02、遺産相続者(五、六、八、十一)
円卓に用意されている椅子は12脚。
集合時間はまだだというのに、現在8人が座り終えていた。
雛「……」
私は円卓の外を見渡す。
部屋の隅にはボディガードのような男が目を光らせており、父の主治医らしき女医と話をしている。
「どうぞごゆっくり」
可愛らしいメイドが円卓にドリンクやお菓子を運んできてくれた。
しかし、全く手をつける気にはならない。
「お父様や他のご兄弟が到着されるまで、どうぞご歓談をお楽しみ下さい」
オールバックの執事からは、そう促されるが……
「………………」
誰もまともに会話などしなかった。私もノートパソコンで仕事をしてはいるが、気まずさからは逃れられない。
まあ当然ではある。我々は腹違いの血縁と言えど、もともと会う機会もなかったんだ。
遺産相続の場で仲良く話せるわけない。
そんなこと全員わかっている。
しかし、沈黙に耐えたかねたのか1人が口を開いた。
「っふふ……てかさ、こんなにいるんだ?お父様の子供って。
ウチ、ちょっとひいてんだけど。お盛んなお父様にさ」
ウェーブがかかった金髪に、化粧の目立つ女。
さっきまで通話をしていたマナーの悪そうなギャル。
面々を眺めて、しししと笑っていた。
「あ、急にごめんね。ウチは晩花火。23歳。
お父様の第八子にあたりまーす」
そう書かれた招待状をひらひらと舞わせている。
雛「晩花火……へえ、意外」
花火「え?お姉さん、ウチのこと知ってるの?」
雛「ええ。あなた宗教家でしょ?
“母の待つ家”っていう宗派の」
花火が意外そうに目を丸くする。
舞雪「……宗教家って何?」
花火「あーまあシスターみたいなイメージだよ!
罪悪感を持った人々の懺悔を聞くのがウチの仕事」
花火は顔の前で手のひらを組んで見せた。
みんな少なからず驚いている。そりゃそうだろう、こんなチャラチャラしたシスター見たことないからだ。
人は見た目によらないものだ。
花火「でも何でわかったの?メガネのお姉さん」
不思議そうな顔を向けてくる。私は一息溜めて言い放つ。
雛「私は、第三子の柊雛。透視能力者なの」
再度、円卓にどよめく声
こういうのは慣れっこだ。
花火「は?……ぷっ、いやいや!
透視って!それはいくらなんでも盛り過ぎでしょー」
雛「職業としては占い師が近いかな。
人の過去と未来を言い当てることが出来るわ」
花火「ああー……そっち系ね」
花火が鼻で笑いながら頷く。明らかに小馬鹿にした言い方。
私は信じてない奴には容赦しない。
雛「聖愛女子学園……ね」
花火「……え?」
雛「あなたの母校でしょ?
結構有名なお嬢様女子高じゃない。しかもあなた一期生みたいね?綺麗な校舎に清楚な学友達。楽しそうな高校生活じゃない」
花火は硬直した。笑顔が消えていた。
雛「なのに何で中退したのか……
その理由も視えてるけど、話そうか?」
花火「あ……いや……いい。ごめんなさい」
花火の表情はもはや恐怖に包まれていた。
シンとする。私を警戒する空気。
私は少し満足した。
雛「で、この子は第十二子の柊舞雪。私の妹で中学2年生よ」
舞雪は小さく頷いた。
雛「と、まあ言ったけど……せっかくだし、みんな自己紹介しない?ちなみにここには月影本家の兄弟はまだいないわ」
みんな愛人の子供だということも視えていた。
雛「だからそんなに敵視しなくていいと思うの」
ただこれは建前。他の兄弟の情報は少しでもほしい。
「なるほど。まだ呪われた“月影”の純血は来ていないということか。くっくっくっく」
ボロボロの王冠とマント。さらにゴツゴツした眼帯をかけた少年が得意げに笑う。
「まあその半分が流れている貴様らにも油断はしない。俺様の第三の目は既に貴様らをとらえているからせいぜい気をつけろ」
花火「あの……きみは?」
「よかろう。俺様の正体を知りたいようだな。
俺様は、ここ人間界へ異世界転生してきた魔王ベルフェゴールだ!
