ダフネ草(中)
家に帰って来る。
タマ子は当然の結果として語る。
「こうなるとは思うとったあよ。でも、何でもチャレンジしようとする精神は嫌いじゃないだあよ」
ヴァンは気を取り直してタマ子に尋ねる。
「神域人参の栽培は不可能だとわかった。じゃあ、何を作るか、だな」
「うーん」とタマ子が唸って天井を見上げる。
「そうだなあ。これから春だあ。ヌッコ村では春先に長雨になる天気が多い。そうなると、ダフネ草かのう」
ダフネ草? 精霊花の一種だな。
実績作りの一環だ。タマ子が勧めるのなら難しい精霊花でもないのだろう。
「ダフネ草って、水が必要なの?」
タマ子が当然の顔で説く。
「重要も重要。ダフネ草はランタン草とは違い、水がないと枯れてしまう」
茄子や胡瓜みたいな植物かな。
「肥料や日光はどうなのだ?」
「日光はなくても育つ。あっても枯れない。肥料はまあ、そうさなあ。小鬼ヨモギを鋤き込んでいるから、問題ないじゃろう」
「害虫はどうなの。病気にはなり易い」
「害虫は付く時は付く。だども、今はまだ気温が低い。害虫は出ねえ。病気はそうだなあ。水さえきちんとやっておけば大丈夫だあ」
ランタン草と比べても栽培難易度はそんなに難しそうじゃないな。となると、気になるのは、労力に見合う収入があるかだな。
「価格はどうなんです、高いんですか?」
「ダフネ草の花は高級ポーションの材料になるだあ。ポーションの価格次第といったところかのう」
問題ないように思えた。
「ポーションって安定した需要があるんでしょう?」
タマ子の顔が渋くなる。
「いいや、そうとも言えんよ。他の産地の条件もある。特に今は平和だから、一時より値段は下がった。大きな戦争でもあれば、価格が上がるけどなあ」
「戦争を待つのは、何か嫌だなあ」
「もののたとえだあよ。どれ、気になるのなら、ポーションの価格の推移を訊いてきてやるぞい」
何事も情報なくして進めるのは危険だ。事業然り、農業然りだ。
「頼みます。タマ子さん」
タマ子が留守中に、昼食のパンを買うためにマリーの店に行く。
店は空いていた。
マリーは興味を示して尋ねてきた。
「ヴァン、今度は何を作るの?」
「ダフネ草を検討している。本当は神域人参を作りたかったんだけどね」
神域人参の名を出すと、マリーの表情は露骨に曇った。
「神域人参は止めたほうがいいわ。失敗して多額の借金をして夜逃げした人間もいるのよ。ヴァンには夜逃げなんて事態になって欲しくないわ」
種が高いのか、それとも特別な肥料が要るのか、わからない。でも、設備投資に多額の金が掛かるんだな。大きく儲けられるのに、四グループしか挑戦者がいないわけだ。失敗した時が夜逃げなんて、痛手だ。
「忠告ありがとう、マリー。今は止めておく。でも、いつの日か、僕は神域人参の栽培を成功させるよ」
マリーはやんわりとヴァンを諫めた。
「一攫千金なんて止めて、堅実が一番だと思うけどな」
「男には男のロマンがあるのさ」
マリーは冷たく言い放つ。
「馬鹿みたい」
理解されないな。でも、厄介者や稼ぎのない者に世間は辛いんだよ、マリー。
ヴァンが帰ろうとした時に、マリーが教えてくれた。
「でも、ダフネ草の選択は良いと思うわ」
気になったので尋ねる。
「どうして? 何か情報があるの?」
マリーが躊躇いがちに教えてくれた。
「乗合馬車を護衛している冒険者さんから聞いたんだけどね。大きなダンジョンが発見されそうなんだって。発見されれば、怪我をした冒険者さんがポーションを買うでしょう」
戦争が起きるより気分は良い。でも、冒険者の使うポーションなんて、たかが知れている。
正直な感想を口にすれば、マリーを傷付けそうだった。
マリーには嫌われたくない。
ヴァンは態度を偽って、微笑む努力をする。
「貴重な情報ありがとう。また、有益な情報があったら教えてよ」
マリーは明るく答えた。
「わかったわ。でも、神域人参だけは絶対にダメよ」
パンを買って、家でタマ子の帰りを待つ。
雨が降ってきた。まだ、冬が明けない季節の冷たい雨だった。
タマ子が濡れて帰ってきた時のことを考えて、乾いたタオルを用意しておく。
予想通りにタマ子は濡れて帰ってきた。
タマ子は感謝した顔で、タオルを使い体を拭く。
「急に降ってきただあよ。私の予報はあまり外れないんだどもなあ」
「で、どうでした? ポーションの需要」
タマ子は体を拭きつつ、さばさばした態度で語る。
「それがなあ。儲けられるかもしれん。ブラウニーさんの話だと、誰かポーションを市場で買い漁っている奴がいるそうだあよ。買い漁る理由はわからねえ」
儲かる、だと?
