タイタニア草(一)
大八車を牽き、商館に行く。
肥料の販売をしている三毛猫の獣人に、タマ子が声を懸ける。
「属性土と肥料を売ってくんろ。火属性二袋。水属性一袋、風属性一袋。土属性が六袋だあ。あと、ビリビリ草の腐葉土が一袋、メロメロの水肥一瓶。猛竜堆肥も一袋だあ」
一袋が二十㎏入りなので、結構な量になった
魔法の言葉だな。まるで、高名な錬金術師が霊薬を作るみたいだ。
猫の獣人が、てきぱきと肥料を運んできた。
三毛猫の獣人が、タマ子に愛想よく話し掛ける。
「選んだ肥料を見ると、タイタニア草に挑戦するんですね」
「そうだあ。委託栽培をヴァンさんが受けたからのう」
三毛猫の獣人がヴァンを不安そうな顔で見る。
「タイタニア草ねえ。タイタニア草は、肥料管理が難しいですよ。また、肥料をたくさん使うので投資金額も馬鹿にならない。タマ子さんがいれば可能かもしれませんが」
ヴァンはちょっとむきになって答える。
「大丈夫です。僕とタマ子さんで、やり遂げて見せます」
肥料を大八車に積んで帰る。土を掘り起こした段階で陽が暮れてきた。
肥料を納屋に入れて、作業は一旦、終了にする。
翌日、泥塗れになりながらタマ子と一緒に土をシャベルで掘る。
「タマ子さん、どれくらい深く掘ればいいんですか?」
手を動かしながら、タマ子が答える。
「タイタニア草はそんなに深く根を張らねえ。一mあれば、ええ。一m掘って肥料と土を混ぜたもんを入れる。そんだら、三十㎝土を被せる。そんで、また配合を変えた肥料と土を混ぜるだ」
「配合を変えた肥料の層を三つ作るんですか?」
「うんだあ。そんで苗を植えたら、表面に水肥をやる」
不安だったので確認する。
「そんなに肥料をやって、肥料焼けしませんかね」
「やり過ぎたら、する。だけんど、足らないと、小さくて短いもんしかできねえ。ここに、タイタニア草の難しさがある」
一mも土を掘るのは重労働だった。腰、背中、手が痛くなる。それでも掘り終えた。
タマ子が納屋から属性土を取り出す。属性土は色が違った。
火属性は赤褐色。水属性土は薄い水色。風属性土が黄色。土属性土は黒色だった。
土属性土を多めに入れて、タマ子は肥料を配合する。属性土が混じり合い、黒っぽくなっていく。
最後にビリビリ草の腐葉土と猛竜堆肥を添加する。
計って配合していないので不安だった。
「タマ子さん、肥料管理が難しいんでしょ。計って入れなくて、大丈夫なの」
肥料の匂いを嗅いだ後、タマ子は軽い調子で答える。
「適当になんか入れてねえだよ。混ざり合った色で判断しているだあ」
タマ子はヴァンに指示を出す。
「ヴァンさん、カップに水を入れて持ってきてくれ」
指示されて通りに、水を持ってきてタマ子に渡した。
タマ子は指に着いた肥料を口に入れる。
タマ子は肥料を吐き出すと、すぐに口を漱いだ。
「味で肥料の質が、わかるんですか?」
「素人には、わからねえ。でも、わかる奴には、わかる。ヴァンさんも味を見るか? ただし、肥料は人間には毒だから、必ず吐き出して口を漱ぐだ」
何事も経験だよな。
ヴァンもカップに水を用意して、配合した肥料口に入れる。肥料はほんのり甘く、酸っぱい。また、苦くもあった。風味は腐臭がして気持ち悪い。ヴァンは肥料を吐き出して口を漱ぐ。
タマ子が真剣な表情でヴァンに尋ねる。
「配合した肥料の色と匂いは、こんなもんだあ。味は間違っていない、と思う。味まで見る人間は、普通は、おらん。味まで見るのは、ルーカスさんくらいだったからなあ」
亡き叔父の仕事が気になった。
「ルーカス叔父さんは、タイタニア草をよく作っていたんですか?」
タマ子は懐かしむ顔をして語る。
「ルーカスさんは、タイタニア草の栽培は得意だったあ。ブラウニーも、ルーカスさんが生きていたら、委託栽培を間違いなく頼んだあ」
ルーカス叔父さんが得意だった精霊花か。
タイタニア草の栽培を成功させれば、ルーカス叔父さんに近付けるだろうか。
肥料の配合を終えた。肥料を土と混ぜて畑に入れる。
