039.風雷姫の本気
「ちっ、小賢しい真似を」
エーデ師匠の【魅了】が思いのほか効いているみたいだ。
『風雷姫』が放つ魔法は、時々狙いを外しエーデ師匠に攻撃の隙を与えてくれる。
どうやらそれが『風雷姫』にとっては煩わしいみたい。
「お褒めの言葉、ありがとうぉ。出来ればこのまま戦いを辞めて帰ってもらえるとありがたいんだけどねぇ」
「魔族は死ね」
「やっぱり聞いてはくれないわねぇ」
状況は膠着状態になりつつある。
威力攻撃力は『風雷姫』に軍配が上がるけど、命中精度や攻撃回数で言えばエーデ師匠に軍配が上がる。
それが丁度拮抗している状態だ。
だけど、それが唐突に止まる。
『風雷姫』が攻撃の手を止めたのだ。
訝し気に思ったエーデ師匠も様子見として攻撃の手を止める。
「まさか魔族如きがここまで私の手を煩わせるとは。いいだろう、私の本気を見せてやろう」
『風雷姫』は右手を上に掲げる。
「【天雷】」
カッ!!
ゴウッ!!
あたり一面を白く塗りつぶすような光と供に、空気を震わせるような爆音が落ちる。
天から雷が落ちたのだ。
「――――――――――――――――――っ!!」
エーデ師匠は声にならない悲鳴を上げる。
これは、ただの【雷魔法】じゃない。
エーデ師匠曰く、【雷魔法】は雷の名が付くけど、実際に雷を発生させている訳ではないらしい。
ほぼ雷と同じ【雷魔法】もあるらしいけど、その殆どは雷とは言えないものだ。
実際の雷より電流?が少なかったり、電圧?が低かったりと雷に近い雷だとか。
一番わかりやすい例で言えば、【サンダーボール】とかだね。
あれが本当の雷の球だったりしたら、当たった人物は全身丸焦げでただでは済まないはず。
それが雷もどきな為、威力は雷に遥かに劣ると。
だけど、『風雷姫』の放った【天雷】は本当の雷そのものどころか、その何十倍もの密度を誇る雷だ。
まさに【天雷】の名に相応しい魔法だ。
「エーデ師匠っ!!」
僕の叫び声は【天雷】の轟音にかき消され届かない。
【天雷】の光と音が収まるころには、そこには何とか無事なエーデ師匠が居た。
良かった……! まだ生きている!
おそらくだけど、エーデ師匠は魔力纏装を全開で全身に纏って防御をしたんだろう。
「呆れた頑丈さだな。まさか【天雷】を喰らって生きているとは」
切り札だった【天雷】を受けてまだ無事だったエーデ師匠を見ては、『風雷姫』は少しばかり驚愕していた。
「……げほっ。貴女が本気なら、わたくしも本気を出すだけよぉ」
……僕には分かる。これはエーデ師匠の強がりだ。
一見、何でもないように振舞ってはいるけど、魔力纏装で防げたのは辛うじてだったみたいだ。
「そうか。ならばもう一つの本気を見せてやろう」
少しは空気読んでよ!?
エーデ師匠の強がりを真面目に受け取ったのか、それとも最初から聞く耳を持たない故の追撃だったのか。
『風雷姫』は今度は右手をエーデ師匠へと向ける。
「【閃風】」
見えない一閃の風が、エーデ師匠を襲う。
あ、いや、見えないのに一閃の風がとか言っている時点で可笑しいけど、実際には本当に見えなかったし、それでも風がエーデ師匠を襲っているのは分かった。
エーデ師匠もそれを察したのか、なんとかその場をサイドステップで避けて、辛うじて『風雷姫』の【一閃】を躱す。
……いや、躱しきれていない。
エーデ師匠の左腕が、二の腕から切り落とされていた。
「参ったわねぇ。まさかここまでとはぁ。流石にS級冒険者は規格外だわぁ」
「漸く己の愚かさが分かったか。だったら死ね」
さっきから死ね死ねしか言わないな、このお姫様。
エーデ師匠は観念したように見えたけど、片腕の状態で器用に鞭を持ったまま懐からある者を取り出した。
……何だろう? 見たところ腕輪のようにも見えるけど。
「諦めの悪い魔族だな。それは魔道具か? 私に効くといいがな」
「あはぁ、大丈夫よぉ。だってこれは――」
腕輪型の魔道具を起動したのだろう。
気が付けば、エーデ師匠は『風雷姫』の背後を取っていた。
さっきまでエーデ師匠が居た場所をよく見れば、空間が波紋が広がる様に歪んでいる。
そしてエーデ師匠が出てきた場所も同様に。
僕はこの現象を知っている。
時折エーデ師匠も元へ遊びに来るエーデ師匠の友人(魔族)が得意とする技が起こす現象だ。
時空波紋。
時空間に波紋を起こして歪ませ、時間と空間を跳躍できる現象だ。
そうか! エーデ師匠の切り札はその時空波紋を起こす腕輪型魔道具だったんだ!
「くっ!」
背後からの奇襲を『風雷姫』は何とか躱し、再び【閃風】を放つ。
だけど、エーデ師匠はそれを予見していたのか、時空波紋で移動して躱す。
次に現れた場所も『風雷姫』の背後だ。
流石に二度目となると、『風雷姫』も分かっていたのか振り向きざまに【雷魔法】の【ブリッツスパーク】を放ち、エーデ師匠に牽制をする。
【閃風】を放たなかったのは、流石に距離が近すぎるせいだろう。
そして、エーデ師匠も反撃をされるのを予想していたのか、【ブリッツスパーク】を喰らいながらも鞭で自分ごと『風雷姫』をぐるぐる巻きにした。
「貴様、何をっ……!?」
「あはぁ、悪いけど付き合ってもらうわよぉ。時空の果てまでねぇ」
え……? ちょっと、エーデ師匠……?
なんだか悪い予感がする。
「クローディアが言っていた通り、2回しか持たなかったみたいねぇ。まぁ、それでも十分だけどねぇ」
「エーデ師匠!」
僕が声を上げると、エーデ師匠は優しく微笑んで僕を見る。
「ヴォル、前にも言ったけど、貴方はもう一人前の冒険者よぉ。もう1人で己の道を進むのぉ。いいわねぇ」
待って。待ってよ、エーデ師匠!
『風雷姫』もエーデ師匠が何をしようとしていたのか分かったのか、必死になって拘束から逃れようともがくけど、エーデ師匠はそうはさせまいとがっちりと縛り付けている。
「それじゃあねぇ」
腕輪型の魔道具が暴走し、エーデ師匠と『風雷姫』の空間に波紋が疾しる。
そして一瞬のたわみと供に空間が収縮して2人を飲み込んだ。
波紋が収まると、そこには初めから誰も居なかったようにただ静寂した空間があった。
「エーデ師匠――――――――――――――――――――っ!!!」




