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ダフネ草(下)

 二日目、雨がしとしとと降っていた。

 タマ子がやってきて、窓の外から時折と空を見上げていた。

「ねえ、タマ子さん。作業は穴に球根を入れて土を掛けただけ。他にする仕事はないの?」


 タマ子はのんびりとした口調で語る。

「ないのう。ダフネ草にいたっては人間のする仕事はほとんどない。植えれば雨雲が仕事をしてくれるでのう」

「植えるのは大変だったけど、後は楽でいいですね」


 タマ子は真剣な顔で注意する。

「ヴァンさんの考えは甘え。雨雲のする仕事が大きい言うことは、雨雲が仕事をしなくなったら大変いう意味だあ」


 ヴァンも窓辺に寄って外を見た。

 ヴァンの畑と同様に、水瓶や桶を畑の周りに置いている畑があった。


 晩御飯に食べるパンを買いに行く。

 外ではまだ雨が降っていた。


 マリーの店に行く途中に他人の畑に目が行く。

 どこの畑でもダフネ草を植えているのか、畑の周りで水を溜めていた。


 何だ、村の人も結構、博打打ちだな。ダフネ草を栽培している。

 ヴァンは村の人も同じ行動を採っているので、少し安心した。


 マリーの店でパンを買う時に、ちょっとばかし話をする。

 マリーは少しばかり沈んだ顔で語る。


「私はヌッコ村が大好き。でも、春先のこの長雨の時季はちょっぴり嫌い」

「雨が嫌いなのは、わかるよ。僕も前のホーリー村にいた時は、長雨が続くと小麦畑が心配になったもの。でも、今は違う。ダフネ草を育てているから」


「ダフネ草の花は私も好き。雨に濡れるあの紫の花は綺麗だもの」

「なら、綺麗に咲いたら一輪、持ってくるよ」


 マリーの店から家に帰った。畑の傍に寄る。

 畑の近くに来ると、ダニエルの目が光った。


 ダニエルの目に照らされた畑には、六㎝ほどになったダフネ草が生えていた。

 よし、よし、順調に育っているぞ。


 パンを食べて眠る。よく、眠れそうだった。

 三日目、暗いうちから家のドアを叩く音がした。


 タマ子の緊迫した声が聞こえる。

「ヴァンさん起きろ、起きるだあ。雨が上がっちまった」


 眠い目をこすり、ドアを開けた。

 外には綺麗な星空が出ていた。


 タマ子はヴァンを急かす。

「ほら、早く着替えるだあ。水を撒かないとダフネ草が萎れる」


 ヴァンはぼんやりした頭で意見する。

「萎れるって、昨日の夜まで雨が降っていましたよ。まだ、土は乾かないでしょう」


 厳しい顔でタマ子は警告を発した。

「ダフネ草には、溺れるほどに水をやれ、の言葉がある。土が乾いてからだと、花の質が悪くなる」

「それは大変だ」


 着替えて水をやる。百㎡なので、水やりはすぐに終わる。

 タマ子が厳しい顔で注意する。


「私の天気予報じゃあ、今日は一日中、晴れるだあ。乾燥はダフネ草には禁忌だあ。今日は二時間置きに水をやらねばならねえ」

「二時間置きって、そんなに水をやったら根腐れを起こすでしょう」


「ダフネ草は水の中でも育つ。それほどまでに水を必要とする精霊花だあ」

 心配なので明日の天気予報を尋ねる。

「じゃあ、明日も晴れたら?」


 タマ子は真剣な顔で告知する。

「残念だが、明日の天気は、わからん。ダフネ草が大事なら、明日も二時間置きに水やりだあ。寝ている暇はないぞ」


 マリーの店でパンを買ってタマ子と朝食を摂る。

 段々と陽が昇って来ると、心なしかダフネ草の元気がなくなって来た。


 畑の周りには水を溜めていた。だが、二時間置きにたっぷり水をやるとなると、溜めた水はどんどん減ってくる。


 まずいな。明日も晴れるかもしれないとなると、水が心配だ。

 ヴァンとタマ子は水やりと水汲みに忙殺された。重労働で筋肉痛になった。


 四日目には雨がまた降った。だが、五日目には晴れた。

 五日目にはまた水やりと水汲みに忙殺される。

 六日目に雨が降った。だが、七日目にはまた晴れる。