ゆくゆくは人間界を征服する魔界四天王が一角!」
少年は手のひらで顔を覆う。
そして時が凍り付いたような沈黙が訪れる。
花火「…………え?」
見てられなくなり、私が補足する。
雛「この子は、源夢咲士くん。
14歳の中学2年生。第十一子だよね?」
夢咲士「ふん!それはこの仮の姿の名だ」
何で言うんだよ?と言わんばかりに私をじっと睨みつける彼。
ちょっと可愛らしい。
花火「そ、それにしても変わった子だね。こんな子がいたんだ」
雛「でもバカには出来ないみたいよ。この子も相当有名人だから」
舞雪「有名人?」
雛「そう、この子の本職はゲーム実況の動画配信。
チャンネル登録者は、10万人を超えてるの」
私はノートパソコンの画面をみんなに見せる。
彼のチャンネルを映してある。
舞雪「10万人?有名配信者じゃん!」
夢咲士「第三の目を使えば、人間の洗脳など容易いものよ」
いちいちうるせーな中二病が。
ただチラッと動画を閲覧したが、基本的にこのキャラは崩れないようだ。
彼はゲームが上手な実況者ではなく、むしろ下手くそだ。視聴者は、魔王のくせにRPGの最初の村ですら苦戦してる様子がどうやら可笑しいようで、コメント欄は彼のミスを煽るものばかり。
あまりに下らなくてすぐ閉じてしまったが。
舞雪「ね、ねえ」
夢咲士「……何だ?」
舞雪「月影家は呪われた血って、どういうこと?」
夢咲士「貴様……何も知らずここへ来たのか?」
舞雪「え?」
「……今から16年前のことよ」
ぼさぼさの黒髪に顔が隠れた女。幽霊のような女が話し始める。怪談のような口調だった。
「ここ月影の館に、ファンからの贈り物が届いたの。
血の匂いがするその段ボールの中には……」
舞雪「……」
「子宮を引きづりだされた犬の死体が入っていた……」
舞雪「ひっ」
ホラー口調もあいまって、舞雪は泣きそうな顔になる。
舞雪「だ、誰がそんなひどいこと……」
雛「ねえ、あんまりうちの妹を脅かさないでくれる?
第五子の片桐兎摘さん。あなたも24歳か」
黒髪の間から覗く瞳に睨まれる。
兎摘「透視?ふん、気味の悪い女」
雛「あなたにだけは言われたくないわ。自殺サイトの管理人なんていい趣味してるじゃないの」
花火「え?自殺サイト?」
兎摘「そうよ。私が立ち上げた“私だけがいない世界”ってサイト。ここでは生きることに疲れた人へ、その人に合った自殺方法をおすすめしてるのよ」
何て悪趣味なサイトだ。
兎摘「この館の近くにもね……私のお気に入りの自殺スポットがあるの。
“群狼岬”って言ってね。その崖から海に飛び降りると死体が浮かんで来ない……
死んだことを知られたくない人には、とっても使いやすくて人気なのよ。ふふふ」
「あ、お姉ちゃん。多分誰も興味ないと思うから話変えていい?」
横に座る童顔のスーツ女が遮った。襟のバッジが光る。
夢咲士「お姉ちゃん……だと?」
「うん、うちのお姉ちゃんがごめんなさい。
私は片桐美雨。弁護士です。
あと、兎摘お姉ちゃんとは一卵性の双子です」
一卵性の双子にしては、えらい差が出たな。
兎摘「ちっ」
兎摘は爪を噛む。話し始める自分の妹を睨んでいる。
どこの兄弟も、仲が悪いんだなと察してしまう。
美雨「あと、その中二病くんが言いたかった呪われてるって話は、月影桜真誘拐事件のことじゃない?」
舞雪「え、な、何それ」
美雨「あの。私、ちょうどあの事件調べてたんだけど……
今から4年前のある日、小説家として本を書き始めた月影桜真がこの館の自室から姿を消したの。
自室には人が侵入した形跡と争った痕跡が残っていた」
舞雪「ゆ、誘拐されたってこと?」
美雨「うん。そして数時間後に、桜真自身から男に誘拐されたと電話が入って発覚したの」
花火「それ、よく電話なんて出来たよね」
美雨「どうやら、犯人の目を盗んで隠し持った電話でかけてきたみたい。
あと、犯人は警察沙汰になると自分を殺すつもりなので、警察には連絡しないでほしいと伝えてきたみたい」
舞雪「だ、誰が誘拐なんて……」
美雨「それがね。犯人はあの“ノンフィクション”だと伝えたところで、電話は切れ音信不通となってしまった」
舞雪「ノンフィクションってあの?
え、結局月影家は警察に言ったの?」
夢咲士「くくく、言わなかったんだと。2週間もな」
舞雪「は?何で?実の息子が誘拐されたのに」
花火「ね、おかしいよね?
月影家でどういう話し合いがあったんかわかんないけど……
とにかく2週間後にようやく犯人から連絡が届いたんだって。
ええと……確か、犯人からの要求が……」
「“人質交換”だった」
黒のドレスに、赤い髪。整った無表情な顔立ちがミステリアスさを彷彿させる女が話に入ってきた。
舞雪「人質交換?」
「ああ、失礼。私の名前は赤村満月。22歳。第九子にあたる者だ」
私は身構える。こいつは確か……
満月「透視能力者がいるんだったな。
なら隠しても無用か……
私は、最近出所した元未成年殺人犯だ」
月影仁一郎の子息(遺産相続候補者)
01、????
02、????
03、柊雛……………透視能力者
04、月影桜真………推理作家
05、片桐兎摘………自殺サイト管理人
06、片桐美雨………弁護士
07、????
08、晩花火…………宗教家
09、赤村満月………元未成年殺人犯
10、????
11、源夢咲士………ゲーム実況者
12、柊舞雪…………人形演劇部