コッペパンの戦い
俺はコッペパン。この世界で唯一のスキル【調味料】を手に入れたパンだ。
この世界は一番美味い奴が一番偉い、パンの王国であり、現在サンドイッチが王の座に君臨している。
次に偉いのがメロンパンであり、その次は焼きそばパンだ。
そして、言うまでもなくこの俺は、最下位だった。
一番美味く無いというレッテルを奴等から貼られてしまったのだ。
俺はそのレッテルを剥がす為に、修行を続け。
遂に今日、【調味料】というスキルを得た。
1日だけ自分の上にジャムやマーガリン、チーズなど色んな食材を乗せる事が出来るスキルだ。
これさえあれば、一番美味く、一番偉い〈パ王〉の座に着ける。
俺はそれを確信し、まず最初に奴の元へと向かった。
「ふっ、焼きそばパン、会いに来てやったぜ。」
俺が言い放ったその言葉に反応し、奴の麺がキラリと光った。
「おっと、丁度いいな……誰もこの頃〈闘パン〉をしねぇって言うから欲求不満だったんだよ。ならよコッペパン……俺の相手をしてもらおうか!!」
奴の背中に乗った焼きそばの豪快なパン気が俺の方へ一直線に飛んできた。
それを合図に〈闘パン〉が始まった。
〈闘パン〉とはパンの旨さの象徴である香り、つまり〈パン気〉をぶつけ合うバトルだ。
〈パン気〉に押し負け、〈パン気〉に侵されてしまった方が負けというバトルだ。
「ふっ、残念だっだな焼きそばパンよ。お前なんぞスキルを使うまでもない。」
修行の成果とは何もスキルを得ただけじゃない。
俺は単純な〈パン気〉だけで焼きそばパンに勝てる程の力を得たからこそ修行と言えるのだ。
「なんだとぉ!?」
奴の放つ焼きそばのパン気が更に強まった。
確かにこいつは強い、1本1本が鍛え抜かれたボディビルダーの筋繊維かと見紛う程の強靭な麺。
そしてその麺に力負けする事のなくまるでサウナビーチに居るピチピチギャルのように黒く輝くそのソースが奴の強さを物語っていた。
こいつの攻めは強い、下手に受けたら今の俺でも一溜りもないだろう。
但し、その分弱点がある。
俺はパン気を受けながら一心に奴のパンの元へと飛び込んだ。
「なにぃっ!?」
奴はまさか俺が馬鹿正直に飛び出して来るとは思わ無かったらしい。
その証拠に麺の一部が飛び上がる程に驚いている。
俺はその隙を見逃す男では無かった。
即座に奴の弱点に向けてパン気を放った。
「う……うぐぉぉぉ!?!?」
そう、奴の弱点は上にある職人顔負けの完璧な焼きそばに力負けしてしまっている。
パンだ。
奴のパンはへにゃへにゃになっている。
まるで風呂上がりかの様にしわしわでソースも中途半端に染み込んでしまっている。
そんな場所に俺の完成された〈パン気〉を受けたら一溜りもない。
俺のボディは木で出来た宝石なのではないかと思わせる程に眩く輝く茶色のボディ。
しかし実はそんな外面よりも恐ろしいのはその中だ。
俺の中にある純白の雪の様に儚い白さを持ったこのボディは最高級の羽毛布団よりもふわふわで、月の兎が作った餅よりも、もちもちしている。
当然そんな俺のボディが放つ〈パン気〉が生易しい物であるはずがない。
芳醇な麦の香りが漂う究極の〈パン気〉、1分で子供が100人は集まる程の代物だ。
そんな俺のボディは一瞬にして奴のパンを〈パン気〉に侵し、戦闘不能にした。
「そんな、そんな馬鹿な……。」
奴は俺に負けた事が信じられない様だ。
それも無理は無いだろう、少し前ならば一瞬で倒していた様な相手だ。
「認めろ、お前の負けだ。」
しかし、いつかは敗北を認めなければならないのだ。
「く……くそぉっ……」
奴の背中からソースが滴っている。
それ程に悔しいのだろう。
俺は最後に一言だけ告げ、去る事にした。
「泣くな。お前の焼きそばは素晴らしかったのだ。その事に誇りを持て。」
これだけは自信を持って言える。
こいつの焼きそばは、凄かった。
「しかし、負けては……何の意味もない。」
「そう思うならば鍛えろ。お前の焼きそばはパンさえ美味ければ、サンドウィッチにさえ勝てる程のポテンシャルを秘めているのだ。」
俺は一種の確信を持って、奴にそう告げ、その場を去った。
後ろで奴のソースを堪える音を聞きながら。
ーーー
さて、次の相手はメロンパンだ。
奴が相手となれば、スキルを使わざるを得ないだろう。
「よぉ、メロンパン。一パンしようぜ。」
これは〈パン闘〉をする時の誘い文句の様なものだった。
こう言われて受けて来ない様な貧弱者はこのパンの王国には居ない。
「良いねぇコッペパン……久しぶりに君にパン気を当てたいと思ってたんだ。」
奴のねちっこい性格とは真反対の爽やかな〈パン気〉が俺のボディを襲った。
爽やかでかつ濃厚なバターの香りが漂うこの強烈なパン気!
