05、遺産相続者(十)
「げほ、ごほ」
自分の部屋。俺は布団の中で咳き込んだ。
はあ、まさかこの俺が風邪で早退とはな。
視界に入るマスクがうっとうしい。
ピンクの花柄だからだ。
今朝、教室で高熱が出た時に“お節介のクラスメイト”につけられたものだ。
すぐに外してやろうとしたが、今日は外しちゃ駄目と言われ、泣く泣くこのまま帰って来た。
「もう、22時か。明日学校行けるかな」
時計を見た際に、机に乗っている黒い招待状が目に入った。
……ああ。これ今日なのに、結局無視しちゃったな。
申し訳ない。
“第十子、月影霊時様へ”
これが俺の本当の名前らしい。
……数日前に親から呼び出され、話された。
俺は本当の子じゃないこと。
本当の母は、親戚としてたまに遊びに来ていた夕子おばさんだったこと。
夕子おばさんはもう亡くなっているが、俺には月影仁一郎の息子として30億の遺産を相続する権利があること。
「行きたかったら行っていい。
お前の人生だ。お前が決めるべきだ。
むしろ、今日まで黙っていて本当にすまなかった」
親に頭を下げられたのは初めてだった。
招待状の消印はもっと前。きっと2人は相当悩んだみたいだ。理由は察した。
“嘘をつくな”
俺が両親から教えてもらったことだ。
でも嘘をついてたのは、そっちじゃないか!
俺は2人の子供じゃないことなど疑ったことすらなかったのに。
だから、今朝。
俺は招待状を手にとり、書かれている遠いところへ向かおうとした。
嘘の人生を捨ててやるつもりで。
だが……
俺は……
やっぱり……
俺は気がつけば、学校に通っていた。
……俺の親はやっぱりあの2人だから。
俺は、今の人生を選んだ。
気負い過ぎたのが原因で、熱が出たのかもしれないな。
結局、早退しちゃったし。かっこわりい。
「あー早くサッカーしてえなー」
そこで、ベッドで一緒に寝ていたスマホが振動する。
「誰?」
みきちゃんだった。
つい最近、公式戦の会場で連絡先を聞かれた他校の女の子。
17歳で1つ年上の高校2年生。あれから毎日連絡を取り合う関係になっていた。
俺は中身も確認する。
“風邪引いちゃったんだね。風邪に効くアイテム色々集めてみたから、少しだけ会えない?実は家の外の公園までもう来ちゃってまーす”
「うえ!まじで!何考えてんの!」
急いでカーテンを持ち上げ、2階から公園を見下ろす。
暗闇の中、制服姿の女の子が待ってたかのように手を振っていた。
「まじか!」
行くしかないよな。ここまで来てくれたわけだし。まあ、ちょっとだけなら。
テレビの前に置いていたメガネを手に取る。
そして鏡の前に立つ。
「うわ、マスクどうしよ」
ピンクの花柄。外そうとする。
しかし、思い出す。
今日は外しちゃ駄目、という友達の言葉を。
「はあ……」
俺はメガネとピンクのマスク、グレーのパーカーを羽織り家を出た。
公園に行くとみきちゃんの姿はなかった。
あれ?おかしいな。
さっきいたのに。
公園をぐるっと一周歩く。
遊具、ベンチ、池。
どこにも誰一人見当たらない。
「おかしいなー、ふざけてんのかな?もう。
……うぅ、やばい。寒気してきた」
両肩を抱く。
すると後ろから声を浴びされる。
「わ!」
「う、うわ!」
びっくりしてすぐ振り向く。
そこにはみきちゃんがいて安心する。
よく似合う黒髪ロング。
制服もうちの高校より可愛い。
「びっくりしたー」
「あはは、ごめんね。
あれ?可愛いマスク!」
やっぱりいじられるか。
「これ、クラスメイトにもらったやつだから」
「ふーん、それ女の子だよね?」
「……」
何も言えず顔を背ける。なぜかきまずい。
「あ、あの、俺まだ治ってないから、みきちゃんに風邪うつす前にさ」
ふいに手を握られる。
「ねえ、何でわざわざ来たのか本当にわからないの?」
顔が近づく。
心臓の高鳴りがどんどん大きくなる。
みきちゃんに聞こえてしまうんじゃないかというくらいに。
「な、何で?え?何……で?」
「本当にわからないの?」
「……」
「私、出会った頃から……あなたのこと……」
ああ、これってもしかして……
期待に胸が踊る。
ついに、俺にも……
「お、俺のこと……何?」
ニコッと笑いかけられる。
「人狼ゲームに参加してもらおうと思っていたの」
チクっと握られていた手に痛みが走った。
「いっ……」
手を引っ込めるより前に、俺は強烈な眠気に襲われ地面に吸い寄せられた。
え?何で?みきちゃん……
俺に、何したの?
「ごめんね、実はみきって本名じゃないんだ」
倒れた俺。顔を覗き込まれる。
相手の声は、偽名を使うことが初めてではないような慣れた口調だった。
今日は綺麗な満月。真ん丸な月をバックにした黒髪ロング。
俺は場違いにも、とても美しいと思ってしまう。
「でも私はあなたの本名、知ってるよ?
ねえ、月影霊時くん」
え?何で知ってんの?
みきちゃん……あんた何者だ?
消えゆく意識の中、みきちゃんではない誰かは、スマホを取り出したのを見た。
「No.10、月影霊時。
無事捕獲。これで全員だね」
誰と、通話してるの?
「うん、すぐ連れて行く。うん。
……じゃあまた後でね、灰ちゃん」
そこで俺の思考はブラックアウトした。
月影仁一郎の子息(遺産相続候補者)
01、月影初日………雀士
02、柊閏悟…………カウンセラー
03、柊雛……………透視能力者
04、月影桜真………推理作家
05、片桐兎摘………自殺サイト管理人
06、片桐美雨………弁護士
07、笹川星彦………ホスト
08、晩花火…………宗教家
09、赤村満月………元未成年殺人犯
10、月影霊時………隠し子
11、源夢咲士………ゲーム実況者
12、柊舞雪…………人形演劇部