08、素村
私のお腹のモニター。
カードがコミカルにくるくる回っている。
何?何をひく?
命懸け……
本当に死ぬ人狼ゲーム……
い、いや……
嫌だ!!
私、人狼なんか……絶対引きたくない!!
スロットのスピードが緩んでいく。
目を細め映像を遮断しようとしてしまう。
なっ、馬鹿か!私は!
ちゃんと見ろ!
自分の、運命を!
瞼の隙間から、覗く。
スロットはもう止まっていた。
そこには……
雛「……あ」
くわを持った可愛らしい青年のイラスト。
“柊雛さん、あなたは【村人】です”
そう、書いていた。
雛「……はあぁぁ」
肺の空気を全部捨てた。
よかった……とりあえず人狼ではなかった。本当によかった。
さらに役職ですらない。
役職なら、今度は人狼に狙われるリスクが伴う。
それですらない。つまり完璧なカードを引けたんだ。
生存率の最も高いカード。
何故か涙が流れそうになる。
そんな目で、ふと周りを見渡す。
閏悟「……」
桜真「……」
満月「……」
何て冷たい不信の目だろう。
透視を疑う客ですら、ここまでの冷たさはない。
敵なら、喰い殺す。そんな瞳。
気がつけば、私の体は震えていた。
仁一郎「次は月影桜真」
隣の桜真の番。
そ、そうだ!私もしっかり見ておかないと。
そう!人狼を見破ることが私の仕事なのだから!
桜真のモニターが光る。
桜真「………………そうか」
ただ一言。とても落ち着いていた。
私は村人でもあそこまで焦ってしまった。
常日頃から嘘をついていないと、ここまでの落ち着きは見せられないと確信出来る。
つまり人狼では、なさそうだと感じた。
仁一郎「次。片桐兎摘だな」
長い黒髪がモニターに届く。
黒髪に巻きつかれたモニターが運命を写す。
兎摘「……ああ……ひ、ひひ」
笑った?何故?
人狼ではなかったから?
いや、人狼だったから?
その役職を嬉しいと感じたということか?
仁一郎「次は、片桐美雨」
美雨「え?あの、ごめん、言っていい?
これさ……」
何を?話してる最中にモニターが光る。
美雨が口を動かしながら、目線だけ下へ。
美雨「え?ドッキリでしょ?こういうのって。違うの?
あの……空気読めなくて申し訳ないけど、本当に死ぬわけないでしょ。
使用人の死体も偽物とかでさ」
一応見た、という感じ。
言ってることは本心なのか、願望なのか?
どちらかと言うと本心に見える。
だから役職確認も、デスゲームへの本腰の入り方ではない。
……これはこれで厄介だぞ。
仁一郎「次は、笹川星彦」
次は口の悪いホスト野郎。
きついつり目がモニターを睨む。
星彦「……」
何も言わなかったが、目の下が僅かにぴくついた。
嫌悪のしるしだ。人狼だったからか?
とにかく、役職が気に入らなかったということでいいのだろうか。
仁一郎「晩花火……次いくぞ」
花火が姿勢を整える。
そして腹元が光る。
花火「……はあ……よかったぁ」
胸を撫で下ろしている。
この反応、私と一番近い。
……多分、村人だ。
いくらなんでもこんな人狼いないだろう。
仁一郎「次は赤村満月」
満月。最初にゲームに乗ったやつ。
モニターが青白く光る。
赤村満月「……」
無表情。静止画でも見てるように、表情に何の変化もなかった。
つまりノーヒントだ。
……まずい。
確率的にもう2匹くらいは人狼を引いたやつがいたはずなのに、まるで特定まで至らない。
仁一郎「次は月影霊時だ」
次は反抗的だった隠し子か。
私は霊時に目を向ける。
そして衝撃を受けることになる。
霊時「黙れ、くそやろうども」
両手でモニターを覆っている。
そのせいで、モニターの青白い光すら見えない。
霊時「何が人狼ゲーム!何が役職だ!