しかし奴の真の恐ろしさは持久戦にある。
奴には弱点と言える弱点が殆ど無い。
内側ならば多少は〈パン気〉が通るが、内側にパン気を当てるにはまず奴の外側をどうにかせねばならない。
奴の外側は空に光り輝く太陽よりも神々しい金色の皮によって守られている。
その見目だけでもその強さは計り知れるが、食感も侮りがたい。
奴のあの皮を食べればどんなクッキーにも優るほどの満足感を得られ、即座にサクサクという皮のハーモニーを奏でるだろう。
あまりのその力強さに俺には奴のあの皮になにかの網が掛けられているかのような錯覚を受けた。
「僕の鉄壁の防御はサンドウィッチですら手こずる程……。君には荷が重過ぎるんじゃないかなぁ?」
パン王国の王者サンドウィッチですら手こずる程の代物は確かにきついだろう。
しかし、それぐらいどうにか出来ないのならば端からこんな戦いに挑んではいない。
「スキル【調味料】!」
俺が出す調味料は、アッツアツの油だ。
俺の出したメロンパンの輝きにすら優る黄金の油が俺のボディを揚げていく。
「な……何が起こったんだい?」
メロンパンが困惑した様に俺の方を見た。
困惑するのも無理は無いだろう、突然油が生み出され、更にそれで目の前の敵が揚げられていくのだから。
しかしその困惑している時間が隙なのだ。
俺のボディは既に完全な揚げパンへと昇華していた。
羽毛布団の様に柔らかな白いボディを優しく包み上げていた茶色の宝石ボディはもう居ない。
あの茶色のボディは今やカリッと揚げ上がり、その額に油を滴らせて輝いてる。
「す……少しは強くなったみたいだけどねぇ……。それで僕に勝とうなんて甘過ぎるよ!!」
「ふっ」
俺はつい自分の笑いを抑えきれなかった。
甘過ぎる……か。
「何を笑っている!?」
腹を立てて自分の皮を膨らませながら、奴は〈パン気〉をこちらに飛ばしてきた。
しかしそれも最後の調味料で片が付く。
「これで終わりだメロンパン!スキル【調味料】!」
俺が次に出した【調味料】は。
桃源郷の砂である、きなこだ。
俺のカリッと揚げ上がったボディにきなこが掛かる。
俺のボディときなこはまるでパズルの最後のピースの様に奇妙に噛み合い、絶妙な甘さとそのサクサク感を生み出していた。
「お前の言う通りだメロンパン、これは確かに……甘過ぎるな。」
俺は奴へと〈パン気〉を飛ばした。
如何に奴の隙がないボディとはいえ、俺のこの甘く、そして力強いこの〈パン気〉を喰らえばひとたまりもない。
何せこいつは嗅ぐだけでご飯……いや、パン10杯は行けるような代物だからな。
「ア……アァァァァァ!?!?」
奴のボディは〈パン気〉に侵され、戦闘不能になった。
「じゃぁなメロンパン、そこでサンドイッチが〈パン王〉の座を降りる瞬間を、見ておくんだな。」
俺は既に気を失った奴にそれだけを告げ、その場を去った。
ーーー
次の日、体調も万全で、元の茶色の宝石ボディに戻った俺は、早速サンドイッチの元へと向かった。
「フハハハハ!!驚いたぞコッペパン……まさか一番弱いと思っていた貴様が今や余の元まで辿り着く程の〈パン闘家〉になるとはな。」
奴の体の中に潜むレタスが小刻みに震えている。
心の底から噴き出る闘争心と、その対象が俺だと言う滑稽さに笑いが止まらないらしい。
「ふっ、よせよ。褒めても何も出ないぜ?」
それは俺も同じだった。
改めて奴の強さを目の当たりにすると、自分の中にある闘争心を抑え切れぬ程だった。
「しかし、お前は余には勝てんよ。」
次の瞬間には奴のパン気がこちらに襲ってきた。
奴の全くの隙がないボディと、どんな相手も一瞬で倒す究極の具材が生み出す最強の〈パン気〉それは今まで戦ったどの相手よりも圧倒的な強さを持ったパン気だった。
しかし、それだけではない。
「貴様、強くなったのか!?」
奴の〈パン気〉は一段と鋭くなっている。
1つの板の様に、形が整えられていて、尚且ふわふわと具材を包み込む、まるで運命の恋人かのように白いボディ。
少しの無駄も無いルビーのように赤く輝くトマト。
地平線の彼方まで続く大草原を連想させるかの様なレタス。
更には1枚の布の様でいて、それでいて力強いハム。
そして、一見目に映らないが、その全てを引き立たせている、黄金の天使の涙、マヨネーズ。
その全てが以前よりも鋭い〈パン気〉を放っているのだ。
まさか、ここまで強くなっているとは。
俺は自分の白ボディが縮んで行くのを感じた。
「当たり前だ。常に高みを目指す者でなければ〈パン王〉は成り立たん!!」
奴が〈パン王〉である理由に納得が行った。
こうなっては完全にこちらが不利だ、心なしか奴のボディに後光が差しているようにすら見える。
「余の〈パン気〉に侵されるが良いわ!!コッペパン!!」
奴の〈パン気〉が俺の方へ飛んでくる。
敗北を認めようと思ったその瞬間。
俺の前に何かが立ちはだかった。
「ぐぉぉぉっ!?」
俺の視界に黒く輝く逞しき麺が映っていた。
これは、間違いない……。
焼きそばパンだ!!