「本当ですか、その話?」
タマ子は興味がなさそうに話す。
「ブラウニーは嘘を吐かねえ。ただ、買い占めはいつまで続くかわからねえ」
来たね、胡散臭そうな儲け話が。
でも、タマ子さんでも手に入るのなら。少なくても村の連中は全員が知っているわけだ。さて、どうしたものか。
考えを纏める。
「ポーションを作るのには時間が掛かる。ポーションを量産する前に買い占めが終われば特需に乗り切れない、か」
「最悪な事態は買い占めた奴が放出した時だあ」
あり得る話だった。最悪の事態をシミュレーションする。
「買い占めたポーションが放出されれば、値は下がる。ポーションの売値が下がれば、原材料にも値下げ圧力が懸かる。原価割れなら、業者が作らない選択肢もあるか」
最悪、捨て値での放出か。でも、ナシュトル金貨、時間、労力を捨てるだけで済むとも言える。手持ち資金でやるのなら、借金は背負わない。
「どうするだあ? ダフネ草の相場に賭けるかあ。球根を植える前の今なら、止める決断も可能だぞう」
波に乗れるか、波から落ちるか。難しいな。
マリーの言葉を思い出す。これも何かの縁だ。俺は波に乗る。
「よし、ダフネ草で行きましょう。波に乗るんです」
タマ子の表情は冴えない。タマ子はヴァンの決定に否定的だった。
「いやあ、ダフネ草が良いって勧めたけど。私はこうなるといい気はしねえだ」
「お金はまだあるんです。勝負できるなら勝負しましょう」
完全に投機家や山師のノリだが、行ける気がした。根拠はない。
タマ子は渋々の口調で従った。
「何か、博打で全財産を擦っちまう馬鹿を見てるみたいだあ。だども、私はサポート役だあ。やりたいなら、手を貸すだあ」
決まったなら行動は早いほうがいい。
「ダフネ草の球根を植えよう」
タマ子も覚悟を決めた顔をする。
「そうだなあ。一日でも早く花を咲かせて、売らないと、売り時を逃がすかもしれねえ。どうれ、ダフネ草の球根を買ってきてやるだ」
タマ子は傘を差して出掛けて行った。
タマ子がダフネ草の球根を買いに行く間に、雨合羽を探した。
ルーカスが使っていた物が家に残っていた。
また、タマ子の物と思われる雨合羽があるので準備しておく。
もう一着、雨合羽が出てきた。誰の物かと首を捻る。
窓を開けると、雨は霧雨になっていた。
雨に濡れるダニエルが見えたので、最後の一着が誰の雨合羽かを理解した。
ルーカス叔父さん、ダニエルの分も用意していたんだ。
タオルを持って外に出る。ダニエルを拭いて、雨合羽を着せる。
ダニエルがつんと澄ました態度で語る。
「気遣いは無用だ。私は由緒ある案山子だ。雨になど負けない」
「でも、ルーカス叔父さんは春の長雨が降る時には、雨合羽を着せていたんでしょう」
「まあな」と、ダニエルは照れていた。だが、澄まし顔で照れを隠そうとしていた。
ルーカス叔父さんって優しいところがあるんだな。
ダニエルが真面目な顔になって尋ねる。
「ところで、ヴァンよ。お前は、ダフネ草の栽培に手を出すのか?」
「タマ子さんから聞いたんですか?」
ダニエルが気取って答える。
「尋ねずともわかる。春先の長雨の時季といえば、ダフネ草だからな。ルーカスも春先にはよく作っていた。旬の作物を旬のうちに作れの、諺もある」
ヴァンは頭を下げて頼んだ。
「ダフネ草を作ります。畑の見守りをお願いしますね」