肥料が入った三層の土が畑に入ったところで、作業終了となる。
タマ子が腰を伸ばして指示する。
「明日は早くから苗を植えるだあ」
「種から作るんじゃなくて、苗から育てるの?」
「種からもタイタニア草は育てられるだあ。でも、苗から育てたほうがコストは掛かる。だども、栽培期間は短くて、失敗は少ねえ」
「村には、種から育てる派と苗から育てる派が、いるんですか?」
「うんだあ。ルーカスさんは苗派だった。だから、私も種からだと、ちょっと自信がねえ」
一日の作業が終わった。夕食を作る元気がなかった。
着替えてマリーの店にパンを買いに行く。
店にいたのはマリー一人だったので、声を懸ける。
「パンを買いに来たよ。今日は何がお勧め?」
マリーが、にこにこ顔で勧める。
「ガルタ・パンプキン・パンよ。ガルタ・パンプキンはジョセフが作ったの。ガルタ・パンプキンは甘味を出すのが難しいんだけど、ジョセフが作ったのは美味しいわよ」
ジョセフの栽培した作物に手を出すのには抵抗があった。だが、思い直す。
敵を知らずして、勝利はない。ライバルが栽培した作物なら、知る必要がある。
ガルタ・パンプキン・パンを中心に、八種類のパンを買う。
買ったパンは多いが、明日は早いと念を押された。
今日は疲れたので、少しでも睡眠時間を多く取りたい。多く買ったパンは明日の朝食用だ。
「次は何に挑戦するの?」
「タイタニア草だよ。委託販売を引き受けたんだ」
マリーは複雑な表情をする。
「タイタニア草は難しいわよ。ジョセフも引き受けたんだけど、大変だって」
マリーにはジョセフの名前を口にしてもらいたくなかった。だが、無理な願いだった。
ジョセフは元からこの村にいて、マリーと親交がある。また、作物を栽培する腕もヴァンよりは上。
実力のある人間が評価されるのは当たり前だ、との思いがヴァンにあった。
いつか、ヴァンは凄い、ってマリーの口からジョセフに聞かせてやりたい。ヴァンが抱いた密かな願いだった。
支払いを済ませると、店のドアが開いた。お客はライラだった。
ライラはヴァンを見ると、逃げて行った。ヴァンは不安になった。
「なんだろう? 僕はライラに嫌われているんだろうか?」
村には溶け込んでいかねばならない。村人のライラには嫌われたくはない。
悪評が立てば神域人参の栽培にも誘ってもらえない。
「ふふふ」とマリーは笑う。
「さあて、どうでしょう」とマリーは、にやにやして語る。
マリーの意味ありげな態度が気になった。
「なにか知っているの?」
マリーは明るい顔で告げる。
「まあね。でも、ライラはヴァンを嫌っているわけじゃないのよ」
どういう意味だろう。
「気になるな。教えてよ」
「ライラはね。ルーカスさんにとても可愛がられていたの。ヴァンってルーカスさんに似ているでしょう。だから、ヴァンが気になっているのよ」
嫌われているわけではなく、ほっとした。でも、合点がいかない。
「僕とルーカス叔父さんは四十以上も歳が離れているんだよ。似ているかな?」
マリーは思案して語る。
「顔は少し似ているわよ。でも、なんていうか、雰囲気が同じなのよ」
今のヴァンは厄介者ではない。一人の百姓としてやっている理由はルーカス叔父さんのおかげだった。なので、ルーカスと似ていると評価されても悪い気はしない。
「つまり、ライラが僕を見て逃げるのは、照れているから?」
「わからない人だから恐怖心はあるわ。でも、ヴァンの指摘する通りに、照れもあるのよ」
「ライラとは仲良くしたいな。遭ったら、こっちから声を懸けてみるよ」
マリーのパン屋を後にした。家に帰ってパンを食べる。
ガルタ・パンプキン・パンを口にする。
濃厚な南瓜の風味と甘味を感じた。焼き立てのせいもありとても美味しく感じた。
南瓜のクリームの部分だけを指に付けて舐める。
普通の南瓜より味は濃厚で格段に美味しかった。
これが、ジョセフの作った南瓜の味か。
目指すべき目標はなかなかやる。だが、タイタニア草では負けないぞ。




