038.エーデリカの戦い
「お前が堕落の魔女か」
エーデ師匠の登場に、『風雷姫』が殺気を放つ。
それは、僕たちに向けたものとは比べ物にならない殺気だった。
「町の人たちからはぁ、そう呼ばれているわねぇ」
そんな殺気をエーデ師匠はあっさり受け流す。
エーデ師匠は掴みどころがないからなぁ。
因みに、エーデ師匠の堕落の魔女の二つ名は、町の噂が原因だったりする。
町から魔女の森に入って行方不明になった者の中に、若い男が数人いたらしい。
エーデ師匠は普段から際どい衣装を着ており、妖艶な雰囲気を醸し出している。
町の人たちはそれが若い男を惑わし、森の奥に連れ去って虜にしているのではと。
そこからエーデ師匠を堕落の魔女と呼ぶようになったとか。
まぁ、真実はただ単に装備も碌に整えてない一般人が森に入ってモンスターにやられただけなんだけどね。
しかも、エーデ師匠が若い男を惑わし連れ去ったと言われている事件はたった3件だけ。
魔族だと言うのと、エーデ師匠のインパクトも相まってサキュバスみたいな印象が付いてしまったのだ。
「魔族は死ね」
「それはお断りだわぁ」
やはり『風雷姫』は魔族が絡むと碌な会話もせずに、魔族の殲滅だけを目的に動くみたい。
それが魔族本人だとすれば尚更。
『風雷姫』が【ライトニング】の魔法を放つけど、エーデ師匠はそれを鞭を振り回して雷の砲を逸らす。
お返しとばかりに鞭の乱撃を『風雷姫』に放つも、『風雷姫』は自身の周囲に風を纏わせてエーデ師匠の鞭攻撃を乱す。
当然、体には魔力纏装で攻撃力防御力を上げ、鞭にも魔力纏装で強度をなどを上げて『風雷姫』を攻撃している。
「っ! これが、S級と魔族の戦いか……!」
僕たちはエーデ師匠と『風雷姫』の攻撃に巻き込まれないように、森の入り口の陰に避難して2人の戦いの様子を窺っていた。
そんな2人の戦いを、パトルは食い入るように見入っていた。
僕も、エーデ師匠が強いのは知っていたけど、本気の姿は見たことが無かったから必死になってその姿を追う。
『風雷姫』は【風魔法】の【ウインドカッター】や【トルネード】【ダウンバースト】、【雷魔法】の【スネークボルト】【サンダージャベリン】【ライトニング】など多彩な魔法を放ってエーデ師匠を追い詰める。
エーデ師匠も【鞭】スキルは無いけれど、巧みな鞭捌きで『風雷姫』の魔法を弾き、時には絡め取って逆に返したりと、S級冒険者に引けを取らない戦いをしていた。
「……? おかしい」
「どうしたんですか?」
エーデ師匠たちの戦いを訝し気な表情で見ていたパトルに、モコが声を掛ける。
「いや、『風雷姫』の攻撃が時折外しているんだよ。S級冒険者が、魔族を目の敵にしているあの『風雷姫』がだ」
「ふむ、確かに『風雷姫』の攻撃にずれが生じているな」
「なぁ、ヴォル。もしかしてあの魔族の女のスキルか? そう言えば魔族の女のスキルってなんだ?」
あー……、そう言えばエーデ師匠のスキルは言ってないなぁ。
普通であれば、エーデ師匠のスキルは戦い向きじゃないけど、そこはエーデ師匠の凄いところで、エーデ師匠は自分のスキルを上手く戦いに利用している。
「エーデ師匠のスキルは【娼婦】だよ。しかもLv99。けどまぁ、そんなスキルを使う事なんてここ数年なかったみたいだけどね」
「いや待て。【娼婦】って戦闘向きのスキルだったか? 今の戦いはどう見ても【娼婦】が使えるような戦いじゃないぞ。と言うか、お前、本当にあの魔族の女の毒牙に掛かってないだろうな」
えー……、スキルを暫く使ってなかったって言ったじゃん。
なんだよ、パトルは僕がエーデ師匠とそういう関係になったって思っているのかな?
「まぁ、確かに【娼婦】スキルは戦闘に役に立たないよ。だけど、【娼婦】スキルには【魅了】スキルがあるのは知っているよね。エーデ師匠は【魅了】スキルを使って相手の隙を作っているんだよ」
「そうか……! 【魅了】スキルか!」
「なるほど。確かに【娼婦】スキルのレベルが99なら【魅了】スキルでああいったことも可能か」
「え……? どういうことです?」
パトルとアリエスは僕の言葉で直ぐに察したけど、モコは良く分からなかったみたい。
【魅了】スキルは相手を自分に惚れさせるスキルだ。
言い換えれば、自分に意識を向けさせたり、相手の思考を鈍らせるスキルでもある。
エーデ師匠はその【魅了】スキルを使って『風雷姫』の思考を一瞬鈍らせたり、自分に向く意識を上手く誘導して周囲に向くように仕向けているのだ。
尤も、相手がS級冒険者で女性なので効果は本当に1秒にも満たない。
逆を言えば、Lv99の【娼婦】スキルだからS級冒険者で女性にも効くんだ。
普通の人だったら、エーデ師匠の【魅了】スキルを戦いの最中に使われると数秒、下手をすれば数分も意識が持っていかれるのだ。
それがどんなに恐ろしい事か。
例え1秒にも満たない時間だろうと、強者同士の戦いでは致命的な隙にもなる。
達人同士の戦いであればなおさらだ。
「ヴォル。お前の師匠はおっかないな」
「僕の自慢の師匠だからね」
パトルはいつもの突っかかるような言い方ではなく、ただ純粋にエーデ師匠を褒めたたえてくれた。