 タマ子がぼやく。

「この時季は雨が続くはずだと思ったんだがのう。すっかり当てが外れただあ。まだらに雨が降る年じゃあ。そんな年は滅多にないんじゃがのう」


「農業は天気次第のところがあるから、しかたないよ。連続して晴れの日が続かないだけ良しとしよう」


 筋肉痛は落ち着いた。だが、睡眠時間がたっぷり取れない。体調をおかしくしそうだった。

 だが、やると決めた人間はヴァンである。ヴァンは気を張って頑張った。


 忙しい日と暇な日が交互に来る。それでも、十四日目にダフネ草は紫色の花を付けた。

 花はアカツメクサに似た球形。直径は八㎝あり、瑞々しかった。


 ヴァンの畑の花が咲く頃には、他の畑のダフネ草も咲き誇っていた。

 ヌッコ村は綺麗な紫の色で彩られた。


 収穫を迎える。花の大きさには、ばらつきもがある。

 最終的に磨り潰してポーションの原料にする。


 だから、規格外品は、ほとんど出なかった。

 ヴァンは一番に綺麗な花の一輪を残して花を摘む。


 花を摘むときにタマ子が注意する。

「花の汁には弱い毒があるだあ。汁の付いた手で目を擦っちゃならねえぞ」

「わかったよ。タマ子さん。作業が終わったら、よく手を洗うよ」


 摘んだ千輪にもなる花を大八車に載せて、売りに行く。

 商館は混雑していた。ヴァンのダフネ草を買い取る番になる。

 ブラウニーが花を確認すると、花を一輪だけ摘んで食べた。


 タマ子にそっと尋ねる。

「あれって弱い毒があるんだよね」

「ある。でも両生類人には効かんらしい」


 ブラウニーは花をもぐもぐと噛み味わう。

「この味、合格ですね。質も中の上くらいでしょうか」


 ブラウニーの言葉に心が華やぐ。評価されたのが嬉しかった。

 筋肉痛になっても水を汲み続けた甲斐があったよ。


「では、球根の代金を引いて、ナシュトル金貨十三枚で、どうでしょう」

 ランタン草の三倍以上も儲かった。ポーション相場の高騰の波に乗れた。


 タマ子を見ると満足げに頷いているので適正価格だと思った。

「お願いします」


 ブラウニーが記帳して、ナシュトル金貨を渡してくれた。

 金貨を貰って帰ろうとすると、ブラウニーが呼び止める。


「ヴァンさん。委託栽培の仕事に興味はありませんか?」

「ブラウニーさんがほしい作物を作付けするって仕事ですか?」


 にこにこした顔でブラウニーは語る。

「そうです。引き受けてくれるなら、普通より高く作物を買いますよ」


 ちょっと興味がそそられるな。

「対象となる品種は何ですか?」


「タイタニア草です。タイタニア草は値上がりが見込める作物なので、今のうちに生産農家を確保しておきたいんです」


 タイタニア草か。どんな精霊花だろう。

 タマ子が冴えない表情でヴァンの袖を引く。


「ヴァンさん。タイタニア草は儲かる精霊花だあ。でも、肥料管理が難しいだあ。止めておいたほうが無難だあ」


 タマ子の忠告は有難たかった。

 でも、ヴァンは今の自分は波に乗っていると感じていた。


 自分ならできる、との強い思いが込み上げる。

 委託栽培を成功させれば、実績になる。実績が付けば、今よりもっと儲けられる。


「やります。やらせてください。委託栽培」

 ブラウニーは微笑んで頼んできた。

「買い取り価格は考慮するので、よろしく頼みますよ」


 家に帰って、マリーの店に行く。

 店の扉を開けると、店の中に一輪の鮮やかなダフネ草が活けられていた。


 店に飾られているダフネ草は、ヴァンが持ってきた花より立派だった。

 僕が栽培した最高のダフネ草の花より立派な花が活けられている。


 上には上がいると知った。ヴァンは花を誰が栽培したのか気になった。

 マリーが店に出て来たので、まず花を渡す。


「花が育ったから、約束通りに持ってきたよ」

 マリーは屈託なく喜んだ。


「ありがとう。ヴァン。とても素敵なお花ね」

「ねえ、あそこに活けてあるダフネ草。誰が持って来たの?」


