000.運命の出会い
「どうして泣いているのー?」
声を掛けられた少年は、涙を拭いながら顔を上げ、声の主の女性を見る。
身長はかなり高そうに見えるが、今は少年の視線に合わせてしゃがんでいる為、正確には分からない。
格好は、大きな胸を覆う革の胸当てに金属製の手甲と脛当を身に着けており、冒険者の様に見える。
「な、泣いてなんかない!」
「なんか悔しい事でもあったのかなー? おねーさんに話してごらんー」
精一杯の強がりを見せた少年だが、女性冒険者は少年の気持ちを推し量る様に理解を示そうとしてくる。
冒険者と言う事は、この村の人間ではない。
実際、少年は村でこの女性冒険者を見たことが無かった。
故に、少年は村の人間ではない女性冒険者に今の自分の気持ちをぶちまけてもいいのではないかと思い始めた。
「女神Alice様から祝福を授かったんだけど、変なスキルだったんだ……。それで友達からバカにされて……」
この世界の人間は、5歳になったら女神Aliceより祝福を受け、スキルを授かる。
5年間無事に成長した証としてこの世界に認められ、今後の成長に役立つスキルを授けるのだ。
そして少年も5歳となり、女神Aliceから祝福を受けてスキルを授かった。
だが、そのスキルはあまりにも単純で、役に立たないと思われるスキルだったため、同い年の子供たちに揶揄われていたのだ。
同い年の子供たちのスキルが一般的なものだったため尚更に。
「どんなスキルだったのかなー?」
「……これ、【回転】って言うスキルなんだ」
そう言いながら少年は地面から石を拾い、手のひらでスキルを使う。
触ってもいないのに、少年の手のひらの上で回り始めた。
少年は、この女性冒険者も馬鹿にするだろうと俯き加減で様子を窺う。
だが、少年の予想とは裏腹に、女性冒険者は興奮気味に少年の手のひらの上の石を見ていた。
「凄いよー! このスキル凄いじゃないのー!」
「え……? す、凄いかな? ただ回るだけのスキル、だよ?」
「その回るのが凄いのよー」
思いがけない女性冒険者の言葉に、少年は戸惑いを覚える。
「世の中のほとんどはねー、回転で出来ているのよー」
何を言っているんだろう。
少年はそう思いながらも自分をバカにしない女性冒険者の言葉に耳を傾ける。
「それにねー、君のスキルは単純な分だけ強力で応用が利くんだよー」
「この【回転】スキルが……?」
そう言われて悪い気はしないが、何せこの【回転】スキルはただ物を回すだけのスキルだ。
どう見ても強くなるようには見えないし、応用が利くとは思えなかった。
「たとえばねー――――――」
だが、女性冒険者の言葉に少年は次第に引き込まれていく。
「他には!? 他にはどんなことが出来るの!?」
気が付けば、少年はこの【回転】スキルを変なスキルとは思わずに、凄いスキルだと確信していた。
それだけ、女性冒険者の言う【回転】スキルの無限の可能性に魅せられたのだ。
「今はまだレベルが低いから大したことは出来ないけど、レベルが上がるにつれて、今言った事が出来るようになると思うよー」
「本当に!?」
「君の努力次第だねー」
「分かった! 凄くいっぱい頑張る!」
泣いていた最初の頃とは一転して、少年ははしゃいでいた。
そんな少年と女性冒険者に新たに現れた人物が声を掛ける。
「ジルベールさん? 何をしているなのなの?」
「あ、ララクレットー。この子凄いよー。もしかしたら私たちより凄い冒険者になるかもねー」
「へー、ジルベールさんがそこまで言うですです?」
もう1人のドワーフの女性冒険者に少年は戸惑いながらも、女性冒険者――ジルベールの言う凄い冒険者と言う言葉に心が躍った。
「あ、それよりもアベルさんたちが待っているなのなの。早く行かないとオズさんとフランチェスカさんが煩いですです」
「あ、うんー。今行くねー」
そう言いながらジルベールは立ち上がる。
その姿を見て、ふと寂しさを覚えた。
もう少し【回転】スキルの応用を聞きたかった。
もう少し話をしたかった。
もう少し――一緒に居たかった。
だから声を掛ける。
「おねーさん! 僕、冒険者になる! だ、だから……僕が凄い冒険者になったら一緒に冒険してください!」
少年の言葉に、ジルベールとララクレットは驚き目を瞬かせる。
そしてジルベールはふと優しい表情になり、少年の頭に手を当てて優しく撫でる。
「うんー、待ってるねー。頑張って私に追いついてきなさいー」
「うん!」
そして2人は少年の元から立ち去る。
「ふふふー、ジルベールさんは罪作りな女なのなの」
「もー、揶揄わないでよー」
少年は、この出会いにより冒険者を目指すことになる。
そして、この出会いが少年にとって運命とも呼べる出来事だったことに気が付いていない。