俺はやるなんて言ってねえ!」
花火「はあ?何してんのあんた!
見なさいよ!」
霊時「うるせえ!何が命懸けのゲームだ!」
今頃、役職が映っているはずだ。なのに……
霊時「俺は絶対に!そんなもんやらねぇからな!!」
時間的に、もう役職表示は消えてしまっているだろう。
まじか。
こいつ、見なかった!
こんなのきっと許されない……
“仕方ない。残念じゃが全員葬ろう”
あの言葉を思い出し、冷や汗が出る。
私はゲームマスターに視線を送る。
仁一郎「ふん……まあよかろう」
しかしお父様は笑っていた。
仁一朗「霊時……言うならお前は、戦場で記憶を失った裸の兵じゃ。
誰が味方で誰が敵か。自分すらもわからない。
這いまわる姿を見てみるのも悪くない」
父は黙認した。止める気はないのか。
とりあえずは助かった。
とはいえ……とはいえだ!
冗談じゃない。
自分の役職を知らない、相手。
白か黒か判別不能。
こいつが人狼なら、どうやって暴けばいいんだ?
仁一郎「次、源夢咲士」
悩んでいる暇などない。
1秒でも多くヒントを拾うんだ。
青白い光が灯る。
夢咲士「ふん、これぞ我がちからか」
頭を抱えて笑っている。
こんな時でもキャラが崩れないとは恐れ入ったよ。
役職以前に、真の中二病のようだ。
仁一郎「そして、柊舞雪」
舞雪か……
舞雪「お、お姉ちゃん……」
舞雪は羊のぬいぐるみをきつく抱きしめ震えている。
……。
もしだが、もし舞雪が人狼側なら、どうする?
そりゃ勿論、家族とは一緒に帰りたい。
そうは思っているが……
舞雪「私のせいなの」
雛「え?」
舞雪「きっと……私が“みんな死ねばいい”なんて言ったから……」
モニターが光っている。
舞雪は涙目でこちらを見ているままだ。
まずい!
雛「舞雪!いいから!
見なさい!役職を!」
あんたまで判別不能など冗談じゃない。
舞雪は泣きながらも、恐る恐る目を下ろす。
舞雪「……?」
画面を見て、そのまま深く覗き込んだ。
何だ?この反応。二度見した。
何か……引いたか?
再び目が合う。
舞雪……
……そう。
人狼なら……もう、この子も……
殺すしかない!
さきほど驚いた周りからの冷たい目。
今、逆に私があんな目を妹に向けているのかもしれない。
仁一郎「最後は、怪盗ななし」
ななし「はい!よろしくー」
仮面の男は、誰よりも嬉々と画面を覗く。
呼応するようにモニターが光る。
ただこいつは仮面をつけている。表情など読めやしない。
ななし「……なるほど、人狼か」
……は?今、なんて?
こいつ何言ってんだ?
もし人狼ならとんでもない悪手。
さらに人狼でなくとも、自分に疑いが向く。
百害あって一利ない発言だ。
こいつ……何がしたいんだ?
仁一郎「全員の役職が決まったな。
ではいよいよゲームを始めよう」
突如、部屋中に鶏の声が響く。
朝を連想させる。
仁一郎「ここは山奥にある13人が住む小さな村。そんな平和な村に、人に化け夜に人を喰らう人狼が紛れ込んだ。
どうやらこの村には、
村人が6人
占い師が1人
霊能者が1人
騎士が1人
狂人が1人
人狼が3人
いるようだ。
村民会議を開き、多数決で人狼だと思う人を1人処刑するのだ。
村民会議の時間は30分。
生存者は現在、初日、閏悟、雛、桜真、兎摘、美雨、星彦、花火、満月、霊時、夢咲士、舞雪、ななしの13人。
それでは議論始め!」
ゴーンゴーンと鐘の音が部屋中に轟いた。
開始の合図が鳴る。
円卓の中心にあったディスプレイが時計を表示する。
時計は、30分から秒単位のカウントダウンを始める。
ついに……始まった。
命懸けの人狼ゲーム。
どこかに3匹の人狼がいる……どう探すべきか。
私が迷っている中、口を開いたのは意外な人物だった。
星彦「おい。待て。
やるとしても、何を話せばいいんだ?