 マリーは明るい顔で教えてくれた。

「あれはジョセフの育てた花よ。綺麗でしょ」

「ジョセフさんて栽培を始めて何年くらいの人」


 マリーがちょっとばかし思案する。

「去年の秋だから、まだ一年も経っていないかしら。でも、ジョセフは凄いわ。まだ、十五歳なのに、あんな立派な精霊花を育てるなんて」


 一年未満だって。僕と同じくらいの経歴なのか。年にいたっては二つも下だ。

 僕は負けたのか、ジョセフに。


 たまたま上手くいった栽培で、いい気になっていたと思い知らされた。

 同時に同じくらいに始めた年下の人間に負けたと知り、悔しくもあった。


 ヴァンは小さい頃から両親や兄貴たちを手伝っていた。農業についいて少しは知った気になっていた。自信もあった。だから、栽培で負けたのがショックだった。


 なによりも、マリーに一番の花を贈れなかったのが悔やまれた。

 マリーとの会話もそこそこに、パンを買って帰る。


 帰り道でヴァンは顔も知らないジョセフにライバル心を燃やしていた。

 遅い昼食をタマ子と二人で摂る。


 タマ子が冴えない顔で意見する。

「ヴァンさん、悪いことはいわねえ。今からでも遅くねえ。委託栽培から手を引くだあ」

「忠告するのは僕が頼りないから?」


 タマ子は、あっさりと認めた。

「そうだあ。タイタニア草はランタン草やダフネ草とはまた違う難しさがある。タイタニア草は難易度がワンランク上だ」


「簡単な作物に挑戦しても腕は上がらない。実績も付かない。僕は早く人から認められ、稼げるようになりたいんだ」


 タマ子は苦い顔で諭す。

「焦るこたねえ。ヴァンさんはまだ十七だ。キャリアだって一年未満。これからじっくり腰を据えて、村になじんだらええ」


「でも、ジョセフは僕と同じくらいなのに、僕より先を行っている」

 思わず本音が出た。


「他人は他人。ヴァンさんは、ヴァンさんだ」

「タマ子さんの指摘はわかる。でも、僕はジョセフに負けたくない」


 タマ子は少しばかりヴァンの言葉に驚いた。

「なした? 急にそんなに燃え上がっちまって」


「マリーの家にダフネ草を届けに行ったんだ。そうしたら、僕より立派なジョセフの花が先に飾ってあった。それで、僕は悔しくなった」


 タマ子が冴えない顔で意見する。

「何だ、ヴァンさん、マリーに恋をしたんか」

「僕の感情を恋と呼ぶのかわからない。だけど、僕はジョセフに負けたくない」


 タマ子が諦めた様子になり、態度を変えた。

「本当に男ってのは仕方ない生き物だのう。だが、わかった。ヴァンさんがジョセフに負けたくないと意地さ張るなら、話は別だあ」


 タマ子の態度が変わったのが腑に落ちなかった。

「どうして、話は別なんです?」


「世間話で聞いた。わかると思うから教えるだあ。ジョセフも委託栽培でタイタニア草の栽培を請け負っているだあ」


 ジョセフがブラウニーに認められた。理解できる話だった。

 あんなに見事なダフネ草を育てたんだ。委託栽培の話が行って当然か。


 ジョセフもやるとなると、なおさら負けたくない感情が湧き起こる。

「タマ子さん。僕、タイタニア草の栽培を成功させたい」


 タマ子は気乗りしないようだが、手助けを約束した。

「男が意地を張ると、誰にも止められねえ。あまり気乗りしないのは変わらん。だども、栽培については手を貸すだあ。なにせ、私はヴァンさんを頼まれた獣人だ」

「ありがとう、タマ子さん」


 タマ子が明るい顔で意見する。

「なら、パンを食ったら肥料を買いに行くだあ。タイタニア草を育てるには肥料が命。肥料の選択を間違えると、失敗するだあ。それから、土を深く掘らなきゃならねえ。重労働だから覚悟するだあ」


「タイタニア草を育てるのに、苦労は厭わないよ」

「何にでも苦労はある。農業は天気次第の面もある。だども、汗を流さん奴に神様は恵みを与えてくれん」

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