選んで説明するアリア。
この場で治療するには環境が悪い。
しかし、そのためには一つの問題がある。
アリアがセシルに説明する。
「この子は獣よ。都市には入れない。ただ、種族も種族だからエメリナ名義で、研究対象として入れる事は出来る。でも、いつまでも置いておくことは出来ない。自然に返せばいずれ死ぬわ。ただ一つだけ、この子を助ける方法がある。どうする? この子を助ける?」
どんなに珍しかろうと、まだ人類の敵として扱われている。
研究対象として保護しても、研究が終われば自然に返さなくてはならない。
だけど、こんな小さい子が生きれるほど自然は甘くない。
この子がどうなるかはセシル次第。
「どうすれば良いのか分からないです。自分はハンターだし、助けるべきなのか。」
「私はあなたに聞いてるの。ハンターじゃないあなた自身にね。」
助けて、助けられた相手。
愛着が沸くのも当たり前だ。
どうせなら助かって欲しい。
アリアに、質問する。
「どうすれば良いんですか?」
「あなたが面倒を見るのよ。ちゃんとした許可がいるけどね。」
拾った本人が面倒見るのが当たり前。
ウルフの子はセシルの顔を見上げている。
となると、この子の人生も背負う必要がある。
アリアが答える。
「ま、今じゃなくても良いわ。研究の為に連れて帰るからその間に決めてね。先ずは、気休めだけど治療をしなくちゃ。」
猶予が出来た。
アリアと共に、竜車に戻る。
水で傷口を洗うと、布の上に寝かせて包帯をアリアに巻いてもらう。
布の上が気持ちいいのか眠そうだ。
黙って見ていたグレンが問う。
「都市に入れるとなると檻が必要だな。カリネ、良さそうなのはあるか?」
「檻ねぇ、ナイフの入れ物でも被せとく?」
「それしかないか。固定できる物も頼む。」
「ほいほい。壁にでも固定しておくね。」
獣を都市に入れるには、動きを封じる状態でないといけない。
完全に寝たウルフの子の上に、ナイフの籠を置いて固定する。
その様子を眺めるカリネ。
「かわいいねぇ。この子飼うの?」
「セシル次第よ。まぁ、本当に仲間になるなら戦力になるけどね。」
「人の言うことを聞くのか?」
「この子が本当にウルフの原種の遺伝子だけ持っているならね。人を襲い始めたのは、混ざってからって古文書に書いてあるわ。・・・古文書?」
そのまま黙ってしまうアリア。
何か思い付いたのか、考え事をしているようだ。
何も言わないアリアを心配するグレン。
「どうした?」
「古文書。もしかしたら、私達が追っているのも分かるかも。」
「本当か?」
「えぇ。まだ分からないけど、もしかしたら。」
追っている巨大な生き物の事だ。
何か引っ掛かる事があるようだが、アリアは難しい顔をしている。
昔の記憶を手繰り寄せている。
「古文書の専門は、私の教授なの。昔聞いた中で引っ掛かるものがあるような。」
「分からないんだな。」
「ごめんなさい。調べてみないと。エメリナは、何か知っているかしら。」
「終わったら聞いてみよう。」
思わぬところで手懸かりを得た。
調べようと心に決めるアリア。
すると、外から竜車が走る音が聞こえてきた。
誰かが来たようだ。
グレン達の竜車の前で止まると中から誰かが下りてきた。
「すまない。遅れた。」
「代表者はいるか?」
降りてきたのは、騎士団の副団長とギルドマスターだ。
グレンも、竜車から降りて向かう。
二人が来たのは、これからについて話すためだろう。
いつか、番外でセシル一人の話を書きたいなと(願望)。
そのための相棒を探していたら今回の設定を思いつきました。
次回、章のラスト。