「何故だ!何故だ焼きそばパン!!」
何故こいつは俺をかばったんだ。
何故脆いパンの方で奴の〈パン気〉を受けたんだ!?
「へへっ……どんな状況でもこいつだけは〈パン気〉に侵す訳には行かねぇからよ。」
何故だ。
その理由を聞こうとする俺を止めるように、焼きそばパンが口を開いた。
「おめぇ言ってたよなコッペパン!!俺の焼きそばは、下のパンさえ良ければ、サンドイッチにさえ勝てる素質があるって!!」
「あぁ。」
それは間違いない。
今のあいつが相手でもそれだけは変わらないだろう。
「なら、証明してくれ……。お前の手で、俺の焼きそばがサンドイッチに勝てるって事を!!」
奴の言葉は、奴のしわしわだったパンがピンと張るほどに力が入っていた。
そこでようやく合点が行ったのだ。
こいつは俺に焼きそばを渡すつもりなのだと。
「コッペパン、お前は誰もが認める最高のパンだ!!そんなお前なら、この焼きそばを任せられる!!」
「しかし、それが無くなればお前は!!」
俺の静止を聞かず、焼きそばパンは叫んだ。
「頼むコッペパン!!!こいつはずっと俺を支えてくれた最高の麺だ!!俺はどうなってもいい、だから、こいつには勝たせてやりてぇんだよ!!」
俺の萎縮していた白ボディを再び膨らませる程の奴の魂の叫び。
もう俺には、焼きそばパンを止める事は出来なかった。
「……任せておけ焼きそばパン、お前の焼きそばで、奴を倒す。」
俺は焼きそばパンから焼きそばを受け取った。
俺の〈パン気〉が数倍に膨れ上がる感覚と同時に、焼きそばパンのパン気が殆ど消え失せてしまった。
「じゃあな、コッペパン、次に会った時は、また〈パン闘〉しようぜ。」
奴はそう告げ、その場を去っていった。
「あぁ、その時を、楽しみにしておこう。」
俺は滴るソースを抑えながら、奴の背中に向けて、そう言い放った。
「感動の別れは済んだかぁ?コッペパン!」
奴が待ちわびていたかのように〈パン気〉を放った。
「あぁ、待たせたな。お前を倒す準備が出来た。」
その〈パン気〉は俺にはまるで効かなかった。
先程まであんなに恐ろしかった〈パン気〉をまともに受けれるようになる程に、俺のボディが強くなった事が分かった。
今や俺のボディはあの焼きそばのソースが満遍なく染み込んでいる。
かと言ってしわしわになる事も、不味くなることもない。
白のボディと黒のソース、一見反発し合っているこの2つが見事に手を合わせた結果、俺の〈パン気〉は極限の領域にまで達していた。
「ぐおぉぉぉ!!!なんだ、なんだこの〈パン気〉は!?」
奴は驚愕のあまり、トマトから汁を噴き出していた。
このままでも勝てる事は間違いなかった。
しかし、俺は〈パン王〉になるパンとして、更に高みを目指す。
「スキル【調味料】!」
ここまで完成された焼きそばパンの美味みを更に引き立たせる究極の素材。
大海原の神秘、青のりだ。
俺が焼きそばに青のりを振り掛けた瞬間。
爆発的に〈パン気〉が鋭くなった。
「な……なぁ!?」
奴のボディは既に戦闘不能になっていた。
どころか、俺の〈パン気〉に当てられ、中からマヨネーズを垂らしていた。
「ば、馬鹿な……。この余が涎など……!!!」
「もう勝負は決した様な物だろう?今日から〈パン王〉の座は俺が貰う。」
「ぐ……うぅ……。」
既に奴には俺に反対出来る程の〈パン気〉は残っていなかった。
奴は悔しげに、ハムを握りしめていた。
ーーー
こうして……この日、新たなパン王が誕生した。
彼は一生を終えるまで、自分の焼きそばとそのボディを磨き続け、〈パン王〉の座に君臨していた。
そして、その史上最強の〈パン王〉がライバルと認める。
ただ1つのソースに濡れたパンが居るという話だった。
【おしまい】