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ダフネ草(上)

 耕した畑に小鬼ヨモギの種を蒔く。後は軽く水をやって、作業を終えた。

 次の日になると、小鬼ヨモギは冬の寒空の下でも元気に芽を出していた。


 なるほど、生命力が強い作物だ。

 二日目、三日目に小雪のちらつく中でも小鬼ヨモギは育ち続けた。


 七日目に立派な葉を付けたので収穫する。

 収穫した小鬼ヨモギはやはり青臭かった。だが、清涼感が溢れる香りが打ち消していた。

 なので、そんなに嫌な臭いはしなかった。


 これならいいや。よかった、小鬼と同じ感性でなくて。

 わさわさとなった小鬼ヨモギを商館に持ち込んだ。


 一回の収穫で五ナシュトル銀貨も行かなった。

 刈り取って余った小鬼ヨモギを畑にき込みながら思う。


 これは儲からないや。でも、いいか。土壌の改良が目的だし。

 小鬼ヨモギを育てながら暮らしていると、タマ子がお客を連れてきた。


 お客は二十代前半くらい。すらりとした、長身の男だった。

 顔付きは優しく、感じも良い。

 男は旅商人が好んで着る厚手の黄色の服を着ていた。背中には大きな袋を背負っている。


 タマ子が男を紹介する。

「こちらは、マシューさん。ルーカスさんと付き合いのあった商人だあよ。金にがめついが、人を騙すような商売はしねえ」


 マシューは苦笑する。

「がめついは余計ですよ。初めまして、ヴァンさん。マシューです。ナシュトル製の薬用石鹸をお売りになりたいとか」


 タマ子さん、換金するための商人を連れてきてくれたのか。

 取っておいた薬用石鹸を棚から出す。


 マシューは簡単に品物を確認する。マシューは、にこやかな顔で金額を提示した。

「問題ないです。石鹸四個一セット。切りよく、金貨一枚で買いましょう」


「ナシュトル金貨って人間の世界の金貨一枚に匹敵するのか」

 十日で金貨四枚。単純に三十六・五倍すれば百四十六枚にもなる。

 小麦ではこうは稼げない。


 マシューが苦笑いして教えてくれた。

「一概にナシュトル金貨一枚が金貨一枚とは、いきません。ナシュトル金貨が多く必要なものほど、高額の買い取りになります。また、品物の需要も関係しています」


「若返りの薬のように、大量のナシュトル金貨が必要で誰でも欲しがる物は高い。逆に少ないナシュトル金貨で買えて、あまり人が欲しがらない品は安いのですか?」


「実はそうとも言えません」

「はて、どういうことですか?」


 マシューは表情も穏やかに説明する。


「たとえば難病の薬です。多額のナシュトル金貨が必要ですが、需要はあまりない。でも必要な人は、いくら出しても欲しい。となると、値は上がります」

「じゃあ、ナシュトル金貨の価値って、いくらなんですか?」

 マシューが微笑みを湛えて持論を披露する。



「ナシュトル金貨が必要な品にいくらの値を付けるのか。そこは商人の腕の見せ所です。失敗すれば損をする。成功すれば儲けが大きい。実にやりがいのある商売です」


「なら、ナシュトル金貨を直接に買い付けたらいいのでは? そうしたら、欲しい品を欲しい時に買える」


 マシューは少しばかり残念そうな顔をする。

「ご意見はごもっとも。だが、ヴァンさんのやり方は上手く行かない」

「なぜです? ナシュトル金貨も人間の金貨もお金ですよ」


「ナシュトル商人はナシュトル金貨と交易商品の交換をヌッコ村の村人としかしないのです。ヌッコ村の人間以外が商館にナシュトル金貨を持っていっても、売ってくれません」


 理解ができない話だった。

「それもまたおかしな話ですね。でも、それならナシュトル金貨を集めて誰かを代理に立てて買ってもらったらいいでしょう?」


 マシューは首を横に軽く振った。

「代理も通用しません。正確には通用しますが、交換レートが変わるのです。代理に持たせたナシュトル金貨は価値が三十%になる」

「そんな。どうやってこれは代理を立てた金貨だと区別しているのです?」


 マシューは難しい顔をして説明する。

「わかりません。ただ、何か仕掛けがあってナシュトルの商館の人にわかるのです。少なくともブラウニー氏は百%見抜きます」


「なるほど。なら、ナシュトル金貨を貯めて持っている村人ほど商人にとって利用価値が高いのですね」


 マシューはヴァンの指摘をあっさりと認めた。

「そうです。でも、ナシュトル金貨を大量に保有している村人は既に他の商人に押さえられている。だから、私のような商人が新規参入するのは難しい」


「わかりました。叔父の代にお付き合いがあったのです。私もできるだけナシュトル金貨を貯めます。マシューさんと良い付き合いができるように心懸けましょう」

「良いお付き合いができる未来を、私も願っています」


 マシューが帰っていったので、タマ子に訊く。

「マシューさんて、信用できる人?」


 タマ子は淡々と答える。

「作物の良し悪しは私にはわかる。でも、人の良し悪しはわからねえ。だども、ルーカスさんが信じていたのなら、信じていいと思うだあよ」

