タイタニア草(二)
翌朝、パンを食べ終わるとタマ子がやってきた。
「ヴァンさん、ちゃんと用意していただな。では、苗を買いに行くぞ」
「朝、早いけど、商館は、やっているの?」
「今日は貿易飛行船が来る日だあ。貿易飛行船が来る日は早くに商館が開くだあ」
大八車を牽いて行くと、タマ子が言う通りに商館は開いていた。
商館にはすでに三人の村人が客として来ていた。
タマ子は商館に来てもすぐに苗を注文しなかった。
「あれ、買わないの。タイタニア草の苗?」
「苗も新鮮なのが一番だあ。貿易飛行船が下りてきて、苗を下ろしたら即、購入だあ」
下ろしたての苗が欲しくて他の三人も待っているのか。
貿易飛行船が下りてきて、荷物が下ろされる。
苗が下りてくると、村人三人とタマ子が真剣な表情で苗を吟味する。
「まずまずの苗だ。これなら、問題ねえ」
苗は一辺が十㎝の立方体の紙の黒い鉢に入っていた。
タイタニア草の苗は、キダチアロエに似ている。
苗の高さは五㎝、直径は三㎝だった。
全体的に瑞々しくてピンと立っている。立派な苗だ。
タマ子は苗を五百株購入した。大八車で三回に分けて苗を運んだ。
苗を鉢から出して植える。百㎡の畑にちょうど五百個が植えられた。
「昼食にする前に、液体肥料をやるだあ。メロメロの水肥を希釈する水瓶を、出してくんろ」
指示に従い、水瓶を出す。
タマ子は水瓶に液体肥料を混ぜた。
「ヴァンさん。メロメロの水肥は最初が二百倍希釈。これをタイタニア草の生長に合わせて、濃くしていくだ。ジョウロを持ってきてくんろ、水肥の混じった水をやるだ」
水肥の混じった水を畑に撒く。
畑が小さいので、ジョウロで水肥を撒いても時間が掛からなかった。
昼食にパンを買ってきてタマ子と食べる。
タマ子は意気込んだ顔で畑を見る。
「もう、ここまで来たら、後戻りはできねえ」
「そうだね。絶対に成功させよう」
昼から畑の四隅に杭を打つ。いつでも雨除けのシートを掛けられるようにした。
タマ子が真剣な表情で注意する。
「ヴァンさん。雨に注意するだあ。雨が降れば肥料が流れて行く。特に夜が怖え。気付かないうちに降った雨が肥料を流すと、タイタニア草の管理は難しくなるでな」
「わかった。夜は注意しよう」
日中はシートを外して、タイタニア草を陽に当ててやる。肥料の入った水をやり、雑草を取る。病気や害虫も発生していないか毎日、チェックする。
夕方にはシートを掛ける。単調な五日間が過ぎる。
タイタニア草はすくすくと育ち、高さが十㎝、直径が八㎝になった
事故は安心した六日目に起きた。ヴァンが起きて窓を開けると、霧雨が降っていた。
夜中に風が吹いたのか、シートが半分ほど外れていた。まったくわからなかった。
いけない。雨がタイタニア草に掛かっている。
すぐに外に出て、外れていたシートを掛け直す。
タマ子がやって来る。タマ子は土が濡れている事実にすぐに気が付いた。
「ヴァンさん、シートが外れていただか?」
「起きたら外れていた。いつから外れていたのか、わからない」
タマ子は腕組みして渋い顔で語る。
「いつから雨が降っているか見当が付けば、肥料を加減できる。だども、いつからかわからんとなると、ちいと厄介だのう」
土の表面にあった肥料が土で流れた。厳密な管理はできなくなった。
ヴァンとタマ子はそれからもタイタニア草の肥料を管理した。
だが、タイタニア草の生長は目に見えて鈍化した。
栽培から十四日目、タマ子が難しい顔で意見する。
「ヴァンさん、残念だが、これまでだあ。タイタニア草をこれ以上は栽培しても大きくはならねえ」
タイタニア草の高さ十五㎝、直径にいたっては十二㎝だった。
見た目も小振り。葉も青々とした深い緑ではない。葉は細く少し黄色みがかっていた。
「これは完全な失敗なの」
「うんだあ、生育不良だあ。タイタニア草の上物になると高さが五十㎝、直径も三十㎝にはなる。葉も濃い緑で、もっと元気がええ」
たった一晩、雨に表土の肥料を流されただけで、生育不良になった。
タイタニア草の栽培を舐めていたな。一晩の失敗で十四日が無駄になった。
精霊花の栽培の難しさを知った。
タマ子が残念そうな顔で提案する。
「こうして、畑を眺めていても仕方ねえ。収穫するから大八車を用意してくんろ」
タイタニア草を掘り起こす。根に土が付いた状態で大八車に積む。
大八車で往復して、商館に持っていった。
ブラウニーは、落胆の色を隠さなかった。
「これはまた随分と小振りなタイタニア草ですな。葉の色も良くない。質としては、下の下でしょうか。ヴァンさんにはまだ早かったのかもしれませんな」
「期待に添えなくて、申し訳ありません。チャンスがいただけるのなら、もう一度、挑戦します」
ブラウニーは、きっぱりと拒絶した。
「いいえ、結構です。今は委託栽培を頼む作物がありません」
ブラウニーが記帳して支払いをしてくれた。
肥料と苗の代金を除くと、残ったのはナシュトル銀貨が八十枚だった。
売り上げはナシュトル金貨一枚に届かなかった。
今までの中で最低の利益だよ。
帰り道にタマ子が慰める。
「ヴァンさん、あんだけ高価な肥料を投入して赤字にならなかっただけ、マシだ」
「地道に水をやった。肥料もやった。雑草も取った。虫や病害虫にも注意した。でも、一晩の天気の悪戯で駄目になる。精霊花って奥が深いや」
タマ子が帰っていった。夕食のパンを買いにマリーの店に行く。
ピーク時を過ぎていたので、お客はヴァンだけだった。
マリーが心配そうな顔で尋ねる。
「どうしたの、ヴァン。栽培が上手く行かなかったの?」
マリーにはお見通しか、狭い村で隠しても、いずれは伝わる。
ヴァンは胸の内を正直に話した。
「ついこの間まで上手くいって、調子に乗っていた。改めて精霊花の栽培の難しさを知ったよ。タイタニア草は難しい」
「でも、挑戦しないと失敗もしないわ。挑戦しないと成長もない」
ライバルのジョセフが成功しているかどうか、気にかかる。
昨日か一昨日にジョセフの畑も収穫だったはずだ。
それとなく、探りを入れる。
「ジョセフも挑戦しているんだって、ジョセフは成功したの?」
マリーの顔が輝き、提案する。
「成功して次の栽培も頼まれたそうよ。そうだ、よかったら、コツを教えてくれるように頼んでみようか?」
ジョセフの知恵を借りたくはない。だが、正直に言えば角が立つ。
ヴァンもそこまで馬鹿ではなかった。
「いいよ。タイタニア草から手を引く。次は、いつやるか、わからない。今コツを聞いても身にならないから遠慮するよ」
曖昧な嘘でその場を取り繕う。
「元気を出してね、ヴァン」
マリーはジャム・パンを一個おまけしてくれた。
独りで家に帰ってパンを食べる。悔しさが込み上げてきた。
ジョセフに負けたせいだけではない。ブラウニーの期待に応えられなかった、不甲斐なさ。
自分の実力を過大に評価していた愚かさ。タマ子の労力を無駄にした申し訳なさ。
全てが入り混じった感情だった。