ダニエルはヴァンの態度に気を良くした顔をする。
「よし、なら一つ、アドバイスというか、忠告をしてやろう。吾輩のありがたい言葉だ。心して聞け。雨水を溜めよ」
雨は降っている。タマ子も雨は続くと予想していた。理由がわからなかった。
「何のために雨水を溜めるんですか?」
ダニエルは舌打ちする。
「しょうのない奴め。これは吾輩の予報だ。今年の春先の雨は途切れ途切れに降る。水の途切れは、ダフネ草の質を落とすぞ」
「雨水を溜めておいて、雨が降らなかった時に撒くんですか?」
ダニエルは胸を張って答える。
「そうだ。ここは井戸から少し遠い。水を井戸から汲んで撒くのは重労働になる。場合によってはタマ子もヴァンも倒れてしまうだろう」
雨がずっと降ると思っていたから、水の心配はしていなかった。
ちょっと考えが及ばなかったな。
「わかりました。水を溜められる桶や瓶を置いて、水を集めます」
納屋を探すと、大きな水瓶があった。桶もあった。桶や水瓶を畑の周りに置く。
水を溜める用意が調うと、ちょうどタマ子が帰ってくる。タマ子は袋を持っていた。
タマ子はヴァンの働きに感心した。
「ヴァンさん、よく気が付いたな。感心、感心」
ヴァンは隠さず謙虚に報告する。
「これは、ダニエルさんに教えてもらったんです」
タマ子はダニエルを、ちらりと見る。
「ダニエルが教えてくれただかあ。へー、ダニエルがのう」
おほんと一つ、ダニエルが照れ隠しをするように咳払いをする。
タマ子は袋を開けて見せてくれた。
中には全長五㎝ほどの玉葱に似た青い球根が入っていた。
タマ子が気合いを入れる。
「さあて、まんず私の雨合羽を探さんとな。家の中にあるはずだあ」
「タマ子さん用の雨合羽なら、見つけました」
「あれ、用意のいいことで。なら、作業開始だ」
まだ寒い春先の雨が降る中での作業になった。
畑に十本の畝を作る。畝に竹の棒を挿して、深さ十㎝ほどの穴を空けた。
穴にダフネ草の球根を入れ、土を掛ける。
作業を続けていると、寒さで手が震えそうになる。手を温めながら作業をする。
寒いのは我慢しなくちゃ。タマ子さんだって寒いはず。タマ子さんは文句も言わずに付き合ってくれているんだ。僕がやりたいって言い出したんだ。寒いからと逃げる訳にはいかない。
途中、雨が強くなってきた。風も出てきた。雨と風が雨合羽の上から体温を奪う。
辛かった。でも、一日、作業を延ばせば、延ばしただけ売れなくなる危険があった。
どうにか、千個の球根を植えた。
タマ子と逃げるように家の中に入った。すぐに暖炉に火を入れて暖を取ろうとした。
暖炉で火を焚く間に、タマ子がお茶を淹れてくれた。
「ほれ、焔ジンジャー入りのお茶だあ。寒い時は焔ジンジャー入りのお茶に限る」
お茶を飲む。甘く苦い味は心地よい。
タマ子の言う通りに、飲むと体がぽかぽかと温まった。
暖炉の傍で二人して火に当たる。
タマ子がしみじみと語る。
「思い出すだあ。ルーカスさんとこうしてダフネ草を植えた後に火に当たっただあ。焔ジンジャー入りのお茶も、ルーカスさんが淹れたもんは美味しかったあ」
「焔ジンジャーって精霊花の一種ですか?」
タマ子が優しい顔で語る。
「そうだあ。焔ジンジャーさえあれば、多少の寒さは吹き飛ぶ」
「なら、僕も季節が来たら作ってみますよ」