「一人の商人とだけ付き合う気はないよ。だけど、マシューはお得意様として記憶しておくよ」


 タマ子は頷いた。

「それがええ」


 冬が終わりに近づいた頃だった。

 春を前に何を植えたらいいか、タマ子と相談する。


「少し勝手がわかってきた。ホーリー村の時にお金になり易い作物は小麦だった。ヌッコ村では何が一番、儲かるの?」


 タマ子はあっさりした態度で教えてくれた。

「一番儲かるのは神域人参だあ。ただし、神域人参は栽培が(ひど)く難しいだあ」


 また、聞いた記憶のない作物だな。精霊花だな。さて、次はどんなのだ。

「具体的にどうなの?」


 タマ子は軽い調子で次々と栽培条件を挙げる。

「雨が降ったら駄目。野生動物に糞尿を掛けられたりしても駄目。日光が当たっただけでも枯れる。傍で人間が争っても萎れる。栽培する人間が肉を食うと育たない。日食になっても死ぬ。収穫は満月の夜だけ。育つのには百と一日掛かる」


 これまた、えらく難しい作物だな。途中までは良い。だけど、肉食禁止、争うな、とか僧侶の世界の話のようだ。

「なんか、凄い制約がある作物だね。本当に存在するの? そんな植物」


 タマ子は力強く断定した。

「ある。でも、条件が厳しいから、一人では無理だあよ。やるなら、同じく神域人参を作っている生産者グループに入らなければならねえ。グループは村に今、四つある」


 生産者グループが存在するのだから神域人参はある。

「集団で作る作物か、新参者の僕を入れてくれるかな?」


 タマ子は難しい顔をする。

「神域人参を作る生産者グループに秘伝があるだあ。グループに入れば、秘伝を細かい規制事項として栽培条件を教えてくれる。だども、秘伝は同じ村人の中でも秘中の秘だあ」


 栽培難易度は収入に直結する気がした。

 お金にならないなら、四つもグループできないよな。

「ちなみに、成功したら、いくらで売れるの?」


 タマ子はさらりと重要事項を語る。

「一株がナシュトル金貨一枚だあ。今までの最高記録が百㎡で八百四十五株だあ」


 何だって? 滅茶苦茶に儲かるじゃん。

「若返りの薬が千六百ナシュトル金貨だから、一年で若返りの薬が買えるよ」


 タマ子はやんわりと諭す。

「いやあ、そんな美味い話はない。最高記録を出した畑はその後、一年は小鬼ヨモギすら生えなくなっただあ」

「そうか。美味い話ばかりじゃないんだな」


 タマ子があまりお勧めしない顔で尋ねる。

「やりたいんか? 神域人参の栽培?」

「やれるものなら、大きく儲けたい」


 もう、貧乏農家は嫌だった。せっかく貰った魔法の畑だ。チャンスは活かしたい。

「なら、フランキー村長に頼むだ」


 不可能ではないのか。

「頼めばどうにかなるの?」


 タマ子の表情は渋い。だが、きちんと教えてくれた。

「いいや。神域人参を栽培しているグループに直接に加入申し込みをしちゃならん掟が村の仕来りとしてあるだあ。だから村長を介しての仲介を頼むだあ」


 フランキー村長には、村に引っ越してきた時に挨拶をしただけだからな。ここいらで無事にやっていけている姿を見せるか。


「村長に挨拶がてら、駄目もとで話に行ってみよう」

 綺麗な格好をして、タマ子を供に村長の家に向かった。


 フランキーの家の前を今度は白猫の獣人が清掃していた。

「ヴァンといいます。フランキー村長さんにお会いしたいのですが、おられますか?」


 獣人が家に入っていくと、フランキーが出てきた。

「村長、今、お時間よろしいですか?」


 フランキーは優しい顔でヴァンを気遣った。

「少しならいいよ。何か困り事かい? 困っている問題があったら独りで悩んでいたら駄目だよ。まずは、相談することだ」


 そうアドバイスしてくれると話し易い。フランキー村長はやっぱりいい人だな。

 ヴァンは頭を下げて頼んだ。

「僕は神域人参の栽培をしたいんです。どうか、生産者グループに僕を紹介してください」


 フランキーは非常に困った顔をする。

「ヴァンくんはヌッコ村に来てまだ日が浅い。一般的な精霊花や精霊木の栽培にも慣れていない。いきなり、神域人参の栽培は難しいよ」


 世間はそんなに甘くはないか。

「やはり、駄目ですか?」


「私が挑戦させてあげたくても、生産者グループが受け入れないよ。下手をすれば栽培が失敗する。悪くすれば秘伝が流出するからねえ」


 ここで駄目でも、参入条件を知っておきたかった。

「なら、どんな条件を満たせばいいんですか?」


 フランキーは難しい顔して教えてくれた。

「色々と試して成功することだ。実績があれば、自ずと村でも名は知れる。名が知れれば、ヴァンくんを誘いたいとする申し込みが私に来るかもしれない」


 実績か。でも、どれほど実績を積めばいいのやら。

 いや、一度では諦めないぞ。何度か通えば面接くらいしてくれるだろう。会えば話が変わる可能性がある。会って仲間に入る詳しい条件を聞こう。


 ヴァンが帰ろうとすると、フランキーは慰める。

「一応、聞いては上げるけど、当てにするんじゃないよ」

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