隣のやつですら画面は見えなかったぞ」
星彦がイライラした表情で聞いてくる。
花火「あー……あんた人狼ゲーム初めてなの?」
星彦「ん?ああ。おめえらはあるのかよ?」
花火「ちなみに他に経験のない人いる?
初心者は疑うとかないから、情報がてら教えてもらえない?」
閏悟「……」
兄が静かに手をあげる。
霊時「……俺も、ない」
こちらもイライラした様子で教えてくれた。
つまり、星彦、閏悟、霊時が初心者ということ。
これは大切な情報だ。
初心者か。遊びのゲーム時には優遇されることも多い。どう考えればいい?
美雨「んー、でも確かに人狼ゲームの1日目って、ヒントがなさすぎて人狼を吊れる確率は低いって言うしねー」
顎に人差し指を乗せる美雨。
こいつはまだドッキリだと思ってるのか?
初日「あ、せや!なら占い師にカミングアウトしてもろたらええやん!」
花火「え?いきなりすぎない?」
初日「せやかて、今回のルールなら占い師はんは配役の段階で、人狼やない人を1人知ってるんやで?
カミングアウトしてもろて、人狼やない人を教えてもろたら、容疑者は11人になる。
11分の3なら当てられる確率ちょっと上がるやん!」
初日は意気揚々と言う。
しかし、おそらくそれは叶わない。
もう1つのルールがあるからだ。
夢咲士「騎士の連続ガード禁止」
初日「へ?」
夢咲士「忘れたか?騎士の連続ガードは禁止されている。
もし占い師が今カミングアウトした場合、今日は騎士に守られても、明日必ず人狼に殺される。
ふふ、カミングアウトしていいわけないだろう」
兎摘「で、でもそれなら占い師はいつカミングアウトするべきなのよ?
最初に殺されたりしたら元も子もないじゃない」
夢咲士「……そう。少なくとも2日目。明日だ。
初めから白と知ってた人間と、一夜の占い結果がある段階が妥協点だろうな」
舞雪「つ、つまり占い師は今日はカミングアウトなしで生き残れってこと?
投票で吊られても駄目。夜に人狼に殺されても駄目ってこと?」
花火「いや、占い師だけじゃなく霊能者もよ。霊能者こそ明日にならないと情報はない。
カミングアウトのタイミングは明日以降。間違えないでね」
花火の語尾につい、うんうんと頷いてしまう。
しかし他人事で申し訳ないが、占い師と霊能者を引いた者は気の毒だ。
私が占い師ならカミングアウトなんて出来るだろうか。
人狼から狙われる上に、騎士の護衛保証は一夜限り。積極的なカミングアウトなど出来るはずもない。
逆に言えば、占い師と霊能者に正しくカミングアウトさせ情報を貰うこと。これが私のような村人に求められることだ。
星彦「わかった。最初から占い師と霊能者を出さないことはな。さらに騎士も自分を守れないから、名乗ってはいけないことも何となく悟った。
しかしこうなっては、人狼3匹を探しようがないと思うが」
確かに。どう進めればいい?
桜真「さて……」
桜真が腕を組み直す。最も遺産に近いと言われた者。
ようやく口を開いたか。何て言う?
桜真「情報がないわけではない。
配役の反応だ。配役時の反応は十人十色。怪しかった者を共有すればいい。
生き死にの場面で人狼を引いたものは何かしら仕草に出ると信じよう」
なるほど。むしろ今はそこから切り込むしかないわけだ。
桜真「言い出した俺から言おうか。
俺が人間だと感じたのは、片桐美雨、晩花火、怪盗ななしの3人だった」
……なるほど。何となくわかる。
役職確認前後で態度差のなかった美雨。
安堵の大きかった花火。
確かに人狼っぽくはない。私もそう思った。
しかし、ななしは違う。
むしろこいつは自ら人狼と言ったんだぞ?何故白い?
夢咲士「ほう。美雨と花火は同意してやろう。
ただ仮面は、人狼を引いたと狂言していたはずだが?」
花火「ななし……さん。
ウチもあれは何かしらの意図があると感じてる。
……教えてもらえないかな?」
今気付いたが、花火の口調が柔らかくなっている。
こいつは人の罪を聴きこむ仕事だからか。本領に関心した。
ななし「別に?ノリみたいなもんだよ。退屈しそうだったから」
花火「退屈?」
ななし「僕さー、人狼ゲームの1日目って好きじゃないんだー。
なーんか進行の話ばっかりでさー。準備体操みたい」
それに対しななしは、どこから出したのかトランプで遊んでいた。
ななし「僕からすれば当たり前のことを認識共有してるだけで退屈なんだよねー。
だから終わったら適当に投票して誰か殺しなよ。君らなんかに、人狼を当てられると期待してないけどさー」
初日「お前……えらく他人事やん?
桜真は怪しんでないらしいけど、はっきり言うけどワイはお前のこと怪しんでるで?
人狼が、人狼を引いたなんて言うはずない。
それをあえてやったんかとワイは思ったからな」
どうなんだろうか。私は口に手を添える。
人狼なら悪目立ちする意味はない。
デメリットの方が高い気がするが。
初日「同意見の人はお前に票を重ねるかもせんで。
な、みんな!今後しっかり議論出来るように、こいつ1日目に排除しとかへんか?」
初日はななしを煙たがっているように見える。
まあ何をするかわからない奴ではあるし当然ではある。
ななし「無駄だよ」
初日「……無駄?」
ななし「うん無駄!そんな意見。
まあアホどもにはっきり教えておいてあげるよ」
どういう意味だ?
ななし「予言してあげる!
今日、僕には1票も入らないよ」
白い仮面が不敵に笑ったように感じた。
何だその自信……
花火「まさか占い師……だからとか?」
ななし「え?違うよ、僕。
僕、本当は村人だもん。今後僕がカミングアウトしたら嘘と思って投票してくれてもいいくらいだけど?」
舞雪「え?じゃあどういう意味?
何で、誰からも入らないなんて断言出来るの?」
ななし「まあ気が向いたら教えてあげるー」
またトランプを触り出す。
票を貰う時は、誰だって不本意だ。
それでも疑われるから票を入れられる。それが人狼ゲームだ。
自分に入れられる票のコントロールなど出来たらこのゲームは成立しない。
なんなんだこいつ。適当なことを言ってるようにしか見えない。
桜真「……話を戻してもいいか?」
桜真が手を挙げた。
花火「どうぞ」
桜真「兄貴とは意見が違うが、俺は怪盗ななしは人狼ではないと思う。こいつは本当は計算高い奴だ。人狼カミングアウトなどデメリットの方が遥かに大きいことは熟知してるだろう」
そう、私もそう思っていた!
桜真が言ってくれると説得力が違う。
桜真「人間だと思うのが、今挙げた3人として。
逆に俺が人狼かもと疑っているのは……」
身を乗り出す。桜真が村人チームなら非常に頼りになる。
是非伺いたい。
桜真「源夢咲士、柊舞雪……そして柊雛だ」
雛「……え?」
桜真に指をさされた。
乗り出した身のまま硬直してしまう。
それくらい驚いた。
1日目、昼のターン
01、月影初日
02、柊閏悟
03、柊雛
04、月影桜真
05、片桐兎摘
06、片桐美雨
07、笹川星彦
08、晩花火
09、赤村満月
10、月影霊時
11、源夢咲士
12、柊舞雪
13、怪盗ななし
全員生存。残り13人
「始まったね」
「ああ」
「誰が生き残ると思う?」
「……まあ本命はココだな」
「あー、やっぱり?」
「ああ、まさか参加者達も“幽劇団”が紛れてるとは思いもしないだろうからな」